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3学期に入った。
昇降口で、久しぶりに鴨下瑞奈を発見。
「あ、俊哉!」
「おはよーさん。しかしなぜ、そんなに驚く」
鴨下は右手に持っていた紙袋を突き付けてきた。
「これ、山梨のお土産よ! だけど俊哉のために買ってきたんじゃないんだからね!」
「俺のためじゃないお土産ってなんだ」
初日は始業式だけで終了。
さっそく帰宅しようとしている麻倉を見つけ、その襟首をつかまえる。
「どこへ行こうとしているんだ、麻倉?」
すると麻倉はいい笑顔で、
「今更ながらNetflixに加入したので、ストレンジャー・シングスをイッキ見するんですよ」
「それは夜しろ。これから図書館に行って、勉強会だぞ」
「ええっ! 戸山さん、3学期初日から勉強会って鬼ですか!」
「鬼じゃない家庭教師だ。お前、朝水の口車にのって、下らん賭けに乗りやがったろ。生徒会長になったほうが勝ちだとか、またバカなことを」
たかが生徒同士の勝負も、背景を見ると冗談では済まない。
麻倉家と朝水家による、権力争い。そこに直結するかもしれないのだ。
ましてや、朝水にとって箔日学園は完全アウェー。
そんな場所で、麻倉に圧勝したとしたら?
麻倉はそんなことまで考えてないのだろうが──そもそも家業を継ぐ気もないし。
だが朝水は、将来のことを見据えて、この勝負を仕掛けてきたのだろう。
本来なら水元が麻倉を止めるべきだったのだが。いや朝水の不正を止めるため、麻倉は勝負を降りようとはしなかっただろうし。
朝水がそこまで読んでいたとすると、なかなか小癪な野郎。
「戸山さん、何かいろいろと悩んでいるようですね? 難しい顔しているから分かりますよ。しかし戸山さん、そういうときは脳内をリセットしたほうが良いのです」
「お前なぁ、誰のために悩んでいると思っているんだ」
「今日は頭を休ませる日として、うちのAndroid TV でストレンジャー・シングス、一緒にイッキ見しましょう」
これは悪魔の誘惑だ。
すなわち、すべての受験生がこのような誘惑と戦っているわけで──。
まぁせっかくなので、今日は誘惑に屈することにした。
3時間後。
麻倉家の居間でくつろいでいると、水元が出現。
足音も立てずに近づいてくるので、ほんと『出現』というキーワードがピッタリな奴。
「戸山さま。一つご指摘してもよろしいでしょうか?」
「いいよ、なんなりと」
「批判するわけではありませんが。ここ最近、お嬢様の家庭教師というよりも、ただの友達と化しているのではありませんか?」
ギクリ。
「……本当に、そう思う?」
「はい」
「……」
だとしたら、おれはもう家庭教師を続けるのは難しいかもしれん。
家庭教師と友達の線引きは明確にしないといけないのに、いつのまにか薄れてしまっていたのか。
「どうしたらいいだろうな?」
「改めて家庭教師を雇用するというのはいかがでしょうか? もちろん費用はこちらで出します。そして戸山さまは、新たな家庭教師を監督する立場となるのです。ですが、それは信用の置ける人物でなければなりません」
「信用できる人物か。なら一人、当てはあるが」
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