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「はぁー! 買った買ったぁ!」
アニメイトを出た琴羽達の手には、沢山の袋がぶら下がっていた。あの『かぐや姫乱舞事件』の後、3人は何食わぬ顔でアニメグッズや漫画を買いあさったのである。
……まぁ事件はあったが、結果オーライ大満足。後は帰るだけ……のはずだった。
「……ん? 琴羽……? 琴羽だよなっ⁉ 俺だよ、桐谷遥!」
「んぁ?」
琴羽達の背後から感極まった声が聞こえ、名前を呼ばれた琴羽は面倒くさそうに後ろを振り向いた。するとそこには、蓬莱学園の近くにある明知高校の制服を少し着崩している茶髪のイケメンがいた。そのイケメンは、驚いたようにこちらを見つめていた。
「えー……っと、誰?」
琴羽は、わざと知らないふりをしているわけではなく、本当に知らないようだった。
「おいおい、忘れたのか?」
イケメン改め遥は、少し悲しそうに笑うと、つかつかと歩み寄ってきた。そしてなんと、琴羽の頬に軽くキスをした。……一瞬、その場の空気が固まった。
「うわぁぁぁぁぁぁっ⁉ こと、大丈夫かっ⁉」
「警察! 誰かっ、警察を呼んでくれーっ‼」
キスをされた本人よりも、他2人が焦りまくっていた。当の本人はというと……意外と冷静だった。逆に遥の方が焦っていた。
「えっ! ちょっと待て警察⁉ 早まるな! 俺の話を聞け!」
「こと、変態の話なんか聞かなくていいぞ!」
「そうだよ! それよりも早くここから逃げようっ!」
「えー……ちょっとみんな、落ち着い」
「「落ち着けるわけないでしょっ⁉」」
優月と千秋が声を揃えて叫ぶ。
「いやー、本当ごめん。私、そいつ知ってるわ」
「「……は?」」
「良かった! 思い出したんだな。まぁそりゃそうだよな。自分の婚約者のことを忘れるわけないよな!」
「「……は⁉」」
遥は二カッと笑い、そう言った。
「はぁ……。あのねぇ、そんな昔話いつまで覚えてんの? ちなみに私はさっきまで忘れてたからね?」
琴羽は嘲笑い、そう言った。すると、遥は真面目な顔つきになり「俺は本気だから」と言った。
「今でも忘れない。あの日のことを」
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つまらなかった。
毎日毎日 “お前は我が家の跡取りだ” “外で遊ぶなんてダメよ” ……って。僕に自由は無かった。まだ小学1年生だった僕にはよく分からなかったけど、パーティーをたくさん開いて、その度連れて行かれて “御挨拶なさい” とお母様に言われて、用事が終わったら後は放置。
……僕だって外で走り回りたかった。跡取りだなんて縛られずに、大きな夢を持ちたかった。この家は、僕にとっては鳥籠みたいだった。
……あの子に出会うまでは。
「おい、どうした? つまんなそうな顔して」
その子も僕と同じだった。親に連れられてパーティーに来たらしい。
でも、厳密に言うと僕とその子は違った。その子は何にも縛られていなかった。そしてもう一つ、その子は女の子だった。僕は家族以外の、ましてや同い年の子に会ったことすら無かった。
「……君は、楽しいの?」
「もっちろん! 最近はね、“あにめ”とか“げぇむ”をやってるの!」
そう話す彼女の目は、キラキラと輝いていた。そんな彼女を見ているだけで僕まで嬉しくなった。彼女は榊原琴羽というらしい。琴羽の話はよく分からなかったけど(だぁくまたぁとかまどうしとか)僕は琴羽が話しているのを見ているのが好きになっていった。
……でも、幸せな時間は長くは続かなかった。
「え……? 引っ越し?」
ある日突然、お父様の仕事の都合でアメリカに行くことになった。この頃、僕は小学3年生になっていてある程度、話も理解できるようになっていた。でも、子供の僕にはどうすることもできずに、とんとん拍子で準備は進んでいった。
そしてあっという間に引っ越し当日。僕はずっと言おうと思っていたことを打ち明けた。
「……あのさ、琴羽ちゃん。アメリカから帰って来て僕達が大人になったら、結婚しよう!」
「……? ……うん! (けっこんってなんだ?)」
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「俺はずーっと覚えてたぜ?」
遥は爽やかに二カッと笑う。
「長ーい回想、乙」
「酷い返しだな」
琴羽に向かって優月が言う。
なーんか、面倒くさいことになってきたなぁ……。
そう思う琴羽であった。




