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さて、勝負の月曜日だ。
登校した俺は、麻倉のクラスを廊下からのぞいた。
麻倉はすでに来ており、自分の席で勉強している。よしよし感心だ。
鴨下に見つかって絡まれる前に、俺は自分のクラスに向かった。
教室に入ろうとしたら、朝から反吐が出る連中と遭遇。
小内、山白、有本だ。四人のうち三人までそろってやがる。
山白が舌打ちする。
「朝からウゼぇ奴の顔を見ちまったな」
それは俺のセリフだ。
「行くぞ」
山白が歩き出すと、有本が飼い犬みたいに付いていった。
そういや、有本は山白が好きなんだっけ。
……うわ。どうでもいいことを思い出してしまった。
残った小内は、俺に笑いかけてきた。
よく分からんが、すでに勝利の余裕が感じられる。
まさか、こいつも週末に勉強漬けを?
だとしたら少し感心するが──小内が必死に勉強しているイメージが、湧かない。
「戸~山。今日の勝負、楽しみだねぇ?」
「知るか」
「敬語ね」
「は?」
「私が勝って──まぁ勝つんだけど──戸山が私の家庭教師になったらさ。あんた、私には敬語で接しなよ。奴隷の身分をわきまえてさ」
親の顔が見てみたいな。
どうしたら、こんな恥知らずに育つんだか。
「……いいだろう。だが、俺がお前に敬語を話すことはないだろうがな。麻倉が勝つんだから」
「ふうん。たいした自信だね。けどさ、麻倉彩葉のバカさは有名だからね。全教科赤点とか、どうやったら取れるの? 正真正銘のバカでしょ」
俺の教え子になんてこと言いやがる。
「楽しみだよ。小内、お前が麻倉に土下座し、『バカにして申し訳ございません』と謝罪するのが」
「ふんっ。偉そうなこと言うようになったよね、戸山。ちょっと前までは、私たちの腰巾着だったくせにさ」
「なんだと……」
腹が立つ。しかし、否定できん。
当時はそんなこと思わなかったが、いま振り返るとそうだ。
俺は、コイツらの腰巾着だった。
過去に戻れたら、そのころの俺をぶん殴ってやりたい。
担任が来たので、俺は自分の席に向かった。
小テストは午前中に行われ、帰りのホームルームで生徒に返却される。
つまり、放課後には勝負が決着しているわけだ。
そんなことを考えていると、担任が何やら言っている。
「諸事情により、今日一日だけ4組の生徒を預かることになった」
4組って、麻倉のいるクラスか。まぁ、どうでもいいが。
朝のホールルームが終わり、一時間目まで5分の休憩。
麻倉には、この5分間はへたに勉強せず、頭を空っぽにしていろと指示してある。
「お嬢様のことをお考えですか?」
「まあな──あ?」
見ると、机のそばに水元が立っていた。
「水元! ……制服姿だから、すぐに気づかなかった。もしかして4組から来た生徒って、水元なのか?」
「ええ。学年主任に頼み、一日だけクラス移動を許可していただきました」
さすが、理事長の娘付きメイドだけのことはある。
当たり前のように、権力行使していやがる。
「だが、何のために移動してきたんだ?」
「お嬢様の対戦相手は、このクラスにいるという話でしたので」
水元の鋭い視線が、小内に向けられる。小内は友達と談笑していて、こちらに気づいていない。
「おい。麻倉は正々堂々と勝負するつもりなんだ。お前、小内の妨害なんかするなよ」
水元が軽蔑の眼差しを向けてきた。
俺、このメイド嫌い。
「妨害など致しません。私はお嬢様ファースト。お嬢様が望まれるフェアな戦いを見届けるために、このクラスに参ったまで。それだけです」
「……そうか。ならいいんだが」
水元の鋭い視線が再度、小内に向けられる。
「気に入りませんね、小内という方は。性格の悪さが滲み出ておいでだ」
「……そうだな」
あれ。このメイド、割と好きかも。
一時間目が始まり、さっそくテスト用紙が配られる。
初っ端から、麻倉が最も不得意とする数学だ。
すべての問題をざっと見て、俺は確信した。
そして内心で呟く。
麻倉。
落ち着いてやれば、いまのお前なら60点は取れるはずだ。
頑張れよ。




