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「冷静になろう。お前が及第点を取ればいいだけの話だ。な、美園」
「名前呼びはおやめください戸山さま」
「戸山先生と呼んでみたら?」
「死んでもごめんです」
水元美園と閉じ込められた、半地下の監禁部屋。
ここからの脱出は無理そうだし、仕切りもないトイレで用を足すのも無理。
ならば水元に及第点を取らせて、麻倉を納得させるしかない。
そして復讐に、地獄の耐久勉強20時間を行わせてやる。待ってろよ、麻倉彩葉。
「とりあえず、どの教科からやるかな。水元って理系か、文系か?」
得意な方面から攻めることで、全体的な学力を上げよう。
とくに勉強ができない奴は、苦手意識を持っている場合が多いからな。または負け癖的なものを。
そういうときは、一教科でもいいから得意なものを作り、そこを伸ばす。一教科の点数が伸びることで、他の教科も引っ張られるというわけだ。
「どちらかと言えば、私はお嬢様系でしょうか」
「真顔でボケるな」
「真面目ですが、ボケてはいませんので」
「分かった。お前はメイドのしすぎで、脳が浸食されたに違いない。つまり、メイド汁みたいなので。まずやるべきことは、意識からお嬢様を追い出すことだ。つまり麻倉を」
「私に死ねと?」
「なんでそうなる」
「常にお嬢様のことを考える。それこそがメイドとしてあるべき道です。この世界に私以外いるでしょうか? お嬢様が一日にされるおしっこの回数、これの平均回数を認識している者が?」
それは自慢なのか。
「17回」
瞬間、水元が複数の感情をあらわにしてきた。まず驚愕、と同時に殺意と疑惑。
「戸山さま、なぜご存じなのですか? まさか、お嬢さまのストーキングを?」
「しなくてもだいたい分かる」
単純計算だが。麻倉は膀胱が小さいらしく、だいたい1時間に一度はトイレに行く。一緒に勉強しているので分かる。あと麻倉の性格からして、寝る前は膀胱を空にしていそう。
「えーい、どうでもいい! とにかく勉強しろ! 麻倉と同じ大学に行けなくてもいいのか!」
結局、この脅しが効いた。
それからは水元も大人しく勉強に集中する。
教え始めて気づいたが、水元は基本的におバカではない。麻倉よりも覚えは早いし、何より応用力に強いのが素晴らしい。
これなら基本を教えるだけで、応用問題も自力で解ける。麻倉なんかは、応用問題も初めにちゃんと教えてやらないと解けないからなぁ。
あと定期的に、「お前の帰りを麻倉が待っているぞ~」と励ましておく。
すると水元の欠けてきた集中力が回復するのだった。
まさしく、これがお嬢様系か。
5時間後。双方とも膀胱が限界を迎えたころに、ようやく準備は整った。
「麻倉を呼んで、リベンジの模擬テストだ。及第点をビシッと取って、こんなところからおさらばするぞ」
「異論はありません」
「よし……ところで、どうやって麻倉を呼ぶんだ?」
スマホは取られたし、この監禁部屋に上階と連絡を取る術はない。
「私が念じれば、お嬢さまはおいでくださるはずです」
水元が目をつむって、念じだす。んな、バカな。
まぁダメ元だ。おれも念じよう。
しばらくして、麻倉が降りてきた。
「準備は整ったようですね?」
水元が感激の声を上げる。
「お嬢様! 私の念じた声が届いたのですね?」
しかし麻倉は小首を傾げて、
「美園のですか? いえ、私は戸山さんの声を聞いたような気がしたのですがね」
水元から殺意の眼差しを向けられるのにも慣れてきたな。
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