ばいばい、髪の毛。
「ジャン、起きるんだ」
私の声に眉をひそめて、ジャンは目を覚ました。
「あぁ、もう来たんだ」
「……急いで損をした」
「それで? 今日は何するんだっけ。ラングアニス中央地に関する情報収集? それとも、剣技の鍛錬?」
「いや、今日はボビーお兄様の見送りに関してだ」
「あー、そういえば明日だったっけ。出発するの」
「そうだ。今日の夕方には、エドワードたちがボビーお兄様を迎えに来るから、出来ればそれまでに渡したいんだ」
「ふーん、兄上たちもずいぶんと仲が良いよねぇ」
「そうだな。それで、だ。私の髪を切ってほしいんだ」
ハサミを手渡しながら、ジャンにそう言うと、彼は瞳をまんまるくして分かりやすく驚いていた。
「え?!」
戸惑う彼を無視して、私は椅子に座って背中を向けた。
「顎くらいの長さになるまで切って欲しい。それも、出来るだけ一度で」
「……本当に?」
「私が冗談を言うとでも?」
「……いや、そうは思わないけど。でも、折角綺麗で長い髪なのに」
「ならば良かった。今日に向けて、何年も髪の毛を伸ばすのは、大変だったからな」
「今日のため?」
「そうだ」
「ちなみに、切った髪の毛はどうするの?」
「編み込んで、手首につけるお守りにする」
いわゆる、ミサンガだ。
ということは、言っても伝わらないので黙っておく。
「……兄上にも?」
「まさか。ボビーお兄様だけに、だ。エドワードも他人の髪の毛で編まれたお守りなど欲しくはないだろう」
「そうかな? ……まぁいいや。じゃあ、本当に切っちゃうよ?」
「構わない。ところで、ジャン」
「何? 今、集中してるんだから、少し静かにして」
「ジャンはさ、こういう風に、私の奇行に関してあまり色々と言ってこないだろう?」
「え? うん、まあね。というか、もう慣れちゃったし」
「そういうところが、好きだな」