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緑茶だけでなくクッキーも出された。
麻倉は美味しそうに食べる。
「クッキーは紅茶のほうがあうのですがねぇ」
とほざきながらも、美味しそうに食べる。
学園長が土下座しそうな勢いで、
「次回は紅茶を、紅茶を必ず用意させますので、何卒ご容赦を!」
「戸山さんもクッキー食べてくださいよ」
こんな状況で食べられるか。
その後、鴨下の住所を聞き出し、職員室での目的は果たした。
麻倉が先に出ていくと、学園長が俺の肩をつかんだ。
「戸山俊哉くんだね。水元くんから話は聞いている。君が麻倉さんの家庭教師ということらしいが」
「はぁ、そうですが」
「是非とも、今後の麻倉さんの赤点回避に尽力してくれたまえ。どうか頼んだ、ぞ──」
麻倉が赤点続きだと、誰かの首が飛ぶのだろうか。
学園長も大変だなぁ。
「……最善は尽くします」
学園を後にし、いざ鴨下家へ。
「さて電車に乗るわけだが──大丈夫か、麻倉?」
麻倉はキョトンとした。
「何がです?」
「電車に乗れるのか、お前?」
麻倉はムッとした。
「戸山さん! いくらわたしが赤点王だからといって、電車の乗り方くらい分かりますよ!」
赤点王の自覚はあったのか。
「いや、赤点王だからとかではなくて──お前、箱入り娘だろ。学校の送迎はリムジンだろ?」
「……普通に徒歩で通学していますけど。電車だって乗りますよ。わたしのこと、何だと思っているんですか?」
何だと思っているかと問われれば、金持ちの令嬢だが。世間知らずの。
学園の最寄り駅に到着。
すると麻倉は、ICカード乗車券を使いこなした。
「おお、やるな麻倉!」
「……」
3駅先で下車。
15分ほど歩いたところに、鴨下の家があった。
築年数がかなりの古いアパートだ。
俺はちらっと麻倉を見て、
「同じ学園の中でも、これほどの格差があるとは……日本の未来は暗いなぁ」
「はい?」
階段を上がり、2階の外廊下を歩いていく。
すると、ゴキブリが足元を通過した。
「きゃぅあぁぁああぁぁぁぁ!」
叫ぶ麻倉が手すりを乗り越え、飛び降りる。
「あ、麻倉ぁぁああぁぁぁ!」
俺はアパート前まで駆け降りた。
麻倉は駐車場のところで着地しており、額の汗をぬぐう。
「ふぅ。ビビりました」
「ビビったのはこっちだ! ゴキブリに驚いたからって、2階から飛び降りるバカがいるか! ヘタしたら骨折ものだぞ。捻挫とかしてないのか?」
「大丈夫ですよ、2階くらいは。さすがに3階以上は、厳しいですけど。そこから先は、美園の領域です」
「……」
「それより、ここには『名前を言ってはいけない害虫』が生息しているようですね」
「まぁ、いるだろうな」
麻倉が真顔で言う。
「鴨下さんの身が心配です。あんな『名前を言ってはいけない害虫』たちに囲まれて暮らしているなんて。最低の生活です」
当人に悪気はないのだろうが、いまの発言は鴨下にぶん殴られても文句は言えないレベル。
「この金持ち娘が──くらえ」
「痛っ! 戸山さん、どうしてデコピンするんですかぁ!」
「鴨下の代理だよ。お前、高校卒業したら一人暮らしして、ちょっとは苦労したほうがいいぞ」
「はぁ」
「じゃ行くぞ。もう飛び降りるなよ」
アパートの2階に上がると、先ほどはいなかった新客がいた。
ちょうど鴨下家の玄関ドア前にいる。
かなりの強面の男が。
俺はハッとした。
まさか借金取りとか?
一方、麻倉もハッとした。
「鴨下さんのお父さんですかね?」
「……たぶん違うと思うぞ」




