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朝水陽介は、何とも言いいがたかった。
外見は普通だが、内に秘めたるオーラがある。
と感じるのは、朝水家への先入観があるからかもしれない。
事前情報を知らず、道端で通り過ぎたりしたら、第一印象は地味につきる。
「やぁ、麻倉彩葉さん。はじめまして。ところで何か用?」
朝水が気さくに挨拶。
──したのはいいが、俺と水元はスルーかよ。
従者はいないことにされるらしい。
いやまて、誰が麻倉の従者だ。
麻倉の性格は、よくも悪くも猪突猛進タイプ。
腹芸とかとは無縁なので、今回も分かりやすく言った。
「2学期の期末テストで、大掛かりな不正を働いたそうですね。理事長の娘として、厳重に注意しにきました。二度と繰り返さないでください」
朝水は余裕の笑み。
「何の証拠もないのに、不正をしたと責められるなんて。僕はひどく傷ついた」
この手の『攻撃』、つまり『冤罪で責めるのか』的な反論は、麻倉の苦手な分野っぽい。
しかし麻倉は怯むことなく言い返した。
「証拠ならあります!」
いいぞ麻倉、その調子だ。
証拠なんてないけど。
たぶん、当人もそのことを忘れているけど。
ノリと勢いで頑張れ。
「本当に? 証拠なんてあるのかい? ならば、いまここで提示してもらおうか」
麻倉がおれを見て、うなずいた。
その目が、『証拠をどうぞ戸山さん』と言っている。
いやだから証拠なんかないけど。
小内と有本の会話は録音していないし。
(仮に録音していたとしても、証拠としてどこまで通用することか)
おれが目で『証拠なんかありませんボス』と答えた。
すると麻倉は『そんなまさか、無能、無能』
おれが『誰が無能だよ』
麻倉が『戸山俊哉に決まってます、無能、無能』
おれが『お前、無言で会話すると口が悪くなるのな』
朝水が咳払いした。
「どうやら証拠はないようだね」
しょんぼりする麻倉。
「みたいです」
ところが朝水がいきなり言う。奇襲よろしく。
「オフレコなら、認めようか」
「え?」
「僕は不正を働いた、とさ。そして、これからも不正を止める気はない」
自白、したのか?
いや、これはオフレコだから、なんの証明にもならないのか。
だが水元なら、スマホで盗聴していそうなものだが。
「オフレコなのだから、盗聴などはしないで欲しいね」
水元への鋭い視線。
水元は肩をすくめた。さては、盗聴を試みていたのか。
麻倉が厳しい表情で言う。
「朝水くん。つまり、不正を止める気はないんですね」
「いや、あるよ」
「ええ?」
「ひとつゲームをしよう。そのゲームに勝った者が、負けた者にひとつ言うことを聞かせられるんだ」
「えーと。つまり、わたしが朝水くんに勝てば、『不正を二度とするな』と命じられるわけですね」
「そういうこと。
で、ゲームの内容だけど。箔日学園の生徒会長、はどうかな?」
箔日学園の生徒会長だって?
脳内検索。
生徒会長の任期は、『2年生の後期~3年生の前期』と決まっている。
つまりだ。
一学期で選挙があり、全校生徒に投票権があるわけ。
そして得票数の最も多かった者が、晴れて生徒会長だ。
よって生徒会選挙に立候補するための条件は、2年生であることだけで──
そうだったか?
もう一つあったような。
ふと気づくと、水元が生徒手帳を差し出してきた。
私服なのに生徒手帳を持ち歩いているとは、真面目な奴。
拝借して、立候補の条件を確認。
【立候補資格を有する者】
──二年生であること。
──前年の学年末試験で、総合得点が学年平均点を超えてあること。
ふむふむ。
この学年末試験というのは、三学期のラストで行われるテストのことだな。
テスト範囲は、1年生で学習した全て。
これで学年平均点を超えないと、生徒会長への立候補の権利を得られないわけか。
あ、まさか。
朝水が言う。
「次の生徒会長になったほうが、勝ちだ。シンプルなゲームだろ?」
まてまて麻倉。
このゲームは、とてつもなくお前に不利で──
ニッと笑う麻倉。
「望むところですっ!」
なんていい笑顔。




