32
鴨下を見舞った翌日。
自習室で会うと、麻倉が難しい顔をしていた。
これは真剣に思考しているときの麻倉だ。
「どうした麻倉。何を考えているんだ」
「セフィクラなのかクラセフィなのか、それが問題です」
「じゃお疲れさん」
俺が帰ろうとしたら、麻倉がしがみ付いてきた。
「待ってくださいよっ! いまのは可愛い冗談ですよっ!」
「なら何を考えこんでいたんだ?」
「戸山さん。わたしは将来を決めましたよ」
「理事長だけは継ぐなよ。箔日学園が滅びるから」
「理事長など興味はありません。わたしが目指すのは……」
麻倉がそこで言葉を止め、何かを訴える眼差しを向けてきた。
「なんだ?」
「戸山さん。ドラムロールお願いします」
「……本気か、お前。家庭教師にドラムロールを用意させようというのか」
「はい、本気です」
「……」
仕方ないので、動画共有サービスでドラムロールを探して流した。
ドラムロール──
からの宣言する麻倉。
「わたしは人権派の弁護士になりますっ!」
「な、なんだって? どうしていきなり弁護士なんだ?」
「昨日、鴨下パパさんの窮状を見て思ったのです。世間には、助けを必要とする弱い立場の方がたくさんいると。そんな人たちを助けるために、どうすればいいのか。わたしは一晩じっくりと考えました。FF7リメイクもやらず考えました」
いや、さっきセフィクラとか言ってたじゃん。
「その結論が、弁護士だって?」
「ただの弁護士ではありませんよ。社会的弱者に寄り添う、人権派です」
人権派だろうと、弁護士は弁護士だろうが。
麻倉彩葉が弁護士になりたい、だと?
俺は、自分が6歳のときを思い出した。
ガキのころから運動神経が悪かった俺。
なのに身の程知らずなことに、『将来はサッカー選手になりたい』とほざいた。
そんな6歳児に、我が父は言ったものだ。
『なれっこないんだから、やめておけ』と。
で、俺はやめた。
ありがたい助言だった。俺にサッカー選手の才能はなかったし。
そして麻倉の頭では、弁護士になれるわけがない。
なぜなら、弁護士になるためには司法試験に合格せねばならないからだ。
そして司法試験とは、『日本で一番難しい試験』とも呼ばれている。
だいたい、それの受験資格を得るまでがまず大きなハードルだし。
だから俺が麻倉にかけるべき言葉は、『なれっこないんだから、やめておけ』だ。
しかし──
麻倉の無駄にキラキラしている目を見ていると、俺も夢を見たくなってきた。
……麻倉のバカが感染したのか?
「……分かったよ。ならお前が目指すのは、司法試験に強い大学だな」
「はい」
「長い道のりだ。まずは次の期末テストで赤点を取らないことだ。そこから始めるぞ、麻倉」
「はい、戸山さんっ!」
「覚悟はできているな!」
「もちろんですっ!」
「よし! なら今日から放課後は、地獄の勉強会だっ! ──いや違う、地獄の中の地獄の勉強会だ!」
「……え、勉強会ですか? わたし、まだミッド〇ルズ脱出してないんですけど?」
「…………………………麻倉、お前やっぱ無理だな。なれっこないんだから、やめておけ」
「そんな戸山さん、見捨てるのが早いですよぉ! わたしを諦めないでぇぇぇぇ!」
嗚呼、前途多難。




