10
問題集から、俺が指定したところを解いてもらう。
そして30分後。
100点満点のところ、
由香は72点。
麻倉は54点。
「……麻倉」
由香がどう慰めればいいのか、という顔で麻倉を見ている。
一方、麻倉はがっくりとうな垂れていた。
「麻倉……ガチで中二に負けるとは。本当に裏口入学じゃなかったのか?」
「不正なんてしてませんから、信じてくださぁぁい!」
涙でぐっしょり顔で、麻倉がしがみ付いてきた。
「わかった、わかった。ヤマが当たってしまったんだよな──ある意味、不幸なことに」
由香が麻倉を見ながらつぶやいた。
「可哀そうな人っているんだなぁ」
間違ってないけど、そんな言い方はやめてあげなさい。
間違ってないけど。
「由香、俺は麻倉家に泊まり込みで勉強してくるから。母さんたちに伝言、頼む」
うちの両親は大らかなので、反対はしないだろう。
荷物を持って、まだ嘆いている麻倉と家を出る。
麻倉家に向かいながら、俺はある選択肢について考えていた。
「麻倉。小テストだが、数学を捨てるという手もある。たとえば小内が3教科合計で140点だったとしよう。対して麻倉は、2教科で150点を目指す」
小内の学力が低く、かつ小テストの範囲が狭いからこそ取れる策だ。
しかし麻倉は首を横に振った。
「いえ。そんな形で勝っても、嬉しくないです。それに、この先にある期末テストを思えば、今のうちに苦手な数学も勉強するべきです。戸山さん、お願いします!」
「そうか……その心意気はいいが、賭けのこと忘れてないか? 麻倉が負けたら、俺はもう家庭教師できないからな」
「うう、そうでした……ですが、わたしはちゃんと勝ちます! SSSランクの底力を見せるときです!」
Fランクの底力って、どんなものだろうなぁ。
麻倉家に到着。
さっそくメイドが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
思っていたより若いメイドさんだ。
というか、麻倉と同級生で通りそうな年頃だ。
あまり装飾のないメイド服が、スレンダーな肢体を包んでいる。
「紹介しますね、戸山さん。水元美園です。わたしのお友達であり、優秀なメイドさんでもあるのです」
「水元さんね。もしかして、高一?」
「はい」
「なら水元さんに勉強を教わればいいのに。お前のメイドなんだし」
すると麻倉は、ぷぷっと笑って、
「美園は、わたしよりおバカですよ」
「……ま、まさか」
俺は水元を見た。
水元も俺を見返したが、無表情のままだ。
「あ、さては住み込みのメイドだから、学校に行かせてもらってないとか?」
「失礼ですね。美園も箔日学園の生徒ですし、学費はパパが出してますよ」
「そうなのか。……じゃあ、水元さんの前回の中間テストの結果は? 赤点は何教科取ったんだ?」
「どうでしたっけ、美園?」
「はい、お嬢様。お恥ずかしいことですが、物理と化学で赤点を取ってしまいました」
麻倉が「ね?」という顔をしてきた。
え、全教科赤点の分際で、なに腹立つ顔してきてるの?
その後、俺は麻倉の自室に案内された。
いま思ったが、女子の部屋に入るのは初めてだ。
なるほど、これが女子の部屋か。
意味なく甘い匂いがするのは、なぜなのか。
麻倉がもじもじし出した。
「あの、わたし、男の子を部屋に招くの初めてです。なんだか恥ずかしいですね」
「恥ずかしがっている暇があったら勉強しろ」
「ええっ!」
勉強机を指さして、
「一秒も惜しまず勉強だ。座れ、教科書を開け」
「は、はい!」
麻倉が席につく。
で、俺の立ち位置って、どこ?
とりあえず、麻倉の後ろに立った。これだと机がよく見えない。
そこで軽く屈むと、やたらと麻倉に密着することに気づいた。
「あの、戸山さん」
「まずは数学からいくか」
「戸山さん」
「なんだ?」
「今日、六時間目、体育だったんですけど……」
「で?」
「……あのー、汗くさいと恥ずかしいんで、先にシャワー浴びてきてもいいですか?」
「……シャワー浴びてきたら、ちゃんと勉強するんだな?」
「もちろんです!」
「なら行ってよし」
「はいっ」
△△△
ひとり女子の部屋で待たされること、数十分。
ようやく麻倉が帰ってきた。やたらと子供っぽいパジャマ姿で。
「戸山さん、わたしはやる気に満ちていますよ!」
「……本当に?」
「本当です」
「ちゃんと勉強する?」
「します」
「……やっとか」




