帰り道。
帰りの馬車で、ボビーお兄様はいつにもなく興奮していたようであった。
「セシリア、君がジャン王子を追いかけて行ったあと、ぼくは他のみんなと仲良くなったんだよ。今度、領地にも遊びに来てくれるのだって」
「それは、良かったですね」
「十三歳から通うという学園のことについても、キース王子から教えていただけたんだ」
「キース王子は、まだ十歳ではありませんでしたか?」
「うん、そうなんだけど。通う前から学園のことについて情報を集めているんだって。さすが、第一王子だよね。学園は、王都にあるからほとんどの生徒が寮ぐらしになるんだって。それに、この大陸には学園が一つしかないから、ヒト族だけじゃなくてシド様たちのように他の種族の子どもたちもたくさんいるらしいんだ。ベンの話だけでは分からなかったことだよね」
さらに、ボビーお兄様は息付く間もなくしゃべり続ける。
「それにね、獣族の土地は年中暑いから、みんなで海に入ったりするんだって。で、エルフ族の土地はここより少しだけ涼しくて、真っ赤な葉っぱや黄色い葉っぱの茂る木々があるんだって。でも、反対にドワーフ族の土地はいつも雪という白い結晶が降っていて、凍てつくような寒さなのだって。毛皮を着なくてはならないくらい寒いんだよ。セシリア、想像出来る?」
想像出来ないわけがないけれど。
そう言ってしまうわけにもいかないので。
「世界には不思議な場所もあるのですね」
つまるところ、東のヒト族には春を、南の獣族には夏を、西のエルフ族には秋を、北のドワーフ族には冬を与えたというだけのことだろう。
だが、これで生まれたときからの疑問が一つ減った。
一年中、季節が春から変わらないからずっと不思議に思っていたのだ。それから、少しだけ残念にも思っていたのだ。
そして、この世界にも他の季節が存在すると知り、安心した。
海水浴をしたいのなら、南へ。
紅葉狩りをしたいのなら、西へ。
雪遊びをしたいのなら、北へ。
いずれ、それぞれの地へ旅行に行かなくちゃならないな。
まだまだしゃべり続けるボビーお兄様に、なおざりな相づちを打ちつつ、私はさらに思考を深める。
ここがBL恋愛ゲームの世界だった、もしくはそれにものすごく酷似している世界だった、ということが分かり、どうしてこんなにも世界が平和なのかということを理解した。
確かに、戦争ばかりしていたら恋愛どころではないものな。
シナリオに関しても、そんなにドロドロとした内容ではなかったのだろう。
ただ、一つだけ気になる点が。
「……でね」
「ボビーお兄様」
「うん? どうしたんだい?」
「この大陸には王都にしか学園がないという話なのですが。他の種族の子どもたちも通うというのに、どうして大陸の中央に王都を作らなかったのでしょうか」
「五歳でそんなことを考えられるなんて、セシリアは本当に自慢の妹だよ! ……えっと、確かベンが言うには、この大陸の中央には変な匂いのする場所があって危険だから、誰も近づかないんだって。あと、熱い水もあるとかで恐れられているらしいんだ」
「変な匂いに、熱い水……?」
「そうなんだ。何でも腐った卵のような匂いだとか。怖いよねぇ」
そ、それはまさか!
オンセンではないのだろうか!!
オンセンタマゴにマンジュウ、ニホンシュ片手にロテンブロ。
まさに、ユートピア!!!
……いや、焦るな。
まだ決めつけるのは早いかもしれない。
文献による根拠が必要だ。
それに、もう少し大きくなったら、ちゃんと現地調査に行く必要も出てくるだろう。
とは言え、もしも本当にこの大陸の中央に温泉地帯が眠っているのなら。
そう思い、私は期待に胸を膨らませた。
こうして、私のスローライフ計画に大きな方針が立ったのであった。