全部吹っ飛んだ
とうとう王への謁見日。
謁見まで後三時間となった現在、ムメイとシスは泊まっている部屋でヴィルモントから謁見の礼儀作法の教えを受けていた。
「いいか、お前達は一時的とはいえ私の配下。お前達の言動で問題が起きた場合、責任を問われるのは私だ。ミスをするなとは言わんが無礼だけは働くな、知らなかったで済む事ではない。無知でいる事は罪なのだ」
「そんな大事なのに何でこんなギリギリに……街に着いてからじゃダメだったの?」
「王族への礼儀作法を知らず、そもそもそういった習慣を持たないお前達に一から教えて完璧に仕上げるのは無理だ。ならば直前に最低限だけを教えた方が、時間の無駄がなく効率もいい」
「……元の姿じゃダメか?」
一生懸命覚えようとはしているが、自信がないのかシスは元の姿に戻っていた。
耳もペタリと後ろに倒れている。
「魔物は魔物でれっきとした礼儀作法があるからダメだ。お前の場合は人の姿にもなるからそれぞれで覚える必要があるがどうする?」
「……人の姿でいく」
やるしかないと悟ったのかどんよりとした目のままシスは人へと姿を変え、背筋を伸ばした。
「そんなに身構える必要はない。私は自分の身が一番大事だ、だから私が罰せられるような可能性は徹底的に排除する。お前達は王の前に出たら片膝をつき頭を下げていればいい。私がいいと言うまで一切話すな、動く事も許さない。それだけでいい、それ以外は何もするな。最悪頭はずっと下げたままでもいい」
「それなら大丈夫そうだ」
「どれだけ簡略化したの……?」
シスは安心したようだがムメイの方は簡単すぎたのか逆に引いている。
「そんなに余裕があるのならばもう少し本格的なものを教えてやろうか?」
「今日覚えても二度と使わなさそうだから遠慮しとく」
「妾は知りたいの。ヴィルモントは今後も王と会い会話する機会はあるのじゃろう? ならば妾には本格的な方を学び習得しておく必要がある。今回は妾も簡単な方でいくが時間が出来次第妾にも教えてたもれ」
「……ついてくる気か?」
「うわぁ……」
ダルマは行く気満々であり、トクメは元の姿に戻っているので表情は分からないがムメイの反応を見るにこちらも行くつもりらしい。
トクメならば本格的な礼儀作法も知っているだろうが、元の姿からは知っていてもやりたくないという強い意思が感じられる。
ちなみに王とはいえ人に頭を下げるのを一番嫌がるであろうゼビウスは、何か問題が起きたのか報告に来たケルベロスと共に冥界へ戻りここにはいない。
「……まあいい。万が一何かやらかしたとしても私には何の関係もない。どんな手を使ってでも責任問題から逃れてみせる」
「そう心配せずとも大丈夫じゃ、ヴィルモントに害が及ぶような事は一切何もせんから安心するがよい」
「私もだ。私が王に何かやれば娘のムメイにまで被害がいく。そんな事も分からん私ではない」
「そこまで分かっているのなら部屋にいればいいのに……」
極度の寂しがり屋なトクメにそんな選択肢はないと分かっているムメイは諦めたようにため息をついた。
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「あ、妾と同じ同族」
王城へ到着し、王の前でムメイとシスは言われた通り片膝をつき頭を下げたまま何も言わず、トクメも元の姿なので片膝も頭も下げていないが何も言わずにいたが、ダルマが恐らく頭を下げる前に話し出してしまった。
そしてその言葉の内容にムメイだけでなく全員が顔を上げた。
前方にいるのは三人。
こちらも言われた事が分からなかったのか全員ポカンとしている。
玉座に座っている王は二十代程の見た目をした短く黒い髪に黒い目、隣に立っているのは王と同じ二十代程で短い金髪に黒い目をした眼鏡をかけた女性。
そしてその反対側にいるのは鎧を着た王より少し長めの黒髪に青い目をした三、四十代程の男性。
「えーと……誰が?」
全員が世界最古の怪物の特徴とは一致していなかった。