塩と塩
トクメの前には透明の液体が注がれたグラスが一つ置かれていた。
オーク討伐を終え、王都へ戻る途中いきなり冥界に引きずり込まれたがこれ自体は特に珍しい事でもなかったので平然としていたトクメだが、このテーブルに置かれた透明のグラスには流石に戸惑った。
向かいに座るゼビウスの前にも同じものが置かれているがそれだけで、ポットもピッチャーもない。
「……ゼビウス」
「何」
「怒っているのか? オーク討伐の件はちゃんと事前に話しただろう。それに集落も一つ丸ごと潰し、生き残りも見逃さず全滅させている」
「さっきも言ったがその事で怒ってねえよ。そもそも怒ってすらいないからまずは飲め」
怒ってはいなくとも機嫌が悪いのは分かりトクメはとりあえずグラスを口へ運び、想定外の味に吹き出しかけたのを何とか飲み込み静かにグラスを置いた。
「……ゼビウス」
「何」
「やはり怒っているだろう。いつもなら何かしら甘いものを出すお前が塩水、それもかなり濃度が高いのを飲ます辺り相当だ」
「だから怒ってねえって。そんな嫌がらせする為にわざわざ塩水作らねえよ、それただの海水」
「もういい、何があったか言え。数日前にケルベロスに呼ばれたのが原因だろう。八つ当たりなら受けてやるから海水はやめろ」
「八つ当たりじゃなくて割と正当な当たりだし、怒ってないとは言ったが苛ついてはいる。まあコレは物事を軽く見てた俺の自業自得が半分あるんだけど……ちょっと考えれば分かった筈なのに……やっぱ浮かれてたんだよなぁ……」
先程まで何処となく怒っていそうな雰囲気を漂わせていたゼビウスだが、急に落ち込んだように溜息を吐くと頭を抱えた。
「本当に何があった?」
「……冥界の死者どもが生き返った。つっても肉体ないから土や泥を代わりにしたみたいで潰すのは簡単だったけど数がそれなりにあったのと、自分の意思でやったのと巻き込まれで生き返ったのが混ぜこぜだったのと、潰したら土や泥が散って周りが汚れて掃除が大変だったのとでとにかく面倒だった」
「最後のが一番苛ついている理由か」
「いや、冥界に世界樹を事後承諾で植えたトクメとそれを簡単に許した自分に苛ついている」
「……」
これがトクメだけを責めていればいつもの屁理屈と論点ずらしで反論しただろうが、ゼビウスは自身の非も認めているので下手な事を言って本格的に怒らせるよりはとトクメは多少の機嫌取りも込めて海水を一口飲んだ。
「……それで、今はどうなっている?」
「とりあえず世界樹は俺の屋敷の中に植え替えた。これで勝手に生き返る事はしないだろうけど、このまま世界樹が成長したら屋敷突き破るし、力も強くなるだろうから死者がより生き返りに近い状態になって面倒な事になるだろうなあ」
ゼビウスの言い方にこの間も似たようなやり取りをしたなと思い出し、こういう場合は素直に相手の意図に乗るしかないとトクメは察した。
「それで、私に何をさせたい」
「世界樹植えても安全な場所見つけるか作るかして植え替えろ」
「ここだと思ったから植えた。神界、魔界はもちろん地上も無理だろう。何処に植えようといずれ誰かに知られ戦争になるか、聖地とされ教会関係者が調子づくかのどちらかだ」
「……まあ、時間は多少あるしそれまではこっちで面倒見とく。最悪お前の自空間に入れりゃいいし」
「それは本当に最終手段だが……仕方ない、とりあえず地上で適当な所を探しておこう」
仄かに脅迫を漂わせてくるゼビウスに妥協案を出したところでようやく機嫌が戻ったのでトクメはグラスを持ち上げ、中身を思い出してそっと元の場所へと戻した。
それに対してゼビウスはごくごくと普通にグラスの中身を飲んでいる。
「ゼビウス、お前が飲んでいるのは何だ?」
「ん? 砂糖水。でもちょっと物足りないからレモン果汁入れるか。お前もいる? あ、でもお前の海水だし必要ないか。飲み物変えるつもりないから代わりに菓子やるよ、ほら塩豆。それとも塩クッキー?」
「……ゼビウス」
「何だよ」
「やはり怒っているな?」
「だから怒ってねえって。こういう時じゃねえとお前を一方的に弄れねえし、むしろ今めっちゃ楽しい」
「…………」
ゼビウスの上機嫌な表情に対し、多少不機嫌そうに顔を歪めたトクメはせめてもの反抗として海水の入ったグラスを一息で飲み干した。
塩豆と塩クッキーはゼビウスの手作り。