毎晩寝てる時に義妹が「義兄さんは私のことが好きになる」と暗示をかけてくる
今度は義妹です。
俺、加藤悟には妹がいる。
妹の名前は美春。一つ年下の高校一年生の女の子である。
俺と彼女は同じ学校に通っている。
彼女は校内でも評判の美少女であり、兄妹というひいき目を抜きにしても可愛らしいと評価できる女の子だ。
しかし、妹とは言っても血のつながった実の妹ではなく、いっさい血のつながっていない義妹である。
俺の父親の再婚相手には娘がいて、その娘というのが美春だった。
親の再婚で家族になった義兄妹というわけだ。
ライトノベルやエロゲでよくある展開である。まさか現実にもあるなんて思わなかった。
俺と美春の兄弟仲はなかなかに良好だ。
父の再婚から三年。
つまり義妹と一緒に住み始めてから三年。
最初の頃は共に思春期だったこともあってか中々お互いなじめなかった。しかし時間をかけて絆を育み、今ではすっかり仲良し兄妹になっている。
そう。仲良くなった。
仲良くなりすぎてしまった。
「義兄さん。寝てますか?」
夜。
時間にして深夜の一時くらいだろうか。
俺の部屋に人が入ってきた。
「本当に寝ているんですか?」
かけられた声は小さい。
俺が寝ていた場合に万が一にも起こさないように小声にしているのだろう。
言葉から察するに、入ってきたのは義妹の美春だ。
というかこんな時間に俺の部屋に勝手に侵入する人間なんて美春しか存在しない。
「起きていますよね? わかってるんですよ? 私は」
俺は起きているだろう、ときいてきた。
その通りだ。俺は起きている。
そのうえで寝たふりを続けていた。
しかし美春は別に俺が起きていることに気づいているわけではない。
カマをかけているだけだ。
なぜそれがわかっているのかというと、この言葉はもう何度も聞いているからだ。
というより、毎日毎晩聞いているのだ。
「……よし。寝ていますね」
美春は返事をしない俺が寝ているのだと判断していた。
寝たふりをしているだけだとも知らずに。
美春は音を立てないように慎重にドアを閉め、抜き足差し足と静かにベッドの方までやってきた。
「義兄さん。失礼します」
美春は寝ている(ふりをしている)俺の耳元に顔を近づけた。
そして――
「義兄さんは私のことが好きになる」
と囁き始めた。
始まった。
「義兄さんは私のことが好きになる」
もう一度囁く。
「義兄さんは私のことが好きになる」
さらにもう一度。
そしてそれだけでは終わらずに何度も何度も「義兄さんは私のことが好きになる」とささやき続ける。
寝ている俺にむかって囁き続ける美春。
しかし俺は慌てたり、驚愕することはしない。
俺は、今晩美春が部屋にやってきてこうやって「義兄さんは私のことが好きになる」と俺に囁くことをしっていた。
なにも俺が予知能力に目覚めたわけではなく、美春の心を読んでいたわけでもない。
これは毎晩行われていることなのだ。
昨日も一昨日もその前もずっとこれは行われてきたし、恐らく明日も明後日も行われるだろう。
はじめはいつぐらいだったろうか。
一か月くらい前だったと記憶している。
深夜に俺が電気を消して目をつむって寝ようとしている時だった。
その日、俺はとても疲れていて眠りかけていた。
あと少し、数分もあれば眠りに落ちていたというその時、部屋のドアが開いて美春が入ってきた。
恐らく電気を消して静かにしている俺が寝ていると勘違いしたのだろう。
当時は勝手に美春が部屋に入ってきたことに驚いた。
美春はその時も今と同じように寝ているかと尋ねてきていたが、疲れていた俺は美春の問いに答えることはせず無視してしまった。
そしてベッドまでやってきて俺に向かってこうささやいたのだ。
「義兄さんは私のことが好きになる」
その後何度も何度も美春は俺に向かって囁き続けた。
そしてその日から毎晩これは行われ続けている。
はじめの頃は驚いていたが、今ではあまり驚かなくなっている。
もはや毎日の恒例行事だ。
それに別に嫌な気分ではない。囁かれたときにはくすぐったいが、不快なではなく、それどころか気持ち良さすら感じている。
ASMRと似たような感じだろうか。
これがないと眠れなくなっている――というのは言い過ぎだが、穏やかな気分になることができるのは本当だ。
少なくともやめてほしいと思うようなものではない。
「義兄さんは私のことが好きになる」
「加藤悟は加藤美春のことが好きになる」
「義兄さんは私のことが好きになる」
「加藤悟は加藤美春のことが好きになる」
十分ほどそれを続けて一通り囁いた後、美春は俺から顔を離した。
しかしそれで美春は満足していたわけではない。
いつもこの後にやることがあるのだ。
美春は顔を離したあとも俺に向かって小声で話し続ける。
「義兄さん」
「私は義兄さんのことが好きです」
「すごく、すごく大好きです」
「妹としての好きじゃなくて、ひとりの女としての好きです」
「私、義兄さんのためなら何でもできます」
「ハグだって。膝枕だって。キスだって。エ、エッチなことだってできるんです」
「だから、義兄さんにも私のことを好きになってほしいです」
「妹としてじゃなくて、女性として見てほしいです」
「義兄さん」
そしてもう一度俺の耳に顔を近づけて囁き始める。
「義兄さんは私のことが好きになる」
「義兄さんは私のことが好きになる」
「加藤悟は加藤美春のことが好きになる」
「加藤悟は加藤美春のことが好きになる」
「義兄さんは私のことが好きになる」
何度もそう囁いたあと、美春は俺から顔を離した。
「大好きです。義兄さん」
その言葉を呟いて満足したのか、今晩の囁きは終わった。
その後は来た時と同じように、音を立てず静かに美春は部屋を出て行った
一人に戻った俺は先ほどまでの美春の行動を考える。
これは恐らく暗示なのだろう。
俺が美春のことを好きになるように。
兄妹としての好きではなく、男女としての好きを求めている。
つまり俺が美春に対して恋愛感情を抱くように行っている暗示なのだ。
これが暗示だという根拠はある。
一週間前に美春の部屋に行ってみた時、本棚に暗示やら睡眠勉強法なる単語が書かれた本が置いてあった。
美春は急いで隠そうとしていたが、隠しきれずに見切れていたのだ。
美春が暗示を行おうとしていることは間違いないだろう。
美春は大丈夫なのだろうか。心配になる。
俺に恋愛感情を抱かせようとするのはいいとして、どうしてこんな方法にたどり着いたのかは謎だ。
ボディタッチとか普段から距離を近くして話すとか暗示以外にも方法はあったと思うし、例え暗示を用いるとしても他にも方法があったと思うのだが。
眠っている俺に向かって囁き続けるって。
なんでこんな成果が不確実でかつばれるリスクの高い方法を選んだのだろうか。
案の定俺にばれてるし。
間抜けとしかいいようがない。
まあそこも可愛いところなんだが。
そんなことを考えているといい加減夜も更けてくる。
眠たくなってきた俺は、先ほどまでの寝たふりではなく本当に眠りについた。
●
翌日の夜。
「義兄さん。寝ていますか?」
今日も美春は来た。
毎日毎晩こうして美春はやってきている。
そしてその度に俺に向かって囁きながら暗示をかけようとするのだ。
「起きていますよね? 義兄さん」
最初にカマをかけて起こそうとするのもいつものことだ。
慎重なんだかそうじゃないんだか。
「……寝ていますね」
今日も俺が寝ていると判断した美春は俺のもとに静かに近づき、いつもの通り耳元で囁きかける。
「義兄さんは私のことが好きになる」
「加藤悟は加藤美春のことが好きになる」
「義兄さんは私のことが好きに――」
だがしかし、今日はいつもと違った。
「わっ」
美春が小さく声を上げて驚いた。
というのも、美春が囁いている最中に俺が顔を動かしたからだ。
こんなことをするのは初めてだった。
「に、義兄さん……?」
美春が恐る恐るきいてくる。
「お、起きていますか?」
声を震わせながらもきいてくる美春。
その質問に俺は――
「起きているよ」
とはっきりと答えた。
明らかに今起きたのではなく、ずっと意識があったことがわかる。それくらいにはっきりと答えていた。
「――っ」
息をのむ音がする。
俺の言葉に美春が動揺しているのが伝わってきた。
しかしすぐに美春は落ち着き、冷静に俺に話しかけてくる。
「あ、起きたんですね。よかったです」
「うん。何の用?」
「そうですね。ちょうど勉強でわからないところがあって――」
落ち着きはらった声で美春は言う。
恐らく起きた時のことを想定して事前に自分がここにいる理由を考えてきたのだろう。
だがそんな嘘でごまかせるわけもない。
「勉強ってさっきのやつこと?」
「さ、さっきのことってなんですか?」
「耳元で『義兄さんは私のことが好きになる』ってずっと言ってたけど」
「なな、なんのことですか? 義兄さんがなに言ってるのか、ままま全くわからないです」
さっきまでの落ち着きはすぐになくなり、動揺しながら美春はとぼけ始めた。
いやそれはだいぶ苦しいだろう。
「あれ? じゃあさっきのは夢だったのかな。美春が俺の耳元で囁いてくれていたとおもったんだけどなあ」
「そ、そうですよ。きっと夢だったんですよ。そうに違いありません」
「ふーん。そうだったのか。じゃあ昨日『義兄さんは私のことが好きになる』って言ってたのは?」
「あ――」
「昨日だけじゃなくてずっと『義兄さんは私のことが好きになる』って耳元で囁いていたのは、夢だったのかな?」
「に、義兄さん。ずっと起きていたんですか……?」
「うん。起きてたよ。毎日」
「毎日!?」
「毎日起きてずっと私の言葉を聞いていたんですか!?」
「うん。というか認めたね。囁いてたこと」
「そ、それは。もう言い逃れできそうになさそうですし。というか、起きてたならなんでされるがままになってたんですか」
「それはまあ、美春が耳元でささやいてくれるのが気持ち良くて」
「そうだったんですか……」
「じゃ、じゃあなんで今日は途中で起きたんですか?」
「だってそろそろ焦れてきたし」
「焦れる?」
そう。
確かに、美春が耳元で囁いてくれるのが気持ち良かった。
しばらくこの囁きを楽しんでいようかとも思っていたが、いい加減焦れてきたのだ。
「何に焦れてたんですか?」
「美春が俺に暗示をかけようとしていたこと」
「だって、あの暗示に意味なんてないし」
「そ、そんな――」
声を震わせて、美春が悲壮な顔をする。
暗くて見えにくいが、彼女が泣きそうな顔になっていることがわかった。
恐らく、暗示なんてしても俺が美春を好きになることはないとでも思っているのだろう。
だが、それは違う。
「美春は毎日俺に美春を好きになるように暗示をかけようとしてしたけど、意味はないんだ」
こんな暗示に意味なんてない。
だって――
「だって、俺最初から美春のこと好きだったし」
「え?」
美春は悲しそうに歪ませていた顔を元に戻し、ぽかんと驚いていた。
「え? 私のことが好きって、え?」
「あの暗示っていつからやってるの?」
「そ、それは、ひと月ほど前から」
「俺が美春を好きになったのはもっとずっと前だよ」
美春は「ええ?」と更に驚く。
「初めて会った時にすぐ好きになっちゃったから、一目ぼれってやつかな」
「そ、そうだったんですか!?」
「うん。美春はこんなに可愛いんだから、そりゃ好きになっちゃうよ」
「可愛い……。嬉しいです」
美春は恥ずかしそうに顔を少し下に向けながらも笑顔になった。
俺の言葉が嬉しかったのだろう。
俺はずっと美春が好きだった。
焦れるというのは、美春と俺が両思いなことを知りながらも付き合っていないことを不満に思っていたことを指していたのだ。
「美春」
俺の言葉に反応して、美春は顔を上げた。
美春の顔を見て、改めて言う。
「俺は美春のことが好きだ」
「俺と付き合ってほしい」
その言葉に、美春は笑顔で「はい」と頷いた。
こうして俺と美春は付き合うことになった。
ちなみにこの数年後、毎晩寝てる時に「義兄さんは私と結婚したくなる」と美春が暗示をかけてこようとするのだが、それはまた別の話である。
連載始めました。
『やたらと距離が近い後輩が俺に絡んでくるけれど、俺は絶対に騙されないからな!』
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