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あの一連の騒動の後、遥は「俺はあきらめないからなっ……」と言い残し、去っていった。心なしか若干涙ぐんでたようだった。
琴羽はホントは彼―遥のことを忘れてはいなかった。でもなぜか2人の前であの小さい頃の約束の話をしたくなかったのだ。
―アイツはまだ私のこと、す……好き、なのかな?
「……? こと? どうした。顔が赤いぞ」
「はっ!? ソンナコトナイヨ!?」
口では否定しても、顔に熱が集まっているのが琴羽は自分でも分かっていた。
―一体なぜ私があいつのことで一喜一憂する必要がある?こんな事、考えたくもないが……まさか私は遥のことが……。
「って、そんなわけないよねぇ! あっはははははっははー」
「……だ、大丈夫かい?」
「ついに壊れたか」
―いやいや、だってありえない。そう、絶対にありえないありえない。私は今の今まで遥のことを忘れてたんだよ。そんな、遥をすっ…………とか。(恥ずかしくて好きと言えない)
「ありえないことだっ‼」
「さっきからブツブツ呟いたり急に叫んだり……本格的に病院へ連れて行った方が……」
千秋が本当に110番しようとしたその時、優月が言った。
「病院よりも、いい場所がある」
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「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」
「やーん! 琴羽ちゃーん、わざわざ会いに来てくれたのねぇ! お母さん、嬉しいわぁ」
「ゆぅ、いい場所って……」
「あぁ、ここだ。ことのお母さんの仕事場」
琴羽のお母さんは娘に抱きついて、頬をすりすりしている。
琴羽はお母さんのことが嫌い……というわけではないが、苦手だった。理由はなんとなく察していると思われるが、母の行き過ぎた溺愛にうんざりしているのだ。
琴羽のお母さんは漫画家を職業にしていて、締め切り間際のくせに娘と遊びたがるため、別荘に監き……移動させているのだ。
「もう、琴羽ちゃんに会えない日々が続いて、お母さんは死んじゃうところだったのよぉ」
「昨日の夜まで一緒にいたけどな」
「……ところで、何があったの?」
「―!」
琴羽のお母さんは、「何かあったの」ではなく「何があったの」と聞いた。会って数分で、琴羽の変化に気が付いていたのだ。
「さっすがストーカー並のお母さんだ」
優月は尊敬を込めた眼差しで琴羽のお母さんを見つめていた。
「そこは尊敬するところではないと思うよ……」
この場において、常識人は千秋のみとなってしまった。
「琴羽ちゃん。ちょーっとこっちでお話しましょう?」
「…………あい」
もはや琴羽に拒否という選択肢は与えられていなかった。
そして、琴羽のお母さんの担当編集者さんの「締め切りがあぁぁぁぁ」という悲痛な叫びが響き渡った。
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「さぁ琴羽ちゃーん? 包み隠さずぜーんぶ話して頂戴?」
「……遥に会った」
「んで恋心を自覚してしまったと」
「……はぁっ!? 違う! 断じて!」
今まで私がオブラートに包んできた意味っ!
というか、好きなんかじゃないしっ!?
「照れなくていいのよぉ?」
「照れてなっ……って、いやぁぁぁぁぁぁ!!」
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「……ねぇ、ゆぅ? ことは大丈夫なのかい?」
「……叫び声なんか聞こえないぞ」
「そんなことより原稿ぅぅ…………」
担当編集者さんの悲痛なつぶやきは、誰にも気づかれることはなかった。




