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「パ、パートナー?」
「そう、パートナーだ」
鴨下が耳まで真っ赤になって、もじもじし出す。
「アタシ……高校は勉学に生きると決めたから、恋人とかは考えられないの。だけど気持ちは嬉しいわ」
あれ、とんでもない誤解をしているようだ。
訂正しようとして、ふと思った。
『今のは告白ではない』と訂正→鴨下が恥をかかされたと怒る→エクストラ部門の参加も拒否→戦力失う。
訂正はやめた。
「そうか……残念だよ、鴨下。初恋だったのに」
「えっ、初恋だったの! あの、アタシ、やっぱり付き合っても──」
付き合う流れは困る。
俺は慌てて言った。
「いや、鴨下。お前の気持ちは大事にしたい。勉学に生きると決めたお前を、尊重したい」
「そ、そうなの? じゃあ、いいけれど──」
どことなく残念そうな鴨下だ。
「だが、俺の心は傷ついてしまった」
「えっ、やっぱり? そうよね、初恋で失恋だもの。あたしにできることがあったら──」
「実はあるんだ!」
「ええっ、あるの?」
「実は、来週末の数学オリンピア関東大会に出場することになってな。エクストラ部門のほうなんだが。一緒に参加してくれるペアを探しているんだ。
しかし、見つからない。今のままじゃ出場できない。ああ、ただでさえ失恋で傷心しているのに、大会にも参加できないんじゃ……俺は死ぬ」
鴨下が俺の手を握った。
「心配しないで、俊哉。アタシが一緒に出場するわ!」
フルネームから『下の名前』呼びになっているな。
「出てくれるか、鴨下」
「もちろんよ。それであなたの傷心が癒されるのなら」
「ああ、俺の失恋の痛みは癒される」
「だけど、出るからには優勝するわよ」
鴨下の負けず嫌いが、今ばかりはありがたい。
「当たり前だ」
△△△
放課後。
俺は鴨下と合流し、ひとまず自習室に移動した。
「エクストラ部門で優勝するための計画を、さっそく練るとするか」
「出題範囲は、高校3年間で習う内容なのよね。予習ならしてあるけれど」
やはり予習はしてあったか。見どころのある相方だ。
「ただ、通常の予習レベルじゃ歯が立たないぞ。エクストラ部門では、応用を究めた超難問を解いていくんだが──」
「だいたい何問解けばいいの?」
「優勝者は平均して18問らしい」
「あら、たったの18問なの?」
この18問を確実に解きながら、数学狂いの参加者たちと競わなきゃならない。
「ググってみたら、エクストラ部門の過去問を見つけた。試しに解いてみるか?」
「それがいいわね」
スマホを取り出し、過去問を表示して机に置いた。
「……分かるか、鴨下?」
「……全然」
「……だよな。どうやら俺たちは地獄を見るようだぞ。これから大会当日まで、ライフゲージを削って数学漬けだ」
「……え。なぜ、笑っているの俊哉?」
自棄の笑み。
△△△
朝から晩まで、エクストラ部門の対策に費やした。
授業中もノートを取るフリして、過去問の超難問に取りかかる。
超難問だろうとも傾向はある。
エクストラ部門は今年で15回目。一定量の過去問があるので、これは助かる。
お昼になると、麻倉が手作り弁当を届けてくれた。
「栄養を重視した献立です、戸山さん。これを食べて勉強、頑張ってくださいっ!」
「おお、悪いな。ところで麻倉が作ったのか?」
「いえ美園です」
「だと思った」
放課後は、鴨下と勉強会。
ちなみに週末は俺の家に泊まれと言ったら、なぜか顔を真っ赤にしてキレられた。
泊まり込みでの勉強会は効果的なんだが、拒否られたので仕方ない。
こうして──
毎日が数学漬けで、ちょっと頭がおかしくなってきた。
町を歩いていても、数字が浮いて見えるレベルに。
このままだと数学に殺される……
そんな中──
ようやく、大会当日が訪れた。




