09
麻倉家は豪邸だったが、こんなことは想定の範囲内だ。驚くに値しない。
「住所は分かった。じゃ、俺はいったん帰宅して、着替えとか参考書を持ってくる」
「あの、戸山さん。わたし、クレープが食べたいです」
きっと今のは聞き違いだったのだろう。これから地獄の勉強会をしようという女子が、クレープを食べたがるはずがない。
しかし、聞き違いではなかった。
「クレープというご褒美があれば、週末の勉強会も耐えられると思うんです」
「いや、ご褒美のタイミングがおかしいだろ。なんで勉強会の前に要求するんだ。普通なら小テストで小内に勝ってから──せめて勉強会を乗り越えてからだろ」
麻倉が弱った様子で言う。
「……終末の勉強会のためのエネルギー補給が必要なんです」
「漢字が違うぞ」
俺は溜息をついた。ここで無理やり勉強会に持ち込んでも、麻倉のモチベは上がらなさそうだ。モチベと集中力は比例するわけだし。
「仕方ない。クレープだな。だがタピオカでなくていいのか。タピオカ」
「いえタピオカ、不味いですし。あれって、何がいいんですか?」
「知るか」
ショッピングモール内のクレープ店に行き、そこのフードコートで食べる。甘いのは好きじゃないが、付き合いで俺も食べることになった。
周囲を見回すと、やたらとカップルが多い。
俺はカップルに否定的ではないが、ソロだった時より勉強をしなくなるのは統計的に証明されている。
お互いに励ましながら勉強できます、とか言うのも嘘だ。
真面目に勉強しているのは、初めの5分だけ。
どうせ、6分めからは乳繰り合っている。偏見ではない。
「……あの、戸山さん。カップルさんたちを睨まないでください」
「食べたな、行くぞ。勉強会だ──あ、そうだ。その前に着替えを取ってこないと」
「わたしもお供していいですか?」
「いいけど、なんでだ?」
「戸山さんの妹さんにもご挨拶したいですし」
「そうか……まてよ。なんで妹がいると知っている?」
すると麻倉は、謎のドヤ顔になった。
「戸山さんのような方は、まず妹さんがいらっしゃいますからね。わたしの観察眼が、そう語っていました」
「……」
悔しい。
麻倉の発言は、どう考えてもアホだ。
なんだ、観察眼で妹がいると分かるって。
しかし、俺に妹がいることを当てられた以上、何もツッコめない。
というわけで、俺は麻倉を連れて家に帰った。
「あ、お兄ちゃんが彼女さんを連れて来た!」
14歳になる妹の由香が、玄関で迎える。
「由香、麻倉彩葉さんだ。俺の彼女さんではない」
「ふふん、お兄ちゃん分かってるよ。彼女さんを手籠めにするため、自宅に招いたんだよね」
「失礼だろ、麻倉さんに」
さらに言えば、理事長の娘さんに。
二階の自室に入り、さっそく支度を始める。
その作業中、俺は改めて考えた。
麻倉の学力は、どこまでヤバいのだろうかと。
俺は階段の降り口から、一階へと声をかける。
「由香、ちょっと部屋に入るぞ」
「下着、漁っちゃダメだよ!」
「はい、はい」
由香の部屋に入り、中二の数学の問題集を取った。
一階に降りてみると、麻倉と由香は談笑中。
俺は問題集をリビングのテーブルに置いた。
「2人とも来てくれ。ちょっと同じ問題を解いてみてほしい」
由香が嫌そうな顔をする。
「えー。宿題もあるのに、別の勉強もするの?」
「少しだけだから頼むよ」
麻倉に中学生の問題を解かせて、学力を測定してみようと思ったわけだ。
そのさい、比較対象として現役中学生の由香が役に立つ。
ちなみに由香の学力は、よくて中の上だ。俺の妹なのに情けない。
麻倉は中二の問題集を見て、不満そうに言った。
「戸山さん。さすがのわたしも、中学生の問題は解けます」
「昨日、俺が作ったテストは0点だったろ。小学生でも解けるテストだったのに」
「あ、あれはズルいですっ。小学生でも解けると言いつつ、超難問だったじゃないですか。けど、そこにあるのは一般の問題集ですよね」
麻倉は中二問題集を指さして、自信満々に言った。
「これなら全問正解ですよ~」
フラグを立てたな、こいつ。