06
翌朝。
下駄箱を開けるとラブレターが入っていた。
絶滅したはずのラブレターだ。
俺は開封することなくゴミ箱に捨てた。
すかさず、後方から声がする。
「ま、待ってください、戸山さん。読んでください、せめて読んでから捨ててください」
「麻倉、やはりお前の仕業か」
「仕業って、わたしが嫌がらせしたような言い方……あんまりです」
涙目になる麻倉。
メンタルが強いのか弱いのか、謎の生物だ。
俺はラブレターを拾い上げてから開封。便箋を走り読みした。
1000文字はあったが要約すると、
『家庭教師になってください』
で済む内容だ。それだけのためにこの長文とは。
便箋を丸めてゴミ箱に放る。
「簡潔な文章を構成する能力、0点」
「そ、そんな……戸山さんの心には鬼が住んでいるんですか!」
俺は溜息をついた。
「約束しただろ? 俺のテストに合格できたら、家庭教師になってやる。そのかわり不合格だったら、きっぱり諦めると」
麻倉は涙声で言う。
「わたし、思うんです……諦めなければ、きっと思いは通じるって。嫌がられても追いかけ続ければ、きっと受け入れられるって」
「それ、ストーカーの思考と似てるぞ。気をつけろ」
俺が歩いていこうとしたら、麻倉が腰にしがみ付いてきた。
「うぅ。わたしの家庭教師になってくださぁい」
「は、離せ。こんなところで、しがみ付くな」
登校してきた生徒たちが、面白そうにこっちを見てくる。
麻倉のせいで朝から見世物になっている。
「とにかく場所を変えよう。もっと静かなところ、他の生徒がいないところへ──」
というわけで自習室に移動。
朝だからか他に生徒はいなかった。
ここに入るだけで、俺の心を平穏が包む。椅子に座って、
「なぁ麻倉。家庭教師の件だけど、俺にこだわる必要はないんじゃないかな。お前の友達から教わればいいじゃないか」
麻倉が落ち込んだ様子で言う。
「わたし、友達あんまりいないです」
ぐっ、心が痛んだ。
確かに、友達少なさそうだとは思っていたが。
だが同情は禁物だ。それに『あんまりいない』ということは、少しはいるということだ。
「それでも友達、何人かはいるんだろ? その子たちに教えてもらえ」
「ですが、わたしの友達で成績優秀な子はいないです」
「どんなバカだろうと、お前よりは頭がいいはずだ。絶対に。なぜなら、お前はバカの中のバカだから」
麻倉は悲しそうに言った。
「戸山さんの言葉が、わたしの心に突き刺さります」
その時、自習室のドアが開いた。チラッと見たとたん、俺は凍り付いた。
入ってきたのは小内礼だったのだ。
しかも、まっすぐに俺のほうへと来る。
小内は麻倉をチラッと見たが、無視した。
「やっぱここにいたんだね、戸山」
「……何か用か?」
小内は近くの椅子を引っ張ってきて、俺の隣に置いた。それに腰かけて、さらに俺へと身を寄せてくる。
あからさまな密着。
小内からは柑橘系のよい香りがした。
「実はさ、戸山に勉強を教えて欲しいんだよね。私さ、次の期末でも赤点取るとヤバいんだ。だから戸山先生のお力を借りたいわけ。ね、いいでしょ?」
俺の腕に、小内の胸が当たる。
一瞬だけグラついたが、俺はすぐに冷ややかな気持ちになった。
赤点を取って困ったから、また俺を利用しようというわけか。
そのために、ちょっと色仕掛けでもしてやろうと。
俺のような陰キャの童貞は、ちょっと胸でも当てておけば簡単に落ちるだろうと。
舐めるなよ。
俺は立ちあがった。俺に寄りかかっていた小内は、慌てて体勢を取り戻す。
「戸山?」
「悪いな、小内。俺はもうお前には教えることはできない」
この展開は、小内のシナリオにはなかったようだ。
本当に戸惑った様子で言う。
「どうしてよ?」
「なぜなら──なぜなら──」
そのとき、ぽかんとした顔の麻倉が視界に入った。
こうなったら仕方ない。
俺は麻倉の手をつかんだ。
「俺は、麻倉彩葉の家庭教師だからだ!」