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小テストの翌日──火曜日。
朝のホームルームの後。
廊下を歩いていると、麻倉が駆けてきた。
「おはようございます、戸山さん!」
「おはようさん。廊下を走っちゃ注意されるぞ」
「あっ、そうですよね。先生がたに注意されたことがないので、つい油断してしまいました」
そりゃあ、理事長の娘さんは注意できないわな。
「で、どうした?」
「実は今日から、放課後は補習授業が入っちゃうんです」
中間テストで全教科赤点とっているからな。補習もびっちりだろう。
「ま、頑張れ」
「はいっ。また補習が終わったら、よろしくお願いしますね!」
「……よろしくって何が?」
「え?」
「え?」
「…………………あの、戸山さんは今もわたしの家庭教師さん、ですよね?」
「……家庭教師なのは、小テストまでだろ?」
「え?」
「え?」
「……戸山さん、『俺は麻倉彩葉の家庭教師だ』と言ってくれたじゃないですか」
確かに言った。
小内を追い払いたかったので、その場の勢いで。
結局、そこから麻倉と小内の対決へと発展。
麻倉が負けては困るので、俺も家庭教師として奮闘した。
その中で、麻倉の努力スキルに感心もした。
だからといって、今後も家庭教師を続けるかといえば──話は別だ。
「悪いが、家庭教師はお終いだ」
「そ、そんな──」
涙を溢れさせながら、踵を返して駆けていく麻倉。
「わたし、戸山さんに捨てられましたぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ!」
「おい! そんな誤解を招くようなこと叫びながら走ってくな!」
どうでもいいが、麻倉は足が速かった。
あっという間に見えなくなってしまう。
俺は溜息をついた。軽く罪悪感。
「……期末テストまでは、家庭教師を続けてやれば良かったか?」
いやいや。
そうやってダラダラ関係を続けるのは、お互いのためではない。
△△△
昼休み。
学食に向かって歩いていたら、なんか絡まれた。
上級生の男が4人。どれも初めて見る顔だが、なぜか俺を知っていた。
「お前が戸山だろ。ちょっと顔貸せよ」
「断固として断ります」
断ったところ、ほとんど引きずられるようにして連行された。
「お前、礼ちゃんを泣かせたんだって? そりゃあ許せねぇな」
なるほど。裏にいるのは小内か。
よほど昨日の件が腹立たしかったらしい。
上級生にも指図できる手駒がいるとは、さすがだな。
「俺は泣かせちゃいませんよ。まぁ土下座はさせましたが」
「てめぇナメてんのか!」
突き飛ばされた先は、こういうときお決まりの校舎裏。
昼時でも人がまったくいない。
私立なんだから、校舎裏に監視カメラでも設置しておけよ。
俺は校舎の壁を背にし、上級生4人と対峙。
格闘技スキルに覚醒するなら、今がその時だ。
「おら、礼ちゃんを泣かせるからこうなんだよ!」
リーダー格の奴に、腹を殴られた。
「うっ──!」
なかなか重いパンチだ。
俺は尻餅をついた。
どうやら、格闘技スキルの覚醒はないらしい。
そのときだ、上で窓が開く音がした。
刹那。
人が降下してきて、俺の傍に着地。
「水元──! どっから降ってきた?」
「3階の廊下ですが何か?」
「足の一本は骨折する高さだぞ、普通は」
「高所からの降下および着地も、メイドの嗜みです」
どこの次元のメイドの嗜み?
唖然としていた上級生たちが、気を取り直す。
「なんだ、てめぇは? おい女、邪魔すんなら容赦しねぇぞ! 一発ぶち込んじまうぞ!」
水元の鋭い蹴りが、暴言を吐いた上級生の股間に入った。
なんかいま潰れた音がしたのは、気のせいかな?
犠牲となった上級生の顔から、表情がなくなる。
あ、これは──いわば死人の顔だ。
ひっくり返って、痙攣しだした。
そんな上級生を、冷ややかに見下ろす水元。
「何を、ぶち込むとおっしゃいましたか?」
他の上級生たちが、怒りに任せて突撃してくる。
「クソアマ、よくもやりやがったな!」「ただじゃおかねぇ!」「マジでぶっ殺す!」
あー、状況判断のできないバカどもが。
3秒後、ボコられた上級生たちが地面に転がっていた。
「戸山さま。この雑魚の方々は、何なのでしょうか?」
「小内の手駒たち」
「そうでしたか──」
と、どうでも良さそうに言ってから、俺を見やる。
「では、これより本題に移らせていただきます」
瞬間、水元の右手が俺の頸をつかんでいた。
目にも留まらぬ速さで。
「戸山さま、お嬢様を泣かせましたね?」
小内の手駒たちにボコられていたほうが、マシだったな。




