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「悪いが、水元さん。メイドだからといって、口出しはしないでもらおう。麻倉彩葉の家庭教師は、この俺だからな」
水元の視線が鋭くなった。
「スパルタが過ぎます。お嬢様は繊細な方なのです。褒めて伸ばしてさしあげなければ」
「そうやって甘やかしてきたから、全教科赤点を取ってしまうようなおバカになったんだ」
「全教科赤点を取ってしまわれるお嬢さまが、また可愛いのではありませんか!」
このメイド、なんかズレたこと言い出したな。
「……とにかく、スパルタを変えるつもりはないからな。俺を止められるものなら、止めてみろ」
「実力行使をお望みですか?」
「これ以上、あんたと遊んでいる暇は──
うがっ! ぼがっ! うげっ! あがっ!」
水元から、まさかの四連続パンチを食らう。
秒殺された俺は、倒れた。
「い、痛い……」
水元が見下ろしてくる。
「私も、必要以上に口出しはしたくありません。ですからどうか、お嬢様は褒めて伸ばしてくださいますように」
「……」
──嫌だ、俺は間違ってない!
と心の中で声を大にしておいた。
這って部屋に戻る。
「あれ、どうかしましたか戸山さん?」
「……別に。ところで、お前のメイドさんって、なんか格闘術の心得でもあるの?」
「美園はわたしの護衛役でもあるので、ロシアだかどこかの格闘技をマスターしていますよ」
「……へえ」
「さ、戸山さん。さっきの問題を解きましたよ。採点、お願いします」
「よ、よし……。この問題が不正解だったら、おにぎりの具はなしという約束だったな」
「はいっ。おにぎりの具のため、頑張りましたよ!」
廊下から水元の鋭い視線を感じる。
麻倉のおにぎりから具を抜いたら、俺はガチで殺されかねない。
かといって不正解なのに具を抜かなかったら、麻倉に対して示しがつかない。
家庭教師としての示しが。
頼む。
正解であってくれ。
なぜなら俺のスパルタは間違っていない。間違っていないはずだけど、まだ死にたくないから。
正解で──
採点。
俺は赤ペンで大きく〇を書いた。
「正解だぞ、麻倉ぁ! でかした!」
「戸山さん! わたし、やりましたっ!」
「おにぎりの具を守り抜いたんだぞ!」
「はいっ! わたし、守り抜きましたっ!」
こうして謎のテンションのまま、土曜日は終わった。
△△△
──日曜日。
洗顔してから、麻倉の部屋をノックする。応答なし。
水元が通りかかったので、俺は尋ねた。
「麻倉は?」
「お嬢様はお逃げになりました」
「麻倉ぁぁぁぁ!」
10分後。
麻倉を捕縛し、連れ戻す。
「なんで朝になると逃げるんだ。舐めてるのか」
麻倉が泣きべそをかく。
「だって今日も一日、勉強漬けじゃないですかぁ。わたしは自由を求めます」
「全教科赤点とった奴に、自由があると思うな。さあ、今日は追い込みだぞ。死ぬ気で勉強しろ」
とたん、俺は殺気を感じた。
見ると、水元が殺意の眼差しを向けてきている。
「……まぁ、死ぬ気では言いすぎたな。適度な休息は大切だ。それに麻倉、お前はよくやっているぞ。うん。お前の学習速度はたいしたものだ」
とたん麻倉がドヤ顔した。
「潜在能力は、SSSランクですからね!」
褒めたら調子に乗るタイプだろ、こいつ。
それからも俺は、水元の監視を潜り抜けてはスパルタを決行した。
これも麻倉のため、愛のスパルタだ。
ただ褒めることも忘れないでおこう。水元の顔色をうかがったわけではない。
単純に、麻倉は麻倉なりに頑張っているからだ。
──その日の夕刻。
「よし、やれることはやった。これにて勉強会を終了とする」
麻倉がベッドに倒れ込んだ。
「や、やっと終わりました。地獄の勉強会……生き延びましたよぉ」
俺は帰り支度を始めた。
「戸山さん、今夜は泊まっていかないんですか?」
「ああ。お前の家から登校したのがバレたら、変な噂を立てられかねないからな」
麻倉はベッドの上で正座した。
「勉強会、ありがとうございました」
「まぁ、お前はよくやったよ。何度か逃げやがったが」
「だって戸山さん、鬼でしたから」
「誰が鬼だ」
「けどわたし、やっぱり戸山さんにはもっと家庭教師でいてほしいです。そのためにも明日の小テストで、小内さんに勝利しますっ!」
「ああ、頑張れ。今のお前なら、小内には勝てるさ」
△△△△
そのころ──
小内礼は、自宅にいた。
スマホに届いたメッセージを見て、ほくそ笑む。
相沢卓一という、男子生徒からのメッセージだ。
『明日の件、了解です』とある。
教室で相沢の席は、小内の隣だ。
また相沢の学力は、それなりに優秀。学年順位では、50位前後の成績だ。
そして小テストは、中間/期末テストに比べて教師の監視が緩い。
よって打ち合わせしておけば、あることが可能となる。
そうカンニングが。
「バカだよね、戸山。私が真面目に勝負するわけないじゃん」




