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俺は懇切丁寧に、借金取りというものを教えてやった。
とたん麻倉の表情が変わる。
俺が初めて見る顔。
激怒する麻倉彩葉だ。
「悪逆非道、許すまじです! 借金返済のため、鴨下さんをエッチなお店で働かせようというのですね!」
「いや、そこまでは言ってない」
「ここは美園を召喚します!」
俺は麻倉の肩に手を置いた。
「本気か? ヤクザをボコったら、あとあと面倒だぞ。いくら理事長の娘でも」
「パパの友達に県警の偉い人がいるので大丈夫です!」
え、お前、実はスネ夫?
俺たちが騒いでいたものだから、暴力団員の男がこちらに気づいた。
恐ろしい形相で迫ってくる。
「あう、戸山さん!」
俺は麻倉を庇うようにして、前に立った。
「麻倉、俺が時間を稼ぐ! その間に逃げろ!」
「戸山さんがカッコいいですっ! 動画に撮ります!」
「いや逃げろよ!」
ついに男がすぐ目の前まで来た。
凄みのある低い声で言う。
「もしや娘のお友達ですか?」
「……はい?」
玄関ドアが開いて、鴨下が顔を出す。
「さっきから何なの? 家の前でうるさいわね……え? 俊哉と麻倉さん? それにパパも?」
鴨下のお父さんでした。
▽▽▽
「申し訳ございませんでした!」
鴨下家に上がらせてもらったところで、土下座する俺と麻倉。
人さまを暴力団員と勘違いしてしまった謝罪だ。
ところが鴨下が呆れた調子で言う。
「別に謝ることないわよ。あながち間違ってないし」
「え?」
鴨下は父親を指さして、
「元暴力団員だもの」
マジか。
「おかげで、うちは貧窮しているのよ」
まぁ暴力団員は足を洗っても、何かと大変という話だからな。
鴨下パパが、面目ないという様子で言う。
「すまんな瑞奈。実は、パパまた失業してしまって」
「え、またクビにされたの? 勤務態度が悪すぎるんじゃないの?」
恐らく勤務態度ではなく、元暴力団員というのがダメなのだろう。
ふと見ると、麻倉が号泣していた。
「うう、気の毒すぎます戸山さん」
「まあ、そうだな」
「分かりました! うちの庭師として、麻倉パパを雇用します!」
「おい麻倉。お前は親切のつもりだろうが、そういう施しは相手を傷つけるんだぞ」
ところが鴨下が、俺を押しやるようにして、
「なにバカなこと言ってるのよ、俊哉! 衣食住が保証されて、初めてプライドの問題になるのよ! 麻倉さん、うちの父親を是非とも雇って! いくらでもこき使っていいから。最低賃金でいいから」
「任せてくださいっ!」
「麻倉。せめて水元に相談してからのほうがいいぞ」
麻倉家が、はたして元暴力団員を雇用するだろうか。
少なくとも、あの國重が許すとは思えないがなぁ。
麻倉が水元に電話する。
「美園。相談があります」
それだけで通話を切ってしまった。
「鴨下パパの雇用の件を話すんだろ?」
「電話ではなんなので、直に話しますよ」
5秒後、玄関ドアが開いて水元が入ってきた。
「お邪魔いたします」
「早いなっ!」
「私はお嬢様の護衛ですので。常に駆けつけられる場所で待機しております」
ずっと近くにいたらしい。
「だが鴨下パパが現れたときは、駆けつけなかったんだな? 脅威と見なさなかったのか?」
「ええ。彼が鴨下さまのお父様であり、現在は無害であることは承知しておりましたので」
「……え、クラスメイトの家族の情報まで知っているのか」
「全員ではありませんが、鴨下さまはお嬢様のお友達。よって身辺調査をするのは常識かと」
その常識、世間の常識じゃないからな。
麻倉家の常識だから。
さっそく麻倉は鴨下パパを示して、
「美園。うちの新しい庭師ですよ」
だが水元はきっぱりと言った。
「お嬢様、それは却下いたします」
あ、揉めるぞこれは。




