02
学食で昼飯を食べる。
メニューはトンカツ定食。当然、一人でだ。
少し前まで、俺はこう考えていた。
リア充が四人も友達なんだから、他に仲のいい奴なんかいらないだろと。
だが、そこのグループから追放された以上、飯を一緒に食う奴もいない。
いまさら欲しいとも思わないが。
ぱさぱさしたトンカツを咀嚼しながら、俺は内心で舌打ちしていた。
周囲からヒソヒソ声が聞こえてくる。中には俺を指さしている生徒までいる始末。
学年一を取ったことで、悪目立ちしているらしい。
噂している暇があったら、英単語の一つでも覚えたらどうだ?
俺はとっとと飯を終えて、自習室に向かった。
ここは静かでいい。いちばん奥の机が、俺の定位置だ。
そこに座って、参考書を開く。
勉強している時だけは、気持ちも穏やかだ。
「あの、戸山さんですよね?」
どこかの女子が声をかけてきた。
空気の読めない女だ。俺は『話しかけるな』オーラを出しながら勉強しているというのに。
まぁ無視だな。
「……戸山さん?」
しつこい。
そこで俺は、会得したばかりのスキルを使った。
舌打ちを。
これをされると、まずどんな奴も去っていく。
舌打ちされてまで、コミュニケーションを取ろうとするのは、バカだけだ。
ところが、この女はそのバカらしい。
「戸山さん。わたし、どうしてもお願いしたいことがありまして」
俺はウンザリしつつも、顔を上げた。
初めて、その女を見た。
ひとことで言うなら、美少女が立っていた。
整った顔立ち、大きな瞳。肌は白く、艶やかな黒髪は腰まで伸ばしていた。
追放されて心が死ぬ前なら、ときめきでもしたかもしれない。
しかし、今はどうでもいいとしか思えない。というかウザい。
「俺に何か用か?」
「わたし、麻倉彩葉と言います」
「そうか。了解した」
俺は勉強に戻った。
自己紹介のためにイチイチ声をかけてくるな。
「えっと……あの、戸山さん? あの、私の話を聞いてください」
机を手のひらで叩きそうになったが、こらえた。
一秒でも早く麻倉を追い払うためには、話を聞くのが早そうだ。
「わかった、話を聞こう。だが手短に頼む」
「はい。あの、お時間を取らせてしまい、申し訳──」
俺は片手を突き出して、麻倉を黙らせた。
「そういうのはいらない。本当に申し訳ないと思っているなら、本題にすぐ入ってくれ」
「は、はい。申し訳──いえ、その──すいません」
麻倉は顔を真っ赤にして、涙目だ。プレッシャーに弱いタイプらしい。いや弱すぎだろ。
麻倉が話を終えるまで、俺は勉強に戻れない。
「えーと麻倉さん。まず深呼吸してみたら、どうだ? それと──プレッシャーをかけてしまったようなら、謝る。そんなつもりはなかったんだ。だから安心してくれ」
なぜ俺の勉強を邪魔する女に、気を遣わなきゃならないのか。
しかし、これも静かな勉強を再開するためだ。
麻倉はホッとした様子。
「は、はい。あの、戸山さん、お優しいんですね」
『そういうのがいらん』と言いかけて、グッとこらえた。
かわりに笑みを浮かべる。ところが、追放されて以来まともに笑っていなかったので、引き攣ったものになった。
「……戸山さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。心配するな。で、どうした麻倉さん?」
「先日の中間テストで、わたし、わたし──」
麻倉のつぶらな瞳から、涙が流れだした。
「全教科赤点だったんです!」
あー、ガチの馬鹿でしたかぁ。
納得している俺がいた。