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「シャンプーの匂いか」
「はい?」
麻倉がキョトンとした顔で見てくる。
「お前のシャンプーの匂いがくすぐったい」
麻倉は椅子に座り、俺は立ったまま後ろから机を見る格好。
これだと麻倉の頭が近く、シャンプーの匂いが凄くするわけだ。
「……あの、わたしにどうしろと?」
「別に。文句言ってみただけ。いいか、まずはこの数学のテストを受けてもらう。お前のシャワーを待っている間に、俺が作成しておいたものだ。名付けて、『麻倉彩葉のバカさ加減が分かる』テストだ」
「戸山さん。もう少し優しさのあるテスト名が欲しかったです」
「このテストを受けることで、麻倉がどの段階で数学を理解できなくなったかが分かる。数学はとくに、積み重ねの教科だからな。分からなくなったところに遡って、学んでいく必要がある」
「頑張ります!」
麻倉は頑張ったが、結果は悲惨だった。
「これは……想定以上の酷さだ」
「そ、そんなっ……」
そして、ここから真の意味での勉強会が始まったのだ。
スパルタでしごいていく。
麻倉は5分に一度泣き言を言ったが、俺は無視。
もちろん俺も、鬼じゃない。心は痛む。
できることなら小内たちに教えていた時のように、もっと麻倉の負担が軽い方法で教えてやりたい。
だが時間が致命的にないのだ。
小内に勝つためには、スパルタでいくしかない。
「戸山さん……あの、少し休ませてください」
「ダメだ。あと3問は解け」
麻倉が貧乏ゆすりしだす。
「集中しろ、麻倉」
「……お、おしっこがしたいんです!」
「それを早く言え!」
麻倉をトイレに送り出してから5分。
遅い。小ではなく大のほうだったのか?
麻倉の様子をうかがおうと廊下に出たら、メイドの水元とばったり会った。
「麻倉は?」
「お嬢様は、お逃げになりました」
「お逃げに……つまり、勉強会からの逃走?」
「はい」
「麻倉ぁぁぁぁ!」
10分後、捕縛した麻倉を連れ戻し、机に押しやる。
「勉強から逃げられると思うな」
「鬼です、悪魔です~」
そんなこんなで1日目、終了。
俺は来客者用の寝室をあてがわれた。
にしても来客者用の寝室があるとは、これがセレブか。
明日の麻倉の勉強計画を立ててから寝ることにする。
いまごろ麻倉は爆睡していることだろう(最後らへんは、半分寝てたし)。
△△△△
──土曜日
朝。洗顔してから麻倉の部屋をノックするも反応なし。
水元が通りかかったので、尋ねた。
「麻倉は?」
「お嬢様は、お逃げになりました」
「麻倉ぁぁぁぁ!」
朝っぱらから逃げるとか、根性を叩き直す必要がありそうだ。
パジャマ姿の麻倉を捕縛し、連れ戻す。
「勉強しろ、勉強!」
ひたすら勉強し──あっという間に時間は過ぎていく。
気づけば、もう陽が暮れようとしていた。
麻倉は憔悴しきった様子で、
「戸山さん、わたしはもう耐えられません。こんなに勉強したら、頭が破裂します」
「大丈夫だ、麻倉。頭は、破裂しない」
「……いえ、わたしは比喩で言ったわけで、それだけ辛いと伝えたかったわけで──」
ドアにノックがあり、水元が入室してきた。
「お嬢様。夕食の献立ですが──」
さすがに専属シェフは雇っていないらしく、食事はメイドの水元が用意していた。
昨夜は俺も、豪華な夕食をご馳走になったが──もうそんな余裕はない。
麻倉が答える前に、俺が言う。
「おにぎりだ、おにぎり。勉強しながら食べられる」
「うう、戸山さんの鬼~、悪魔~」
「今の気持ちを英語で言ってみろ」
「えーと……That pisses me off (ムカつく)!」
「いいぞ」
ふと見ると、水元が俺を睨んでいた。
「戸山さま。少々、ご相談があります。よろしいですか?」
どうやら、麻倉の前で話したくないことのようだ。
「え? ああ──じゃ、麻倉。そこの問題を解いておけ。間違えたら、おにぎりの具がなくなると思え」
「具がなくなったら、ただの丸まった白米ですよぉ」
「嫌なら間違えるな」
廊下に出る。
「で、水元さん、相談というのは何──」
水元が氷の声で言う。
「これ以上、お嬢さまを虐めるようでしたら、私にも考えがありますよ」
……え。
俺、勉強教えていただけなのに?




