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グレートウルフ

「あの、少しお願いしたい事があるのですがいいですか? もし聞いていただけるのならお代金はいりません」


 その後それぞれ気に入った味のフードとおやつが決まり、ゼビウスが会計していると店主は何故かお金を受け取らず神妙な顔でそう言い出した。


「内容による。願いというのは?」


 口では聞く気があるように言っているものの、ゼビウスの表情は明らかに面倒くさがっているような否定的な感情が出ている。


 店主もそれを察したらしく慌てて話を続けた。


「私に! 魔物の言葉を教えてほしいんです!」

「は?」

「その……中は私の家になっているのですが来ていただけますか? 説明はそこでします」


 そう言って店主はカウンターの後ろにあるドアを開けた。


「えー……どうする?」

「俺は構わないが……」

「私もです。あまり長居は出来ませんが簡単な言葉ぐらいなら大丈夫でしょう」

「この件に関しては私もこいつと同意見です」


 シス達全員が特に構わないとの事だったのでゼビウスは店主の後へ続いた。

 中は店内と同じく木造の家でほのかに暖かさを感じ、冥界とはまた違う過ごしやすい心地良い空間になっている。


 その部屋の中心には寝心地の良さそうな丸い従魔用のベッドが置かれ、一匹の大きな魔物が丸まって眠っていた。


「グレートウルフか」


 グレートウルフはBランクに指定されている魔物だが、個体によってはAランクの冒険者や魔物さえも倒す事がある。

 ここにいるグレートウルフは体格もケルベロスより二回りは大きくかなりの強さであるのだろうが、本来なら濃い灰色をしている毛並みは白くツヤもない。


 かなりの高齢である事が窺えた。


「はい。私は昔冒険者をしていて、この子は私が冒険者になった時からずっと一緒にいてくれた家族なんです。お互い歳を取り冒険者は引退したのですが、世界中を旅していた時の事を忘れないようこのお店を開いたんです」

「ふーん」

「この子、グレイとは言葉は通じなくとも考えている事、言いたい事は分かり合えています。ですが、やはりグレイの言葉で感謝の気持ちを伝えたいんです。なので全てとは言いません、『ありがとう』と『大好きだよ』という言葉を教えていただけませんか?」


 店主が話しながらグレイの身体を撫でると、グレイは起きたのかゆっくり頭を上げた。

 そのまま甘えようと頭を擦り寄せようとしていたが、シス達に気づくとベッドから降りて店主を守るかのように前へと出てきた。


「おお、勝ち目のない状況においても主を守ろうとするとは何という忠誠心! 閣下! 僭越ですがこの者に我々の言葉を教える役目は私めにお任せいただけますでしょうか!」

「ああ、構わない」

「はっ、有難うございます! では店主殿、こちらへ」

「は、はいっ」


 ガルムと店主が少し離れた場所で小声で話しはじめ、グレイは危険はないと判断したらしいが何をしているのか気になるのか不思議そうに眺めている。


「……シス、ちょっとあのグレートウルフと話してきたら?」

「えっ、何で」

「死告獣の時みたいに会話の練習。店主の話から人語も理解できているみたいだし、挨拶だけでもいいからしてきたらいい」

「ゼビウスが言うなら……。でも挨拶……挨拶。鼻を舐めるんだったっけ? その前に甘噛みしてからだったか?」

「ちょっと待て! 私も一緒に行ってやるからお前は私の後に同じ事をしろ!」

「わ、分かった」


 知らなかったとはいえ、グレイに喧嘩を売りそうになったシスをケルベロスは慌てて止めると一緒に挨拶へ行った。

 ケルベロスが上手くやっているのかグレイは特に怒った様子もなく穏やかに会話をしている。


 時折ケルベロスがシスを叱っているみたいだが、いつもと違い静かに注意するその様子をゼビウスは微笑ましいものを見るような目で眺めていた。


「閣下、お待たせしました」


 五分後、言葉を教え終わったガルムが店主を連れてゼビウスの元へ戻ってきた。


「ああ、もう終わったのか」

「はい。まだ少し怪しいところもありますが、人間には難しい音ですしそれでも十分伝わると判断しました」

「……グレイ」


 店主が呼ぶと、グレイはケルベロスに軽く頭を下げてから近づいてきた。

 側に来たグレイに目線を合わせ、店主は犬の鳴き声のような声を出しながら頭を撫でるとグレイの様子が変わった。


 驚いたように目を見開いてから頭を激しく擦り付け、さらに身体だけでなく首回りもと全身を激しくスリスリと押しつけている。


「ああ、グレイ。私もだよ、私も同じ気持ちだ。ありがとう、ありがとう……大好きだよ……」


 そんな様子に店主も応えるようにグレイの身体を撫でながら人の言葉、魔物の言葉で何度も『ありがとう』と『大好き』を繰り返し、グレイもまた何度も声を出して何かを伝えていた。

 

 先程言っていたようにお互い気持ちは通じているらしく、どちらの瞳にも涙が流れていた。


******


「ああ、この気持ちを何と言ったらいいのか……本当にありがとうございます。言葉でしか感謝を伝えられないのが本当にもどかしいです」

「いや、代金いらないって言ってたからそれで十分だ。それに、こっちもいいもん見れたし」

「え?」

「こっちの話だ、気にしなくていい。それより最初に言っていた通りコレは貰っていくからな」

「あ、あのっ!」

「……何だ?」


 商品を受け取り店を出ようとしたゼビウスだったが、店主に引き止められ怪訝そうにしながら足を止めた。


「こんなにもよくしていただいてコレだけだなんて私の気が治まりません。半年、いえ一年分の従魔フードを贈らせてください!」

「え……。いや、まあそっちがいいってんなら貰うけど……ケルベロス、ガルム運べるか?」

「はい、勿論です!」

「この量なら何の問題もありません。殿下の分もきちんと運ばせていただきますのでご安心ください」


 ゼビウスは若干困ったような顔をしていたが、ケルベロスとガルムの反応に店主の好意をそのまま受け取った。 


「ああ、その点は大丈夫です。配送はこちらが手配しますし、代金も勿論いりません。何処に送ればいいですか?」

「ふーん、じゃあ冥界で。ちゃんと心の底から祈れば届くようにしてやる」

「え……冥界?」


 店主の更なる好意にゼビウスは試すような笑みを浮かべている。


「なあ、えっと……ガルム。その呼び方はちょっと……」

「ややっ、これは失礼致しましたシス殿」

「あ、訂正すんの忘れてた。ガルム、俺の呼び方もな」

「はっ、かしこまりました、ゼビウス様!」

「ゼビウス……? 冥界、まさか貴方は……」

「それじゃ、ちゃんと祈れよ」


 更に追い討ちをかけるようにそれとなく店主に名前を教えると、ゼビウスはそのままシス達を連れて店を出て行った。


 その翌日、冥界にシスとケルベロスとガルムがそれぞれ気に入っていた味の従魔フードとおやつ一年分、そしてゼビウスには改めて感謝を伝える手紙が届いた。


「うっわ、本当に届いた……しかもちゃんとした手紙つき。まともな人間もいるんだな」


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