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地獄の勉強会も二度目だ。
麻倉の行動パターンも読めてきた。
この教え子は、朝に逃げ出す習性がある。
よって土曜日。麻倉家に泊まり込んだ俺は、早朝に起きた。
そして麻倉の部屋前に行き、待機。
そろりと出て来たパジャマ姿の麻倉が、ギクリとする。
「と、戸山さんっ! 朝から女の子の部屋の前で何事ですかっ!」
「見張っていた、お前が逃げないように。で、今はどこに行こうとしていたんだ?」
麻倉は顔を赤らめた。
「トイレですよ。おしっこするんです」
「ほう。本当だろうな」
「おしっこで嘘はつきません」
「よし行くぞ」
「え、どこへです?」
俺は当たり前すぎることを言った。
「トイレに決まってるだろ」
「そ、そんなところまで付いて来る気なんですかっ! あの、わたし女の子ですからね、戸山さん忘れてないですか?」
麻倉が激しく動揺する。
やはりトイレというのは嘘で、逃げる気だったな?
俺は騙されんぞ、麻倉彩葉。
「お前がちゃんとトイレで用を足すのか見届ける」
「見届けさせませんよっ! それ、もうただの変態ですよっ!」
「確かに。じゃ音だけ聞くから、ドアを隙間開けておけ」
麻倉が顔を両手にうずめて、いやいやした。
「より上級者向けの変態になりましたけど!」
「いいか、お前が何と言おうと、俺はお前のおしっこの音を聞いてやるからなぁ!」
「戸山さま」
「は?」
後ろから肩を叩かれ、振り返ると水元の姿があった。
ついで水元の拳が視界にぐーんと迫ってきて──
殴られた。
意識が暗転。
朝だったもんで、俺もテンションが変でしたね。反省します。
とにかく麻倉が逃走することはなかった。
麻倉も成長したようだ。
ただしトイレに行くたびに、俺に警戒の眼差しを向けてくるようになったが。
どうやら、俺のことを『おしっこフェチ』と勘違いしているらしい。とんでもない誤解だ。
さて。
この勉強会では、まず数学・英語・現代文を重点的にやった。
現代文については、麻倉は自力で赤点を回避できるかもしれない。
しかし将来のことを考えれば、いまのうちに現代文を得意分野にしておきたい。
それは文系の選択を予定しているから、というだけではない。
麻倉の目指すものは、法律家だ。
法律の解釈には、読解力も必要となってくる。
よって現代文は常時、90点は取れるようになってもらわなければ。
勉強会の最終日。
最後の仮想テストで、麻倉は全ての科目で赤点を回避。
最高得点は、現代文で78点だった。
麻倉が涙ぐむ。
「うう。わたし、こんなにも成長しましたねぇ」
「まあな。しかし本番で結果を出さなきゃ意味ないぞ」
「戸山さん。わたし、褒めて伸びる子ですよ。ここは伸ばしてください、今後のためにも」
俺は溜息をついた。
それから麻倉の頭を撫でる。
「お前の潜在能力は、せいぜいEランクだと思っていたんだがな」
「え、地味に酷いです」
「まぁ最後まで聞け。もしかするとお前は、本当にSランクくらいあるかもしれない。たぶん、たぶん、たぶんなぁ」
「後半の『たぶん』連呼が引っかかりますが──ありがとうございます、戸山さん。ご期待に応えますよっ!」
「よし、やったれ麻倉彩葉」
というわけで週明け。
期末テスト開始。




