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水元に却下された麻倉は、どうしたか?
だだをこねた。
「どうしてですか、どうしてですか、どうしてですか! 酷いです、あんまりです、鬼です、悪魔です! 美園なんて嫌いです、嫌いです、嫌いです!」
この子供じみた悪口に対し、水元はどんな反応を示したか。
けっこうダメージ食らっていた。
「お嬢様に嫌われてしまっては、私にはもう生きていく意味がありません」
「あ、美園。嫌いは嘘です。大好きですよ、美園!」
「お嬢様!」
「美園!」
茶番が終わったところで、本題に入った。
「なぜ鴨下パパを雇用してはいけないのですか、美園?」
「端的に申しまして、反社会的勢力と関わりのある者を麻倉家に招くことはできません」
当人がいるのに、遠慮なく言うなぁ。
一応、第三者として俺は意見した。
「しかし水元。鴨下パパはもう足を洗ったという話じゃないか」
「一度でも反社会的勢力に組み込まれた方が、完全に縁を切るのは至難です。いかがでしょうか、鴨下パパさま?」
『鴨下パパ』で統一することにしたらしい。
そして鴨下パパにとっては、答えにくい質問だったようだ。
「……確かに、あなたの言う通りです。これまでも何度か、向こうから接触して来る動きはありました」
「ご理解できましたか、お嬢さま?」
麻倉は屈しなかった。
「そうやって色眼鏡で見ることが、彼らの更生の道を阻んでいるのです。それで暴力団に戻るようなことになれば、どうなりますか? いまこそ鴨下パパには、わたしたちの支援が必要なのです」
麻倉が社会問題を語っている……
『社会派の麻倉彩葉』と名付けよう。
「なんとおっしゃろうとも麻倉家の答えはNOです、お嬢さま」
「分かりましたよっ! でしたら、ここは決闘で決めましょう」
おれは麻倉を突いた。
「麻倉。決闘したら秒殺ものだぞ」
「バカですか、戸山さん。『決闘』とは言葉の綾ですよ」
いま……何が起きた?
おれは麻倉彩葉にバカにされたのか?
衝撃的すぎて、屈辱感さえ感じないんだが。
「美園とは子供のころから、意見の対立が起きてはジャンケンで決めてきたのですよ」
「……話し合いでは決めないんだな」
「ジャンケンのほうが早いです」
すると水元が、フッと笑った。
「おい、いま水元が勝ち誇ったぞ。ジャンケンする前から」
麻倉がうなだれた。
「実は──わたし、いま58連敗中なんですよ、ジャンケン」
それ、連敗記録を更新する未来しかないじゃないか。
「頭が悪いとジャンケンも弱いのかよ」
「何も言い返せないのが辛いです」
「分かった。ここは俺が代理でジャンケンしてやる。水元、構わないな?」
「ええ。私は構いません。お嬢様だろうと戸山さまだろうと、私の敵ではありませんので」
凄まじい自信だな。
しかし、俺には戦略がある。
「よく聞け、水元。俺はパーを出す」
あえて宣言することにより、運ゲーのジャンケンを頭脳戦へと昇華させたのだ。
さあ、悩め水元。
俺はお前の思考の、その先へ行くぜ!
「じゃんけんぽん!」
俺、パー。
水元、チョキ。
あ、負けた。
「負けちゃった麻倉」
「戸山さぁぁぁぁん!」
「パーを出すと宣言したのでパー以外を出すだろうと思わせて逆にパーを出す。という高度な作戦だったのに」
「戸山さん……もしかして勉強以外はおバカ」
「お前にだけは言われたくない」
鴨下が麻倉の袖を引っ張る。
「ありがと麻倉さん。けどもういいわ。うちの家のことで、麻倉さんに迷惑かけたくないもの」
「鴨下さん……」
「そうだ鴨下。お前、体調が悪いんだろ? そこでお見舞い品を持ってきたぞ」
見舞いの参考書を渡すと、鴨下は喜んだ。
「あ、この参考書。ちょうど欲しいと思っていたのよ! ありがと、俊哉!」
「な、麻倉。鴨下、嬉しそうだろ?」
「……わたしには理解できない世界です」




