第1話 教会との訣別
「君は見えるの?」
あの人はそう言った。
綺麗な白髪と、俺が見た中で一番美しいと思えるその長女(←美女の間違い?)は誰からも気味悪がれて近づくことすら恐れられている俺の前に立っていた。
「……俺には化物が見える。暗くて怖い化物が、だから近づかない方がいい。彼らはきっと俺を見ている。俺を食おうとしているんだ。だからお前は来るな」
草の陰から、建物の隙間から化物は見ている。
俺を見ている。
彼らは大きな口を持っていて、俺を食おうとしている。
それが怖くて、でも誰にも見えない。俺にしか見えない恐怖。
だから気味が悪いと言われ続けた。お前は近づくな気持ち悪いと。
「それはきっと違うよ。彼らも私たちも仲良くしたいだけ、たった一人、世界で唯一私たちを見ることができる人がいるのだから」
この時初めて俺の世界が広がった。
ずっと下を向いて生きてきた俺を明るく照らしてくれたんだ。
■
「お前さぁ、神託者としての自覚ある? 毎回毎回くだらない神託しやがって、他国はもっと有意義な話してるってのに」
フーエルデ大聖堂。
それはヴィクトル王国に存在する最大級の大きさを誇る聖堂にして、教会の総本山。
神職者の多くがここで修練を積み、そしていくつもの教会にて祈りを捧げる。
そんな聖職者や教会の信仰者にとって神聖な地といっていいこの場所で場違いな怒鳴り声が聞こえていた。
大聖堂の廊下にてレック神父が縮こまって口答えしたそうにしている少年、アレイヤへと怒鳴り散らす。
「聞いているのかねアレイヤ! お前だけ神託者として全く仕事をしていない。他国の巫女は疫病を、シャーマンの少年は地殻変動を予期したというのにお前は今までに何個神託を受けた!」
「3つ……4……5個くらいですかね?」
指を折って今までにどれだけの神託を受けたのだろうと数えてみるが、全くない。
むしろ今までそれでよく教会に置いてもらっていたものだ。
「お前が神託者として連れてこられてから5年。お前が10歳の時に神託を受けられると知った我々教会はそれはもう期待した。だがな、お前はクソだ。ハッキリ言おう、お前は……」
「あーはいはい! やめてやめて! 俺がクソでバカで……ゴミなのは……知ってますよーだ。どうせ俺はウンコだよ……道端の糞ですよ」
神託者。
それは神からのお告げを受ける事のできる数少ない人間のことだ。
神の声を聞けるという特殊な才能を持つ人間は世界にも数える程しかおらず、存在すれば教会が血眼になってでも探しだし、契約まで結ばさせる。
そして生涯安定を約束されるほど貴重な存在だ。
いじけて地面に円を書き始めるアレイヤに構ってもいられず、レック神父は引きずってでも連れていこうとするが。
「レック神父。彼をお借りしてもよろしいですか?」
後ろからやってきた聖職者らしき人物により、レック神父の代わりに引きずられていくことになる。
彼の説教を聞かなくて済む、そう簡単に思っていたアレイヤだったが。
連れて行かれた場所で、
「君はクビだ」
「えっ……………」
大聖堂の礼拝室、そこにいた教皇によって解雇宣告を言い渡される。
「ちょっと待ってください! いまいち理由というか……なんでこんなことになったんだろう? っていうのか、とりあえずわかりません!」
いきなり将来の安定が破壊される弾丸を食らうが、なんとか持ち堪えて文句を言う。
「神託者としての責務を果たさない。まともな神託もないのに遊び呆けている。それに部下たちがお前の奇行に怖がっていてな、悪しきものか何かだと騒ぎ立てている」
「それは……」
「弁解など不要。それにもう新たな神託者は用意している」
教皇の入れという言葉と同時に礼拝堂に踏み入れる知らない少女、身なりは整っており顔も美形。何もない時点なら可愛いの一言くらいあるものだが、
敵となれば殺意しか湧かない。
「彼女が新たな神託者で、一年に一つしか得られないお前と違って彼女は1ヶ月に一度は受けられる。これが性能の差だ」
「ふっざけんなクソアマ! 降りてこい! ぶちのめしてやらぁ」
新たな神託者となった少女に掴み掛かろうと前に出るが、教皇を取り囲む聖騎士達によって取り押さえられる。
「お前の存在は用済みだ。バカで学もない、そのうえ神託も満足に受け取れない男など必要ない。お前たち、そいつを外に放り投げておけ」
「おい待て、やめろ! 何する気だ!」
新たな神託者を抱え、もう用済みだと去っていく教皇。
そして彼をぶん殴ろうと手を伸ばすも聖騎士たちによって掴まれて引きずられていく。
どうにかして拘束から免れようと争ってみるが、体格差から覆すことができずに大聖堂の敷地外まで連れて行かれる。
「おい穀潰し。命を取らないだけマシと思え。まぁお前なんぞの命、誰も必要ねぇだろうがなぁ!」
聖騎士に放り投げられて地面を転がる。
「ふっざけんなよ、テメェ」
起きあがろうとするが地面に投げられた際に傷ついた身体が悲鳴を上げてうまく立てない。
崩れ落ちるようにして倒れるアレイヤを笑いながら見ている聖騎士達。
まともな神託すら受けることができない神託者。
そんな人間はいらない。別のやつに変えればいい。
そして神託者としての称号を剥奪されたアレイヤを守るものは何もない。故に今の彼をなぶってもなんの罰則もないのだ。
そのうえ聖騎士の権限でいくらでも罪を作り出すことができる。
正当防衛の手順はいくらでもあるのだ。
「今のお前に権力はない! だからここで死のうと誰も何も言わないんだよぉ!」
そうして剣を抜き、アレイヤを殺してしまおうと振り下ろすが、
『これだから人間は』
謎の風によって剣は吹き飛ばされ、突如として現れる突風に聖騎士たちは後退する。
「何が!」
『私の姿すら知覚できない者が何をイキがるのか? 目の前の者だけを力とし、それ以外を見ることができない者の時点で私たちは捉えられないだろうけど』
「出てくんなってつったろ」
『君がそこまでボロボロになって黙って見ていろと?」
痛む身体を引きずって立ち上がるアレイヤは横にいる少女の前に立つように出るが、その少女の姿を聖騎士たちが知覚することは決してない。
この世のものとは思えないほどの造形をした美を、輝くような白い髪を彼らは知らない。
そして知ることもない。
彼らには立ち上がったアレイヤの傷が瞬く間に治っていき、彼を取り囲むように展開される謎の突風を不思議に思い恐怖することしかできないのだ。
「何が起こっている。こいつは何もできないカスなんじゃ!」
『ちょっとうるさいよ。そのゴミ』
酷く冷たい目をした少女が一つ指を向けるだけで聖騎士の一人が吹っ飛ぶ。
『喋るゴミは嫌い』
そしてもう一つ指を向けるだけで残りの聖騎士も高速で吹っ飛んて行き、大聖堂に激突して生きているかも不明。
『ゴミ掃除は終わり。それで? アレイヤはどうするの?』
「神託者を降ろされちゃったからな。行くあてもないし、とりあえずはこの街を出て普通に生きることにする」
『じゃあ早めに行こう。長居すると新しいゴミが湧いてくるから行った行った!』
「押すな押すな急かすんじゃねぇ!」
(これでもう教会とはおさらばだ。飯と寝床があるのは嬉しかったが、あいつが正面から聖騎士をぶちのめしたから泣いても許してくれないだろ)
それ以前にアレイヤはクビになっている。
だから、
ここからはあの時の続きから、生きてみようと思った。
(でもまぁ)
後ろから押してくる少女を一度止め、振り返ってから。
「馬鹿やろぉおーー。そんで持って二度とくるかぁああ!」
長い間世話になった教会に暴言を吐いてから見つかる前に逃げ出す。
「急ぐぞ! 今ここで見つかればどんな暴行を受けるかわからんからな!」
『アレイヤおそーい』
「人間だからしょうがないだろ」
全速力で走って前の少女に追いつこうとする。
白い髪を持ち、この世の全てを操る女神。
最高神リアーナ。
それがアレイヤに付き纏う女神だ。
がんばります
やめないで