097 なんだかよくわからないけど凄いっぽい勇者の実力
「パパしろーい!」
俺が白いのではない。眼前の光景が白いのだ。
上層のデッキで景色を楽しんでいる。
石灰岩かな。白亜の断崖は輝く氷山のような美しさだ。一望するにはこうして湖上から眺めるに限るだろう。テレビで見た記憶だけど、確かイギリスにもこんな名所があったはず。
日除けにサイトウは日傘、レティネは夏らしい帽子を被っている。ヤマダのフードがそよ風に揺れる。
ここだけまるで優雅な遊覧船みたいだ。
(あれ?)
何か不穏な魔力を感じる。断崖の上。
尋常じゃない魔力だ。まだ距離がある。
「ヤマダ。弓の準備を」
ヤマダは理由を訊ねることもなく、収納の腕輪から愛用の強弓を取り出す。
「なんのつもりだ? 弓なんか――うっ。これは――」
サイトウも感知したようだ。俺は行く先を指差す。
「崖の上に何かいます。かなり強い魔物ですね。なんだか分かりますか?」
「分からん。知らない魔力だ。それより――総員装備を確認しろ! 崖の上を警戒! ディボーに伝えろ、魔物がくるぞ!」
サイトウが下層に向けて警告する。
前を進む勇者の船もにわかに騒がしくなった。ようやく気付いたのだろう。
おびえた馬のいななきがここまで聞こえてくる。
そうか。こっちの馬たちも落ち着かせておこう。訓練された軍馬とはいえ、狭くて不自由な船の上だと恐怖が伝染しやすいだろうし。
俺は〈魔力糸〉を広範囲に展開。軽く鎮静の魔力を送り込む。
馬たちは馴染みの魔力に安心したようだ。
「サイトウ様っ!」
シルテアが駆け上がってくる。護衛騎士のプリスラも一緒だ。
「よく来てくれた。二人は船員たちを守ってくれ。――船員諸君! あまり船縁に寄るなよ。できれば集まってもらいたい!」
持ち場を離れられない者も多いだろうけど。
断崖が続いているので船を着けられるところがない。
「停めますか?」
日焼けした船長が訊ねてくる。案外若い。緊張した顔だ。
「いや、このまま前の船について行け。船員と船は我々が守る」
答えたのはディボー隊長だ。騎士たちも続いて上がってくる。
「サイトウ先生、ありがとうございます。どんな魔物が――」
――バサバサバサバサバサバサバサバサ――
――ギャギャギャギャギャギャギャギャ――
崖の上から黒いカラスの群れが飛び立った。
いや、カラスじゃないな。魔物だ。
魔王城でもあんなのを見たはず。飛竜の死骸を喰ってたっけ。
「下にいるものに伝えろ! 右舷側に注意、五人組で展開、馬を守れ!」
動けない馬たちはただの船荷だ。魔物にとっては美味しい御馳走でしかない。
お馬さんのピンチだ。
ディボー隊長は後続の船にも手信号で指示を出している。
「ヤマダ。まだ射つな。レティネは俺から離れないでね」
「はいです」「はーい」
半端に攻撃して群れを散らすと面倒そうだ。
数百匹の魔物が三つの群れに別れた。獲物と決めた船に向かって行く。真ん中にいる俺たちの船に来る群れが一番大きい。
この船に乗っているのはほとんどが騎士だ。魔法士隊は後続の船にいる。
飛行する魔物に対する攻撃力は低い。クロスボウの装備もあるが、飛び回る小さな敵には効果が薄いだろう。
サイトウは魔法杖を掲げて詠唱を始めている。
エルフが真面目な顔で詠唱していると、なにやら神秘的な雰囲気がある。
対空魔法でも使うのかな。
「ヤマダ。群れの外側の魔物を狙え。魔法矢は使うなよ。回り込みそうなヤツに集中してくれ」
「はいです」
「射てっ!」
ヤマダが射撃を始める。俺も攻撃する。
伸ばした右手の指先からピンポン玉大の火球を高速連射する。
矢に貫かれたカラス魔物が墜ちていく。
ヤマダは必中なのに、俺の命中精度は今ひとつだ。手数は多いのに。
それでも牽制には火球のほうが効果があるようだ。魔物は火に触れまいと大きくかわしている。
俺は魔物を散らさないことに集中する。
『――アエト、シテリス。旋風陣』
突然、ごうっと風鳴りがする。
魔物の群れの真ん中に強風の渦が出現する。
サイトウの範囲攻撃魔法だ。
魔物が次々に引き込まれる。ドラム式乾燥機の中身のようにぐるぐると回りだす。
猛烈な力で体が引き延ばされ、ねじ曲げられる。悲鳴も上げられないようだ。
絶命しても渦から出られず、回り続ける。
こうした翼のある小型の魔物には効果的だ。群れのほとんどが巻き込まれている。
範囲外の魔物はヤマダと俺で始末していく。
船体に近付いたので火球から〈魔力弾〉に切り替える。
お馬さんは絶対齧らせない。
他の船では群れを散らしてしまっていた。八方を飛び回られて手こずっている。
それでも魔法使いの数は十分みたいだ。風魔法、火魔法、水魔法に光魔法。それぞれに目を惹く攻撃が放たれている。カラフルな魔法光が綺麗だ。
勇者の船でも強風の渦が現れた。
おそらくフェロズの魔法だろう。しかも渦は移動してさらに多くの魔物を呑み込んでいく。凄い制御力だ。
「どうやら、来るみたいですよ」
ようやく動き出した魔力を感知。
大きな翼を持つ魔物だ。飛竜よりは小さいが、それを超える魔力を放っている。白い崖を飛び立ち、その姿を見せる。
コウモリのような翼。
爪のある太い四本脚。
棘の生えた、節くれ立った二股の尾。
たてがみに縁取られた赤い猿の顔。
「えと。あれは、キメラですか?」
「いや、まさか。――マンティコア、だと!? なぜこんな所に?」
サイトウが驚いている。
めずらしい魔物なのかな。禍々しい感じが半端ない。見た目どおりに凶暴なのだろう。
マンティコアは水面すれすれまで一気に降下すると、滑るような飛行で勇者の船に突進する。俺たちの船には目もくれない。ニヤリとした笑みを浮かべて、黄色く鋭い牙を見せる。姿ばかりか表情まで気持ち悪い。
勇者の船の上で魔力が爆発的に高まる。
白い光が放射状に漏れる。
その中心では、白銀の甲冑姿の美丈夫が大剣を構えている。
「あれは――勇者ですか」
「ああ。神授の聖剣ローレムを使うようだね」
勇者イグナヴが何やら詠唱している。
そして聖剣を大上段から振り下ろした。
――ギイィィィン!――
耳に痛い金属的な響き。
迫り来るマンティコアに向けて、まばゆい光の帯が延びていく。
光の斬撃。カーテン状に鋭く収斂された光だ。
そのまま魔物をすり抜けてしまう光の帯。
だが、結果はすぐに明らかになる。
マンティコアの体が、縦に真っ二つに別れた。
血しぶきも上げず。あっさりと。
煤のように真っ黒な断面を見せながら、それぞれの半身が湖水に沈んでいく。
マンティコアの魔力が完全に消えている。
倒せたようだ。たった一撃で。
凄いな、神授の聖剣。
――ずずずーん!――
断崖まで到達した斬撃が、白亜の壁に裂け目を刻む。
雪の塊のように砕かれた岩が降り落ちる。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおぉ!」」」」」
勇者の船から歓声が上がる。
神聖国の騎士たちが剣を掲げて祝福している。
――だが、まだ早い。
「ヤマダ。次は魔法矢だ。威力は最大で」
「はいですっ!」
「なに! まだいるのか? ――上かっ」
もう一匹のマンティコアが上空から急降下していた。
仲間の突進を囮に使ったのだろう。
目指すは勇者の船だ。魔物にも大人気だな、勇者。
ようやく気付いたのか、大きな火球が撃ち上がる。フェロズだろう。
――ボオオッ!――
ふいに、火球が弾け散る。
マンティコアが掻き消したのか?
空飛ぶ魔物なだけあって風魔法を使うのかな。
威嚇するように大きく翼を広げる。
――ぐききききききぃひぃひひひひひふひぃ――
あざけるような声が降ってくる。気持ち悪い声だ。
同時に魔力が高まり、猿の口から紫色の光が漏れる。
何かやる気だ。ブレスか?
勇者による迎撃はない。
神授の聖剣は連続して使えないのかな。代わりに防御魔法らしい力場が現れている。
俺は全速の〈魔力弾〉を射出。
マンティコアの体の真ん中に撃ち込む。
ギョッとした猿顔が目を剥く。硬直している。
「ヤマダっ!」
『アエルよぬきはらえやがみち!』
――ズゴゴーン!――
瞬時に命中したヤマダの魔法矢が、マンティコアの頭を完全に吹き飛ばす。
そのまま空に伸びていく緑色の光の軌跡。神秘的な虹のようだ。
絶命して墜落する魔物。
勇者の船にぶつからないように突風を作って押し流す。翼が帆の代わりになって大きく横滑りする。無事水上に落ちる。
「よくやった」
「はいです!」
「はーい!」
元気な返事が可愛いけど、レティネは何もしてないよ。
俺は勇者の聖剣によって傷付けられた白亜の断崖をぼんやり眺めていた。
世界遺産級の絶景に深い裂け目が残ったが、勇者が戦いで付けた痕なら、それなりの名所になるのかもしれない。
「なにを考えている?」
「あ。いえ。なぜマンティコアは勇者の船だけ狙ったのかと。――それと、勇者たちは魔力感知が苦手なのかな、と」
「なるほど。あくまで私の推測なんだが――」
サイトウは魔法杖を腕輪に収納すると、ふたたび日傘を広げた。
「おそらく魔道具のせいだろう」
「魔道具?」
「ああ。彼らがたくさんの魔道具を身に着けているのは知ってるだろう。それぞれの魔法属性を強化するものから、魔力量を増大させるもの、またそれを隠蔽するもの。強力な魔道具を常時使っているんだ」
サイトウは俺が贈った腕輪を着けた二の腕を上げて見せる。
「魔道具同士が発する魔力でおかしな飽和状態になってるんだろう。これが魔物にとって不快なのか好ましいのか分からないが、強力な魔物ほど、この不自然な魔力に引き付けられるんじゃないかと」
それだと魔物ホイホイみたいだな。エサは勇者で。
「そのことは勇者たちも当然知ってるはずだ。おそらくワザとやってるんだろう」
強い魔物は我ら勇者一行が引き受けます、なら立派だけど。
たんにバトルジャンキーってことじゃないよね。
「そして、異質な魔力の混じり合う直中にいたら精細な魔力感知などできない。おそらく探知については斥候役の従者騎士に任せているんだろう。あらかじめ周囲に散らばらせるとか。ただこんな船の上では距離がとれないから、上手く機能しないんじゃないかな」




