04(追放した側の視点あり)
麻倉彩葉がヤバいのは理解した。
あの持田がガチでビビるのだから、これは相当なものだ。しかも麻倉当人にその自覚がないのも、逆に始末に負えない。
勉強を教える気はないが、あまり塩対応しすぎると後が怖い。
これはうまく騙すか。
俺は咳払いした。
「あー、麻倉、さん」
「『さん』付けなんかしないでください。同級生なんですし」
いや、いまさっき教師が『さん』付けしていたからね。
「……麻倉。お前の家庭教師になってやらないでもない」
とたん麻倉が顔を輝かす。さらに感動のあまりか、ちょっと瞳が潤んだ。
「あ、ありがとうございます、戸山──先生!」
「まてまて。まだ気が早い。俺の生徒になるためには、テストがあるんだ。このテストをクリアする必要がある」
『テスト』という単語を聞いたとたん、麻倉が惨めな顔をした。凄い拒否反応だな。
「あの……テストが分からないから家庭教師が必要なんですよ……? それなのに、家庭教師してもらうため、テストをしなきゃなんですか……?」
「そうだ」
麻倉は絶望の顔をした。
ちょっと気の毒になりかけ、俺は頭を振る。同情は禁物だ。
他人のことなんか考えても、何もいいことはないんだからな。
「まぁ心配するな、麻倉。テストといっても、難しいものじゃない。小学生でも解けるレベルだ。今から作成するから、10分ほど待っていてくれ」
「わ、わかりました……」
小学生でも解けると聞いて、麻倉は少し安心したようだ。
さっそく俺は、ルーズリーフに問題を書き出した。
『小学生でも解ける』に偽りはない。小学生で習う範囲から出題するから。
ただし、超応用バージョンだ。超難関校の中学受験で出るレベルの問題。
高校生とはいえ、全教科赤点の麻倉では解けないだろう。
いや、さすがに全問不正解はないか? ならば──。
俺は10問作成してから、麻倉を呼んだ。
「このテストで7問正解したら、お前の家庭教師になってやる」
麻倉はテストを受け取った。
「が、頑張ります! 戸山さんに認めてもらえるように」
「ま、頑張れ。たださ、俺なんかに認められても仕方ないだろ。勉強しか取り柄がない俺なんかに」
麻倉はキョトンとした顔をする。
「あの、どうしてそんなことを言うんですか?」
俺は参考書に視線を落とす。
「だって勉強だぜ。リア充になるための条件に、勉強ができるというのはない。大切なのは、容姿とかメジャー系運動部の一員とか、そういうのだろ?」
「えーと、リア充さんのことはわかりませんが……勉強ができるって、とても大事だと思いますよ。学生の本分って、学業じゃないですか。戸山さんは、学年で一位を取ったんですよ。きっとたくさん勉強もされたと思うんです。その努力を無視する人がいたら、その人が間違っていますよ」
俺はハッとして、麻倉を見やった。
「……麻倉」
「はい?」
「7問正解って言ったけど、6問、いや5問正解でいいぞ」
「あ、ありがとうございます!」
どうせ5問だって解けやしない。
だから、これは絆されたわけじゃない。
▽▽▽
戸山俊哉が、麻倉彩葉の対応に困っていたころ──
俊哉を追放したリア充パーティの面々は、荒んでいた。全員、複数教科で赤点を取ったためだ。
西成成人が椅子を蹴とばした。
「くそっ。放課後の補習授業が終わるまで、部活に出れねぇとかありかよ? 俺のピッチングが鈍ったらどうしてくれるんだ?」
有本亜美がイライラした調子で言った。
「成人の部活なんて、どーでもいいでしょ。それよりアタシだよ。赤点取ったからバイト禁止とか、聞いてないし。おかげで次のモデルの撮影、キャンセルになっちゃったし」
山白大輔が、そんな亜美に言った。
「だいたいお前が、勉強なんかテキトーにしとけば平気、とかほざいたからだろ。おかげで、このザマだ」
亜美は片思い中なので、大輔には弱い。
「だ、だって1学期は、たいした勉強せずに済んだしさぁ……」
小内礼が思いつめた様子で言う。
「もしかして、戸山の勉強の教え方が上手だったのかも。戸山がいなくなったから、効率よく勉強できなくなったんじゃない、私たち?」
成人が吐き捨てるように言う。
「んなわけねぇだろ! 戸山は口うるさく『勉強しろ』と言うしか能がなかったんだ。だから、ウゼェから切ったんだろうが」
「そういえば戸山、中間テストで学年一だったね」
と、亜美。
「まぐれだ、まぐれ。んなことより、期末テストは気を引きしめねぇとヤバいぞ。今回は補習で済んだが、次は留年に直結しかねないって、羽田のヤロー言ってやがったからな」
と、大輔。
ちなみに羽田とは、学年主任のことだ。
礼は溜息をついた。
「勉強、するしかないよね……戸山抜きで」