05
放課後。
俺が自習室で勉強していると、麻倉彩葉がやってきた。
自信満々の顔で。
先ほどのテストの解答時間を、俺は17時までとしておいたのだ。
「戸山さん。今度こそ、先生と呼ばせていただきますよ」
「たいした自信だな。さっそく採点してやるから、テストを渡してみろ」
テストを受け取った俺は、赤ペンを取り出し採点開始。
採点終了。
俺は赤ペンを置いた。
「驚いた……こんなことがあるのか」
麻倉は勘違いしたらしく、ドヤ顔だ。
「いい点数でした? そうです。わたしも、やればできる子なんですよ」
俺は頭を振った。
「のび太の先生の気持ちが分かる日が来ようとは」
「はい?」
俺はテストを麻倉に返却、というか突き付けた。
「0点だ! 0点! 一問も正解にかすってさえいない! 小学生に戻ってやり直せ!」
「そ、そんな……」
麻倉は信じられないという表情で、0点を見た。
それから絶望のあまり、その場に崩れ落ちる。
「0点……小学生からやり直し……頑張ったのに……う、うぇぇぇん!」
泣きじゃくる麻倉の肩を、俺はポンと叩く。
「どんまい」
よーし、帰ろ。
▽▽▽
悲嘆に暮れる麻倉を置いて、俺はひとり廊下に出た。
薄情なのではない。そっとしておいてやる優しさだ。
昇降口へ向かい、廊下を速足で歩く。
すると、ふいに後ろから名前を呼ばれた。
「見つけたわよ、戸山俊哉!」
人さまをフルネームで呼ぶ奴にロクなのはいない。無視だ、無視。
ところが走ってきたなと思ったら、前に回り込まれた。
「アタシが呼んでいるんだから、無視しないでくれる?」
その女子生徒は小柄で、貧乳。端正な顔立ちで、つり目がち。
ツインテールでないのが、何となく惜しい感じ。
いずれにせよ、初対面だ。
「すまない。歩きながら瞑想していたら、気づかなかった」
もちろんテキトーな嘘だ。
だがその女子は真顔で呟いた。
「え、歩きながら瞑想? それをすると脳が活性化でもするのかしら? アタシもやってみようかしら」
どうやら信じたらしい。詐欺にあいやすいタイプだな。
「じゃ」
迂回して通り抜けようとしたが、またもその女子に邪魔された。
俺は溜息をついた。今日は女運が悪いのか。
「なんなんだ?」
「アタシは鴨下瑞奈よ。これで分かったでしょ?」
「分かるか。お前とは会ったこともないだろ」
俺の返答は、鴨下にとっては屈辱だったらしい。
「あんたの隣に名前があったでしょ! 学年一位とったくせに、記憶力とか悪すぎでしょ!」
「俺の隣? あー、二位だった奴か」
中間テストの学年順位だ。全教科満点の俺が一位で、満点に2点届かなかった生徒が二位だった。
その二位の名が、そういえば鴨下瑞奈だ。
だから壁に張り出された順位で、俺の隣にその名があったわけ。
「ようやく思い出したようね。けど、よくアタシの名を忘れられたわよね! この二位だったアタシを!」
「当然だろ。二位では意味がないと、よく言うだろ? なんで一位だった俺が、二位の名前なんか憶えておく必要がある?」
余計な情報を忘却するのも、勉強のコツの一つだ。
鴨下はあんぐりと口を開けた。
「な、な、なんですって……」
「用はそれだけか。じゃ俺は急ぐから」
「待ちなさい! 一学期の中間と期末では、アタシが学年一だったのよ!」
「そうだったのか。だが記録は塗り替えられるものだ。いまの学年一は俺。お前は二位。理解したか?」
「そ、それはそうだけども──覚えてなさい! 二学期の期末テストでは、アタシが学年一を取るわよ! あんたを超えてみせるわ!」
「俺を超えるのは無理だな」
「ど、どうしてよ?」
「なぜなら、俺は次の期末テストでも全教科満点を取るからだ。お前は最高でも、俺と同一で並ぶだけ。ただ、それも無理だと思うがな。お前、凡ミスで満点に届かないタイプっぽいから。ま、せいぜい頑張ってくれ」
鴨下が屈辱に震えているところで、俺は迂回して通り過ぎた。
変な女に貴重な時間を奪われたが──
さ、帰って勉強だ。