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水元が答える。
「お嬢様は自室においでです。どうぞお会いください」
対して國重が、階段の前に移動。
それから無機質な調子で言う。
「それは看過できない。戸山俊哉くんだったかな? 今日は大人しく帰りなさい。彩葉お嬢様を混乱させるようなことは止めてもらいたいのでね」
「止められるものなら、止めてみろ」
國重の横を通り抜けようとしたが、水元が止めてきた。
「なんだ水元?」
「國重は旦那様の護衛も務めています。よってその戦闘力は、私を凌駕します」
水元を凌駕って、もう人間じゃなくない?
「ってか麻倉家、戦闘力が高めな人集めすぎじゃないか!? 戦争する気かよ」
「戸山さま、私が時間を稼ぎます。その隙に駆け上がってください」
「え、まってまって、心の準備が──」
「今です!」
俺は駆けだした。
階段を上がろうとする俺を、國重が妨げようとする。
瞬間、水元のドロップキックが國重に入った。
2人は転がりながら、人を軽く殺せそうな打撃を交わしあう。
「麻倉家、どうかしてんな!」
俺は階段を駆け上がり、麻倉の部屋に飛び込んだ。
「麻倉、俺だ!」
「え、戸山さん??」
麻倉は下着姿だった。
着替えの最中らしい。
白か。
「なに脱いでるんだ、麻倉ぁぁ!」
「ええ! 理不尽すぎます!」
「早く服を着ろ!」
「なんで、わたしが怒られてるんですかぁ」
麻倉は慌てて部屋着を着た。
「それでどうかしたんですか、戸山さん?」
「ああ。実はお前に伝えようと思ってな。ちゃんと目を見て」
「は、はい」
「麻倉彩葉、俺はお前の家庭教師になるぞ。今度は期間限定じゃない。高校卒業まで、俺がお前に勉強を教えてやる」
麻倉の目から涙が、滝のように流れだす。
それから俺に抱きついてきた。
「戸山さぁぁぁん! 今度こそ、わたしの思いが通じたのですねぇぇ! 一緒に赤ちゃん育てましょう!」
「育てねぇよ! だいたい、嬉しさのあまり錯乱している場合じゃないぞ。國重という人が帰ってきてだな」
麻倉が顔を上げた。
驚いている様子だ。國重の帰還を知らなかったらしい。
意外ではないか。
この部屋、造りがしっかりしているから、外の音がまったく聞こえないものな。
「國重さんがお帰りに? お土産なんでしょうねぇ?」
お土産の期待に心躍る麻倉。
俺は現実を教えてやることにする。
「家庭教師」
「へ?」
「國重のお土産は、どこかで見つけてきたらしい家庭教師」
「ですが、わたしの家庭教師は戸山さんですよ?」
「だから國重は、俺を認めないらしい。麻倉家からの追放を命じられた」
「そんなっ! 戸山さんじゃなきゃ、嫌です! 戸山さんの鬼畜のようなスパルタ方式じゃないと、わたしはもう満足できませんっ!」
「おい。第三者が聞いたら勘違いする発言は、やめろ」
部屋のドアが開き、國重が入ってきた。
水元と激しい戦いを繰り広げたはずだが、汗ひとつかいていない。
「み、水元は?」
「私に勝とうなど、100年早いのだよ」
マジか。何だかんだで、水元の勝利を期待していたんだが。
麻倉が前に立つ。
「國重さん! まずは、お帰りなさい」
「ただ今戻りました、彩葉お嬢様」
「國重さん。わたしの家庭教師は、戸山さんしか考えられません。もうこれは絶対です。
慣用句で言うなら、『背に腹は変えられない』です!」
違うぞ、使いかた違うぞ麻倉。
「彩葉お嬢さま。ご学友を家庭教師にされるのは、賢明ではありませんよ。戸山くん、君も困るだろう? 自分の勉強が疎かになっては?」
「ご心配なく。麻倉に教えつつ、自分の勉強時間も確保できる。それに他人に教えることが、最高の勉強法でもあるからな」
「そうです、戸山さんは凄いのです。学業では敵なしです」
それは言いすぎだけど。
まぁ、今は國重にアピールする時だからな。
國重は俺を鋭く見据える。
「凄い、と。では戸山くん、君は【日本数学オリンピア】で優勝できるのかな?」
【日本数学オリンピア】?
ああ、全国から数学の天才が集まって競い合う大会のことか。
さすがにそれは無理。
俺は数学特化タイプではないし。
「できます!」
と、麻倉が高らかに言ってしまった。
たぶん、数学オリンピアが何かも知らないぞ、こいつ。
「戸山さんなら、優勝間違いなしです!
慣用句で言うなら、『蟻の穴から堤も崩れる』です!」
違うぞ、使いかた違うぞ麻倉。




