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全解答を終えたところで、まだ20分の余裕があった。
小テストは簡単だったが、さっきから目が痒い。アレルギーだな、これ。
目薬をもらいに行くため、保健室に行く許可を得た。
教室を出るとき、チラッと水元を見やる。
水元の臨時の席は、一番後ろだが──
テスト用紙ではなく、前方へと鋭い視線を向けている。
その視線の先にいるのは、小内だ。
『お嬢様が望まれるフェアな戦いを見届ける』とは言っていたが……
テスト中ずっと監視しているつもりなのか。
いいメイドだな。
一階に降りて、保健室に入る。
麻倉が笑顔で迎えてくれた。
「あ、戸山さん。どうかしたんですか?」
「おお、麻倉か。ちょっとアレルギーが出たんで目薬を──って、なんでいるんだ麻倉!」
「実はわたし、保健委員なんですよ」
麻倉の説明によると──
4組で急病の生徒が出たため、麻倉が保健室まで付き添うことに。
ところが養護教諭が急用で不在のため、麻倉が病人の看病をしていたらしい。
「まてよ。お前、いつから保健室にいるんだ?」
「えーと。テストが始まって5分くらいで、付き添うことになったので」
「じゃあ、ほとんどテストを受けてないじゃないか。小テストは内申には響かないから、再試験はないんだぞ」
「戸山さん、ごめんなさい。ですが、病人は放っておけません」
俺は溜息をついた。
麻倉らしいといえば、麻倉らしい。
自分より他人を優先できるのが、麻倉の美徳だ。
小内や山白たちが持ってないものだな。
「行け、麻倉」
「はい?」
「病人は俺が看ているから、お前は教室に戻ってテストを受けろ。まだ少しは解答欄を埋められるはずだ」
「ですが、戸山さんって保健委員ですか?」
「……ここだけの話、保健委員だ」
本当はどこの委員にも属してないが。
「分かりました。では戸山さん、後はお願いします。では!」
麻倉を見送ってから、俺はベッドを見やった。
カーテンが引かれている。
麻倉が付き添っていた病人が、そこで寝ているはずだ。
麻倉から託されたわけだし、放置はできないな。
「えーと。大丈夫ですか?」
声をかけるも応答なし。
「あの、カーテン開けますよ?」
少しカーテンを動かして、ベッドを見た。
鴨下瑞奈が寝ていた。
「……病人ってお前だったのか、鴨下」
△△△
その後、ようやく養護教諭が戻ってきたので、俺はクラスに戻った。
ちょうど一時間目が終わり、休み時間に入ったところだ。
一時間目、麻倉はほとんどテストを受けられなかっただろう。
つまり数学の点数は壊滅的だ。
ここからの挽回を信じるしかない。
水元は難しい顔で、席に座っていた。
「水元。さっきは、ずっと小内を監視していたのか? テストはどうしたんだ?」
「小テストは白紙で提出いたしました」
「……やっぱり」
「私の小テストなど問題ではありません。小内礼が不正を行わないかどうか。それを監視するのが、私の役目です」
「だから、このクラスに移ってきたわけだな。麻倉は、お前の目的を知っているのか?」
「いいえ。お嬢様は心がお優しいので、小内礼が不正をするなど疑いもしないでしょうから」
小内がカンニングをする可能性か。
ありえないことではない。
というより、カンニングするつもりならば納得だ。
小内がやたらと自信満々だった説明がつく。
「で。数学のテスト中に、怪しい動きはあったのか?」
「いいえ」
「だろうな。数学は唯一、小内が得意とする科目だ。カンニングのリスクを考えれば、得意の数学ではやらないだろう。やるとしたら、二時間目の英語と三時間目の現国だな。とくに現国は大の苦手だ」
俺の席は、小内の席より前。
だから小内を見張れるとしたら、水元だけだ。
「万が一、小内がカンニングらしき行為をしたら?」
「その場で、突き出します」
「分かった。じゃ、頼む」
二時間目──英語の小テスト開始。
小内のことが気になって、なかなか集中できなかったが──
二時間目が終わり、休み時間。
俺は水元のもとまで行った。
「どうだった? 小内は、カンニングを臭わせることをしたか?」
水元は無感情で答えた。
「いえ、それらしき動きは何も」
さすがの小内も、カンニングはしなかったか。
その時だ。
廊下に出ようとしていた小内と、偶然にも目があった。
すると小内が、ウインクしてきやがった。
人を馬鹿にしたようなウインクだ。
直感的に分かった。
「やってるぞ」
「はい?」
「小内はカンニングをやっていやがる。たぶん英語のテストからだ。次の現国でもやる気だ」
「ですが、疑わしい動きはありませんでしたが?」
「簡単にはバレない手を使っているんだろ。あいつ、ずる賢いからな」
お互いフェアに戦い、それで麻倉が負けたなら仕方ない。
だが卑怯な手を使った小内に、努力した麻倉が負けることだけは許せん。
「小内の尻尾をつかんでやる」




