16
自分のクラスに戻ると、三時間目のチャイムが鳴った。小内はすでに自分の席にいる。
俺は足早に近づき、小内の耳元で言った。
「現国テストでも不正したら、教師に報告するからな」
小内はニヤニヤと笑って、
「戸山さ、言いがかりはやめてくれるかな?」
「相沢と今井を利用しているのは分かってるんだ。いいか、英語での不正は見逃してやる。だが、次はないぞ」
小内の顔からニヤニヤ笑いが消え、余裕がなくなる。
「……な、何の話か、わからないなぁ」
監督の教師が入ってきた。俺は水元のもとに向かい、麻倉の判断を手早く伝える。
「お嬢様がお決めになられたことに、異存はありません。ですが、小内礼が現国でも不正を働いたならば、私は容赦いたしません。水元家に代々伝わる108の拷問が、小内の柔な身体を襲うことになるでしょう」
「はは、それは面白い……冗談だよな? 冗談なんだろ?」
「おい戸山、席につけ」
と教師に注意されたので、俺は自分の席に急いだ。
△△△
次に俺が麻倉と会ったのは、放課後だった。
昼休みに会えなかったのは、月曜の放送も麻倉が担当だったため。
ちなみに五時間目には、役目を終えた水元は4組に戻っていた。
帰りのホームルームで、テストの返却。
その後、俺が教室を出ようとしたら、小内が声をかけてきた。
「戸~山。早く麻倉ちゃんの泣き顔が見たいんだけど」
たいした自信だな。現国は不正できなかったはずだが──よほど英語が高得点だったか。
「5分後、自習室で会おう」
小内と別れ4組へ行くと、水元が廊下で待っていた。
「麻倉の点数は?」
なぜか水元から殺意の眼差しを向けられる。
「お嬢様は教えて下さらないので、分かりません」
「なんで?」
「まず、家庭教師の戸山さまにお教えしたいのだとか」
義理堅いな、麻倉。
おかげで、お前のメイドから嫉妬による殺意を向けられているが。
「で、麻倉は?」
「日直の雑務を終えてから、いらっしゃいます」
などと会話している間に、麻倉が出てきた。
採点された答案用紙を差し出してくる。
「戸山さん! わたし達の愛の結晶です!」
「とりあえず、その誤解されるような言い方はやめような」
△△△
俺たちが自習室に行くと、すでに小内は来ていた。
「さ、早く決着を付けちゃおうよ。私の点数は──数学55点、英語88点、現国32点。トータルで、175点」
「へえ。だいぶ英語が高得点だな」
俺が皮肉を言うと、小内は顔をしかめた。
「証拠もないのに、不正したとか言わないでくれるかな? そんなことより、麻倉ちゃんは何点なのかなぁ?」
すっかり勝った気でいやがる。
まさか小内礼に憐みを覚える日が来ようとは。
不正までしたのになぁ。
「192点」
「……は?」
「数学41点、英語71点、現国80点。トータルで192点。これが麻倉の結果だ」
俺は証拠とばかり、麻倉の答案用紙を突きつけた。
小内は顔面蒼白になっている。
「そ、そんな……だって麻倉彩葉は全教科赤点のバカなのに……」
「言っただろ、麻倉の潜在能力はSSSランクだと」
実際は、麻倉の潜在能力はいいとこEランク。
だが麻倉には素晴らしいスキルがあった。
≪努力≫というスキルが。
「お前の負けだ、小内礼」
「信じられない……私が、麻倉彩葉なんかに負けるなんて……」
小内はふらつく足取りで、自習室のドアへ歩き出す。
「待てよ、小内。負けたら麻倉に土下座して謝罪する約束だろ?」
小内がハッとする。それから俺を睨みつけた。
「バっカじゃないの! 土下座なんかするわけないじゃん! 死ね!」
水元が小内の左手をつかんだ。
「な、なによ?」
握手するようにして、握る。
とたん、小内が悲鳴を上げる。
「痛っ! 痛いってぇぇ、痛いぃぃぃからぁぁぁあぁ!!!」
とんでもない握力をかけているらしい。
それこそ、小内の手を握りつぶすほどの。
麻倉が慌てて水元を止める。
「美園、やめなさい! こら、美園!」
水元は渋々といった様子で、小内の手を放した。
「小内礼。お嬢様に土下座されないのでしたら、次はお嬢様のいないとき訪問させていただきますよ」
小内は苦痛と恐怖の涙目で水元を見返した。
それから麻倉に向かって、土下座する。
身体が屈辱のあまり震えている。
「も、申し訳、ご、ございません」
水元が冷ややかに言う。
「『どなた』に対して、『何を』申し訳なくお思いですか? 明確にして頂かないと納得できませんが?」
「……麻倉彩葉、さん。バカにして……も、申し訳ございませんでした」
「お嬢様、いかがいたしますか?」
麻倉はオロオロする。
「え? あ、あの、もう頭を上げてください小内さん。もういいですから」
残念だ。
麻倉がドSなら、もっと小内をいたぶれたのに。
小内は許されたとたん、走って逃げだした。
これに懲りたらいいんだがなぁ。
俺は改めて、麻倉の答案用紙を見た。
「数学。よくテスト時間が限られていたのに、41点も取れたな?」
「家庭教師が良かったからですよ」
「よし、祝勝会だ。好きなものを奢ってやるよ。なにがいい?」
麻倉はニコッとした。
「でしたら、勝利のクレープを」
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