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あの一連の騒動の後、遥は「俺はあきらめないからなっ……」と言い残し、去っていった。心なしか若干涙ぐんでたようだった。

 琴羽はホントは彼―遥のことを忘れてはいなかった。でもなぜか2人の前であの小さい頃の約束の話をしたくなかったのだ。

 ―アイツはまだ私のこと、す……好き、なのかな?


「……? こと? どうした。顔が赤いぞ」

「はっ!? ソンナコトナイヨ!?」

 

 口では否定しても、顔に熱が集まっているのが琴羽は自分でも分かっていた。

 ―一体なぜ私があいつのことで一喜一憂する必要がある?こんな事、考えたくもないが……まさか私は遥のことが……。


「って、そんなわけないよねぇ! あっはははははっははー」

「……だ、大丈夫かい?」

「ついに壊れたか」


 ―いやいや、だってありえない。そう、絶対にありえないありえない。私は今の今まで遥のことを忘れてたんだよ。そんな、遥をすっ…………とか。(恥ずかしくて好きと言えない)


「ありえないことだっ‼」

「さっきからブツブツ呟いたり急に叫んだり……本格的に病院へ連れて行った方が……」


 千秋が本当に110番しようとしたその時、優月が言った。


「病院よりも、いい場所がある」


 ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ」

「やーん! 琴羽ちゃーん、わざわざ会いに来てくれたのねぇ! お母さん、嬉しいわぁ」

「ゆぅ、いい場所って……」

「あぁ、ここだ。ことのお母さんの仕事場」


 琴羽のお母さんは娘に抱きついて、頬をすりすりしている。

 琴羽はお母さんのことが嫌い……というわけではないが、苦手だった。理由はなんとなく察していると思われるが、母の行き過ぎた溺愛(スキンシップ)にうんざりしているのだ。

 琴羽のお母さんは漫画家を職業にしていて、締め切り間際のくせに娘と遊びたがるため、別荘に監き……移動させているのだ。


「もう、琴羽ちゃんに会えない日々が続いて、お母さんは死んじゃうところだったのよぉ」

「昨日の夜まで一緒にいたけどな」

「……ところで、何があったの?」

「―!」


 琴羽のお母さんは、「何かあったの」ではなく「何があったの」と聞いた。会って数分で、琴羽の変化に気が付いていたのだ。


「さっすがストーカー並のお母さんだ」


 優月は尊敬を込めた眼差しで琴羽のお母さんを見つめていた。


「そこは尊敬するところではないと思うよ……」


 この場において、常識人は千秋のみとなってしまった。


「琴羽ちゃん。ちょーっとこっちでお話しましょう?」

「…………あい」


 もはや琴羽に拒否という選択肢は与えられていなかった。

 そして、琴羽のお母さんの担当編集者さんの「締め切りがあぁぁぁぁ」という悲痛な叫びが響き渡った。


 ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ 


「さぁ琴羽ちゃーん? 包み隠さずぜーんぶ話して頂戴?」

「……遥に会った」

「んで恋心を自覚してしまったと」

「……はぁっ!? 違う! 断じて!」


 今まで私がオブラートに包んできた意味っ!

 というか、好きなんかじゃないしっ!?


「照れなくていいのよぉ?」

「照れてなっ……って、いやぁぁぁぁぁぁ!!」


 ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ ☩ 


「……ねぇ、ゆぅ? ことは大丈夫なのかい?」

「……叫び声なんか聞こえないぞ」

「そんなことより原稿ぅぅ…………」

 担当編集者さんの悲痛なつぶやきは、誰にも気づかれることはなかった。

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