第2話 はじめての冒険者ギルド
「はい注目、今現在の所持金はなんとゼロ。銅貨もクソもありません」
アレイヤは宿屋のベッドの上に立ち、今もなお中に浮いている女神リアーナへと謎の説明をし始める。
『はい! じゃあなんで宿に泊まれているの?』
「それはお前が絡んできたチンピラをぶちのめしたからです。分かってんなら言わない、後できればあんな事はもうやめてほしい」
『なんでですか?』
「心臓に悪いから」
神託者として教会に属していたアレイヤには一応ながらそこそこ上等な服が与えられている。そのため身なりが良い奴という、財布の中身が空なのにも関わらず見た感じ金持ってそうなセンサーに反応したがためのカツアゲ。
それを撃退したリアーナによって今夜の宿屋を獲得した。
「当面の問題はお金。これは飯を食べるのにも宿に泊まるにも関わってくるし、なんならこれないと死ぬ!」
女神であるリアーナにはその感覚はない、そのため「だからなんだ」と言わんばかりの顔をしている彼女にアレイヤは全力でその必要性を説く。
「美味しいご飯、フカフカのベッド。これらには金がかかるのだ」
『私は食べなくても生きていける』
「シャラップ! そーゆう問題じゃない。俺が困るの分かって!」
『もう良い加減人間を捨てたら? ここまで境界線が曖昧なら私の力で神になれるよ』
リアーナの言うことは事実だ。
彼女は最高神であり、アレイヤはそれらが見える普通の人間ではない。
だからアレイヤを神にすることくらい彼女にとっては造作もないこと。それにアレイヤが神になってもそれを糾弾して否定するような事は起きないし、その反対勢力となるような神も存在しない。
彼が昔迫害されていたようなことが神の間で行われる事は決してないのだ。
「もう寝る。超寝る。明日から金稼ぎだ、お前の力も使わせてもらうからな」
部屋にかかっている魔力で光る明かりを消してベッドに潜り込む。
■
「冒険者ギルドです。登録ですか?」
金を稼ぐと言ったらココ! ではなく職業斡旋業者に行けば良いのだが、なんせアレイヤには学がない。最終学歴は初等教育の中退だ。そんな意味不明のクソを雇ってやろうと思う物好きは、居てもきっとそれはグレーな商売だろう。
そのためギリギリ妥協して冒険者という誰でもなれる代わりにすぐに死ぬ、換えの聞く騎士だのなんだの言われているところに身を落とすことになる。
だが教会に身売りした時と比べれば屁でもない。
むしろクソのほうだ。
「登録です」
冒険者ギルドの内に位置するクエストカウンターにて冒険者登録を行う。
この辺の諸々の費用は入会テストと称した謎の依頼でチャラになるので、実質タダで受けられるのだ。
だが冒険者になるには最低限、魔物から身を守る術が要求される命懸けの仕事。
そのため「こんな仕事を選ぶくらいなら詐欺やるわ」という人間の方が圧倒的に多い。
クエストカウンターにいる受付嬢らしき人物の前に座り、カウンター越しに寄越される書類に目を通す。
「年齢、名前。あとは特技などを書いていただけると」
「特技か………」
冒険者になること自体に年齢制限はない、なので言ってしまえば生まれたての赤ん坊でさえもなれる。だが生きていけるか? となれば話は別だ、最低でも16歳となるこの世界での成人を終えていない限り「地雷」とみなされる。
そしてアレイヤは15歳である。
「15歳……何か武器の扱いとかは?」
「全く」
「魔法の資格とか?」
「知らない」
「じゃあ戦闘経験ゼロの特技なしってことで?」
「それは違うぞ。よく見てろ」
もうコイツダメなんじゃないのか? と思い始める受付嬢だったが、謎の自信にて止められる。この完全に地雷である少年が今から何かを見せると言って意気揚々と立ち上がるのを不思議に見る。
「ここに一個の石があります。そして……はい消えた!」
ここにきてマジック。戦闘全く関係ない。
「……もう少し年取ってから出直してきてください」
冒険者になる若いやつは何かしらの事情を抱えていることが多い。
それも未成年となると相当な物だ。
学園に通っているようなアレイヤの歳となれば何かしらの理由があって金を必要としている状況、そのため死に物狂いで生きなければならない環境下が多く必然的に戦闘力が高い。
そう言う事情があるために戦闘能力が高く、それゆえにギルドに所属できる。
だがアレイヤには戦闘の経験などないに等しいと受付嬢は見る。
ガタイも良い方ではない、むしろボンボンのお坊ちゃんに見える色白の肌。こんなやつを冒険者にすること自体が間違っている。
所詮コイツのような輩は「なんとなくで冒険者になって勝手に死者数増やしやがるクソ野郎」ギルドの沽券に関わるから本当やめてほしい。
「今すぐじゃないとダメなんだ。金がなくて……依頼ならちゃんとやる、薬草探しとかなら魔物と戦わなくて良いんだろ!」
「それが舐めてるって言ってるんですよ」
薬草探しにも危険は伴う。
探している最中に魔物に見つかれば戦うか逃げるかの選択肢しかない、そしてそのどちらも取れないような人間を冒険者にさせないことも受付嬢の仕事。
無闇な死者数を増やさないためにもこのガキにはお帰り頂こう。
「年間の死者数は5桁を超える。これが冒険者です。未成年のただなんとなくでやってもらっちゃこっちが困る。死なせないことも私たちの仕事なので」
曲がりなりにも聖職者をやっていたアレイヤ。
彼には数多くの信者がいたし、彼らの求める多くの神託は家族の安否だった。
教会が治癒魔法の術師を多く囲っていることもあり、治療を受けにくる人たちの姿を嫌と言うほど見てきた。
人の死に誰よりも触れてきた人間だと、自他共に思う。
息子が冒険者になったことを嘆く母の懺悔を聞き続けたこともある。
お前らなんかに言われなくても、人の命については嫌と言うほど知っている。
「怯えるな。逃げるな。たとえお前が目の前のガキを戦地に送り出さなくても、そのガキは死にに行くだろう。だったら加担しろ、どうせ死ぬなら意志を尊重しろ。それが待つ者の使命だ。殺させないんじゃない、本当は殺したくないお前の方だ」
場の雰囲気が変わる。
ギルド内にいた冒険者たち、アレイヤが断られる姿を笑って見ていた他の受付嬢でさえも一瞬にして彼へ惹きつけられた。
たった少しの、子供の口から出てきた言葉だと言うのに、いつでも否定できる物だと言うのに、それを馬鹿にする事はできなかった。
「俺は冒険者になるよ。初めから他人の言葉に耳を傾けて人生を選択するほど弱いやつだった気はしない。俺は俺の意思で選んできた。たとえそれが地獄だったとしても、最後には切り捨てられる事だったとしても、全部俺の選択だ」
教会に未練はない。
腹がたった聖騎士はぶちのめされ、教皇な今頃巫女とイチャイチャだ。
だからもうアレイヤがいる必要もない。
「後悔があるなら俺だけだ」
下手な理屈をこねようとも、選ぶのは本人だけ。
外野が何かを言って良いはずはない。ましてや助言ではなく行動を制限するなどあってはならない事なのだ。
「いい兄ちゃんだ。そこまで言い切るって事は俺たちが善意で止めても争うって事だろ? まだお前には早いと善意で止めても、それがちょっと乱暴でもしょうがないよな?」
どこからか湧いてきた中年の冒険者。
腰にかけている剣と大柄の鎧を着込んでいる、アレイヤよりも二回りほど大きい冒険者が、彼の前に近づきながら剣を抜く。
「リアーナ」
『なぁに?』
「力を貸してくれ。俺じゃ倒せない」
ならもう神になってしまえばいいのに、と呟きながらもリアーナはアレイヤに魔法を施す。
今から目の前の冒険者を吹っ飛ばすのは造作もないし、なんならギルドごと破壊することに彼女は全く力を必要としない。
ただ指を動かすだけの退屈な作業でアレイヤを馬鹿にした奴らを全員殺せる。
けれど彼は承諾しない。
だから身体強化の奇跡を付与してから彼女は後ろに下がる。
『やられたら私が出るけど良い?』
「ありがとう。でもこれで十分だ」
中年の冒険者が斬りかかる姿を身体強化させたアレイヤの身体は瞬間的に捉え、そして回避と同時に背後に回る。
元来彼の目は神をも捉えることのできる貴重な物。
その世界にたった一人しかいない『みる』という行為自体にとっては絶対的な優位性を持っているアレイヤの目はこの世の全てを捉えることができる。
それは身体強化の奇跡によって高速で移動したとしても、その視界に彼の目はついていける。そして相手の動きを捉える事くらいなら背後にいてもやってのける。
文字通り死角はない。
そして『みる』だけなら彼は弱い。
相手の動きを『見た』としても、相手の次の攻撃を『観る』ことができても、それに伴った身体能力がない。だがそれをリアーナが補う。
そのうえ精霊、影の者、神達の恩恵を受けられる彼に上限はない。
「なっ……!」
一瞬の隙に背後に回られた事に驚愕を浮かべながらもベテランとしての気転の良さなのか、すぐさま後ろに標的を移して斬りかかる。
だが彼の目はその先を『観る』ことができる。
力強く放たれる回転斬りの軌道を予測、そして刃が迫る事を予期して軌道上から逸れると同時に踏み込み。そして斬りかかる剣が頬を掠める中、アレイヤは敵の顔面をぶん殴ってギルド内の壁に叩きつけた。
「早く治療しろ。ヒーラーがいるだろう」
床に横たわって動かなくなっている冒険者を横目で見ながら「ここまでやらかしたらもうダメかもしれない」と殴った手を見る。
汚い鼻血と唾液が付着しているその手を適当な机になすりつけ、受付嬢のほうに視線を向けた。
「もう一度言う。俺は登録できるのか?」
今のゴタゴタで怯えてきっている受付嬢を見る限り、ここでは無理だろう。
そしてここで無理なら他に行っても不可能と言える。
アレイヤが冒険者になる事は実質的に不可能。
「……無駄か。邪魔をした。その辺の損害は吹っかけてきたアイツにやってくれ」
この場に多く止まっていても良い事はない、冒険者になれないのにこれ以上いる意味はなく、ならばさっさと出て行って適当に換金した方が宵越しの金が持てる。
そうしてギルドから出ていこうとするアレイヤにリアーナが、
『お金どうするの?』
「まずはこの高そうな服を売る。その後は森で売れそうなモノを拾ってどうにかするつもり」
『魔石とか売るのね! 私に任せなさい!』
「頼りにしてるよ」
(衣食住が保証されている働き口ってないのかな)