07
「俺は、麻倉彩葉の家庭教師だからだ!」
と宣言したところ、麻倉が泣き出した。
「戸山さん……ついに、わたしの思いが通じたのですねぇ……」
「……そうだね」
すると、小内が椅子を蹴とばして、
「なにそれ、訳がわかんない!」
そういえばこの女、思い通りにならないとモノに当たる悪癖があったな。仲間だと思っていた頃は、感情が豊かなんだとか、好意的に解釈していたが。
「だいたい、その子なんなの?」
「この子は、麻倉さんだ」
理事長の娘だぞ。
箔日学園の生徒である以上、お前ごときが敵う相手ではないぞ。
とも言いたかったが、理事長の娘の件は秘密なので言えない。
ふいに小内は嘲笑した。
「麻倉って思い出した。全教科赤点とった、本物のおバカでしょ」
麻倉がビクッと身をすくめる。いまの小内の発言で傷ついたのは、明らかだ。
俺も麻倉には色々と言ってきた。
しかし小内に言われると、なぜか許せないと思う。
「分かってないようだな、小内。麻倉は潜在能力だけいえば、お前より数倍賢いんだ。ただ今までは、その潜在能力を生かせてこれなかった。
それはなぜか? 簡単だ。いい家庭教師に恵まれなかったからだ。しかし、これからは違うぞ。この俺が、麻倉を教えるんだからな。手取り足取り」
潜在能力うんぬんは真っ赤な嘘だが、悔しいからな。
ところで、なぜか麻倉が顔を赤くしている。
「え、手取り足取りですか? 戸山さん、大胆です……」
「……と、とにかく、麻倉の実力はこれから発揮される」
小内は、麻倉をバカにしたように見る。
理事長の娘と知ったら、どうせ手のひら返しで靴を舐めるくせにな。
「賭けよっか?」
「なんだって?」
「来週の小テスト、3教科の合計点で。私と麻倉、どっちが良い点数を取れるか勝負しよ。私が負けたらさ、何でもしてあげるから」
小内も赤点とる成績だが、麻倉よりはだいぶマシ。
よってこんな賭けは受けるだけバカだ。
だが、もしも麻倉が勝てたならば──
「……何でもするなら、麻倉に土下座して謝れよ。さっきの暴言を謝罪しろ」
「いいよ。けど私が勝ったら、戸山──あんた、私の奴隷になりなさい」
「はぁ?」
『奴隷』とか、日常会話で使う奴、初めて見たんだが。
「私の家庭教師になるの。私、大学はスポーツ推薦を狙っているから、学業成績は重視してないよ。だけどさ、赤点だけは部活に出れなくなるから困るんだよね。
だから、戸山が私に勉強を教えるの。効率よく、できるだけ楽な勉強法でね」
「以前も、そうやって教えてやっていただろ」
「前よりも献身的にだよ。つまり、奴隷のような家庭教師になるってこと。私のね」
小内が近づいてきた。
そして両腕を伸ばしてきて、俺の首で絡めた。
顔が近すぎ。
「戸山。あんたは好みじゃないけどさ、家庭教師の腕だけは評価してあげているよ、私は」
麻倉が、小内を「えいっ」と押しやる。
「小内さん。わたし、この勝負、負けませんから!」
小内は麻倉を睨んたが、すぐ余裕の顔をした。
「結果が出るのが、楽しみだね」
そして自習室から歩き去る。
俺はそれを見届けて──
え、ちょっとまって、賭け受けることになったの?
俺、ひとことも了承してないんだけど?
「麻倉……お前、なんで『負けませんから』とか言っちゃった?」
麻倉が自信に満ちた顔で言った。
「本当のことだからですよ。だって戸山さん、言ってくれましたよね。わたしの潜在能力は、SSSランクって!」
いや、SSSランクとか言ってない。
お前の潜在能力は、間違いなくFランク。
だが麻倉はやる気に満ちた様子だ。
さっきまでの傷ついた表情はどこへやら、だな。
とりあえず、麻倉は褒めて伸ばすとしよう。




