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「水元。本当に、小内に怪しい動きはなかったんだな?」
「ええ」
水元の席は一番後ろ。前に3人の生徒を挟んで、小内礼の席がある。
「小内がカンニングペーパーを取り出しても、後ろの席の水元からじゃ気づかないんじゃないか?」
「いいえ。カンニングペーパーを取り出す、または使用する。そのような異変な動きがあれば、肩の動きから推測できますので」
「……え、マジで?」
「メイドとして当然のことです」
ロシアあたりの格闘技を学んでいるメイドは、違うなぁ。
「だとすると、あり得そうなのは名前の入れ替えしかないんだよなぁ……」
「名前の入れ替えですか?」
「ああ。小内と共犯者が、お互いの名前を入れ替えて解答用紙に書くんだ」
「それですと共犯者の方は、小内礼の低い点数をかぶることになります。なぜ自らを犠牲にするのでしょう?」
「……カースト的な自己犠牲、ってやつかな」
「理解に苦しみますね。ですが、『名前の入れ替え』ならば私も気づきようがありません。しかし、採点する教師には気づかれるのでは?」
「共犯者が女子で、小内と筆跡が似ていれば気づかれないだろ」
なぜか水元が驚愕した。
「まさか、採点者は筆跡鑑定スキルを会得していないのですか?」
「会得しているわけないだろ。……え、水元は会得しているのか?」
「メイドとして当然の嗜みかと」
どこの次元のメイドの嗜みだよ。
「では戸山さま。『名前の入れ替え』こそが、小内の行った不正なのですね?」
「いや、そう単純じゃない。筆跡はごまかせても、列はごまかせないからな」
テスト時間が終わると、解答用紙は一番後ろの席から前へと送られていく。
後ろから解答用紙を受け取った生徒は、自分の解答用紙をその束の上に置く。
最後に一番前の生徒が、その列の解答用紙の束を教師に渡すわけだ。
筆跡が似ていても、正しい列の束に『小内礼』の解答用紙がなければ、さすがにバレてしまう。
「でしたら、今井葵こそが共犯者ではありませんか?」
今井葵は、小内の後ろの席の女子だ。
今井ならば、小内と筆跡が似ているかもしれない。
何より、今井だけが列の束問題を解決できる。
前の席の小内が『今井葵』と書いた解答用紙と、『小内礼』と書かれた解答用紙を入れ替えれば済むので。
「しかし、今井だと致命的な問題がある。俺はクラスメイトの成績を把握しているが──」
「戸山さま。それは地味に気持ち悪いかと」
「……うるさいな。とにかく、今井はおバカだ。小内とどっこい。名前を入れ替えても、点数が上がるどころか下がるかも」
「では、相沢卓一という方の成績はどうでしょうか?」
「相沢? アイツは頭がいいよ。もちろん、この俺には及ばないが」
「戸山さま。いちいちマウントを取らないでください、共にいる私が恥ずかしいので」
「……悪かったね。で、相沢がどうした?」
「相沢卓一も不正の協力者ということです」
「だが男の相沢じゃ、小内と筆跡が違いすぎるだろ。何より、小内とは列が違う」
相沢は小内の右隣の席だからな。
「ええ。ですから、カンニングが行われたのです」
「小内はカンニングしていなかったんだろ?」
「私が指摘しましたのは、今井葵が相沢卓一をカンニングしていた、ということです」
「本当か?」
「はい。今井は小内の後ろの席ですので、嫌でも目に入りましたよ。懸命にカンニングしているのが。私の狙いは小内だけでしたので、教師に告げるようなことは致しませんでしたが……失敗でしたね」
なるほど。
今井の右斜め前が、相沢の席だ。よってカンニングは可能。
となると、全容はこうなる。
まず相沢が早めにテストを終え、机の端に解答用紙をずらす。
今井が、その解答用紙を見てカンニング。
さらにカンニングした解答用紙の名前欄に、『小内礼』と書く。
小内はテキトーにテストをやり、最後に名前欄に『今井葵』と書くだけ。
小内のことだ。
今井には、『小内礼』と名前を書くのはカンニングが無事に終わってから、と指示してあるんだろう。
これなら仮に今井のカンニングがバレても、罰を受けるのは今井だけだ。
「やりましたね、戸山さま。これで小内礼の不正を暴けます。小内は0点となり、お嬢様の勝利は確実なものに──戸山さま?」
まだ休み時間は、5分残っている。
俺は駆け出し、4組まで向かった。麻倉を呼んでもらう。
「どうしたんです、戸山さん?」
俺は、小内の不正について話した。
「麻倉。お前の望みは?」
麻倉は即答した。
「次の現国のテストでは、小内さんが不正できないようにしてください。それだけでいいです」
「英語のテストでの不正を暴かなくていいのか?」
「はいっ」
「理由を聞いていいか?」
「不正を暴いてしまったら、相沢さんと今井さんも罰を受けることになります。それは何だか気の毒です。きっとお二人は、進んで小内さんに協力したんじゃないと思うんです」
たしかに小内に命令されたら、逆らうのは難しい。
だとしても、不正に関与してしまったのは事実。罪は償うべきだ。
それなのに麻倉は、見逃してやれという。
甘いなぁ、麻倉は。
実に甘い。
だが──
「わかってるのか? 不正を暴かなかったら、小内は英語で高得点を持ってくるんだぞ。それで勝てるのか、麻倉?」
麻倉はうなずいた。
「戸山さん、わたしは勝ちますよっ!」
だが──それでこそ、俺の教え子だ。
「分かったよ、麻倉。なら絶対に小内に勝って、あいつを土下座させろよ。そうしないと正義は果たされないぞ」
「はいっ!」




