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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第10章 勇者といっしょ
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095 武装集団で行く夏の湖水めぐり豪華クルーズ




 早朝の湖面は爽やかだった。

 リグラでのカニ退治のときの冷え込みがウソのようだ。


「おさかないるー!」

「美味そう、です」


 水面を跳ね上がる魚を見つけたレティネが嬉しそうだ。

 船の手すりから身を乗り出している。落ちないように腕をまわして身体を支える。

 ヤマダは料理を思い出しているのかな。


 昨夜のレセプションでも魚料理が出ていた。

 町の有力者が一堂に会していた。勇者一行はどこでも賓客らしい。

 勇者イグナヴは見事な挨拶と振る舞いで人族の代表を演じていた。アピールの機会はすべて利用する姿勢は逆に清々しいほどだ。

 俺たちも顔を出したのだが、ヤマダはずっとベールを着けていたので、注目は勇者に集中した。おかげでいろいろな料理を楽しめた。


 湖を渡る風を受けて船は静かに進む。

 この季節にバスキニ湖が荒れることはないそうで、揺られて酷い船酔いをすることもない。


 船体は幅広で喫水は浅い。屋根のある下層はいくつものパーティションに仕切られていて、軍馬と騎士たちが詰め込まれている。間仕切りはしっかりした板から、ほとんどスカスカの柵のようなものまである。

 もともと客船ではなく穀物や家畜の輸送用なのだから仕方ない。わずかながら簡易的な客室もあり、俺たちはそこを割り当てられている。上客扱いなのかな。でも、やはり荷物な気分だ。

 二本のマストが貫く屋根の上が上層で、船員たちが働くデッキになっている。


 船は勇者たちとは別だ。一応俺たちはリューパス遠征隊の随員だしな。

 でも、鎧女子が一緒に乗っている。あと女騎士も。


「さっそくですけれど、ご教授くださいアラタ様。お手合わせ願います」


 キラキラした笑顔のシルテア。

 なんかフル装備だし。


「いえ、船の上ではダメですよ。それに俺は剣術なんて全然です。シルテア様のお相手が務まるとは思えません」

「ディボー隊長が、アラタ様は近接戦も見事だと感心していらっしゃいました。まさかの敗北を喫したと。是非お教えいただくようにと」


 ディボーめ。俺に投げたな。


 遠征隊もシルテアの扱いに困ってるのかな。

 正式な騎士じゃないから第二騎士隊に編入するわけにはいかない。同行する冒険者パーティーの監視役みたいな雑用しかさせられないだろう。任意の協力者的な扱い。

 面倒なことに仕える主の娘だし。


 ちなみに、領主の妻や娘でも正規の役職や職務を持たないなら、権限は普通の騎士以下だ。領主の一族だからといって遠征隊の騎士たちに何かを命じたり、勝手にメンバーに割り込んだりはできない。

 適度な敬意を持って接する客人に過ぎない。任務の邪魔だからとシルテアを途中で置き去りにしても、隊長が咎められたりはしない。


 つまりシルテアは見た目は可憐な少女騎士だが、実はただのコスプレ女子なのだ。

 自称騎士なのだ。

 残念美少女なのだ。


 扱いに困った者を俺に押し付けるのはやめて欲しい。

 もしかして、これが期待されている仕事なのか?


 シルテアの後ろで控える護衛の女騎士プリスラが申し訳なさそうな顔をしている。苦労人なのかも。近衛騎士の一人だそうで、本来は領主の近くにいるはずの立場だけど、シルテアが動くたびに随伴させられているみたいだ。リアルお目付役だな。


「いいじゃないか、手合わせくらいしてやれ。私も興味があるしな。そのつぎは私に魔法の腕前を見せてくれ」

「サイトウ様っ。ありがとうございます」


 エルフの魔法使いが話に乗っかった。

 とりあえず戦ってみような考えはどうかと思うよ。


「とにかく船の上ではダメですよ」


 せっかく身体を休めてる馬にも迷惑だ。




 湖上で騎士たちは馬の世話や装備の手入れなどのルーチン作業をしている。

 ムダに船内をうろつくこともなく、定時ブリーフィング以外は体力温存に務めていた。


 収納の腕輪から出したソファに座って絵本を見ているレティネとヤマダ。

 ヤマダもお話を読むのがけっこう好きらしい。レティネが同じ絵本を読み直していても飽きずに付き合っている。

 そして俺は船縁の手すりに寄りかかり、茫洋とした湖を眺めているフリをしながら〈魔力糸〉を広げ、お馬さんたちの健康チェック&体力回復をしていた。

 もはや俺の趣味になっているのだ。

〈魔力糸〉操作の練習も実益がある方がいいし。


 そこにシルテアのお目付役の女騎士がやってきた。


「アラタ殿。あらためてご挨拶させていただきたい。私はプリスラ。シルテア様の護衛の任をいただいております。――そして、アントラム迷宮にてお助けいただいたこと、心より感謝いたします」


 きちんとした敬礼をする。

 背が高くてカッコいい系の人だ。間近で見るとけっこう若い。表情が疲れ気味なのでちょっと老けて見えるのかな。

 迷宮でシルテアが死にかけていたとき、もう一人いた血塗れの女騎士がこのプリスラらしい。軽傷だったのでとくに治療もしなかったけど。


「あのときは全滅を覚悟しました。あれほどの魔物をたった一人の冒険者の方がすべて倒されるとは。ラオリー殿から伺っても信じられない思いでしたが、シルテア様よりアラタ殿の魔法によるものとお教えいただき感服いたしました」

「もっと早く駆けつければよかったのですが。及ばず、残念です」


 ラオリーというのは俺の〈威圧〉を受けても意識を保っていたという騎士だ。

 三人も騎士を死なせてしまい迷宮訓練部隊も風当たりが強かったんじゃないかな。


「シルテア様をよろしくお頼みいたします。御館様のみならずディボー殿、そしてサイトウ様からも信頼厚きアラタ殿がお護りくださるなら、魔族との戦いといえども心強き思いであります」


 お世辞ではないらしい。プリスラは真剣な顔だ。

 なんでそうなるかな。

 どう見ても怪しい冒険者だろ。俺。

 邪険にされないのはありがたいけど、これじゃかえってやりづらい。

 過大評価だし。

 邪魔するな、余所者はあっち行ってろ、くらいの待遇で十分なのに。



 ◇◇◇



〈エルフの雫〉へこっそり転移。ゆっくり風呂に入って戻ると、サイトウが船室にやって来た。タイミング的にちょっと危なかった。


「バスキニ湖の名物が見れるぞ。アラタたちも甲板に上がってみるといい」


 日は落ちている。夕焼けも消えて暗くなっていた。


「パパ、あれー」


 湖水が光っていた。

 幾重にも黄緑色のスジを描いて。なんかLEDみたいな光だ。

 ちょうど岸に沿って幾重にも等高線を描いたような感じだ。沖に行くほど光のスジは薄れている。浅いところ特有の現象なのかな。


「藻が光ってるんだよ。白髪みたいな気味悪い藻なんだが、夏の夜にはこうして光を放つ」


 サイトウが説明してくれる。


「おかげで夜間も航路が保てる。けっこう明るいだろう? バスキニ湖でもここ南岸でしか見られないらしい。これ目当ての観光客もいるくらいだよ」


 なるほど夜間航行の秘密がこれだったのか。

 ほとんど魔力は感じない。魔物じゃなくて蓄光する植物かな。岸からの距離と水深が分かるから夜でも目視で操船できるのか。確かに凄い。


 レティネがウトウトしだすまで幻想的な航路を楽しんだ。



 ◇◇◇



 翌々日の正午。補給のため港町に上陸。

 馬たちを船から下ろして軽く歩かせ運動させる。


 そしてとうとう、俺とコスプレ騎士シルテアも運動することになってしまった。

 船荷の集積場の片隅で。


「では、参りますっ!」

「――はぁ」


 何度目だよ、俺。

 絡まれやすいタイプじゃなかったはずだけど。むしろ絡みにくいと学校でも言われてたのに。

 見た目も中身も全然武闘派じゃないのに。

 オラオラかかってこいやーな態度を取ったことないのに。ないのに。

 これはある意味、舐められてるんだろうな。


 コスプレ女子と、美貌のエルフの地味な付き人の試合である。

 こんな素人対決なんて茶番でしかない。

 けれど結構なギャラリーがいる。皆船旅に退屈してるのかな。やりづらい。


「いやっ!」


 固く乾いた地面を蹴ってシルテアが迫る。

 不完全ながら〈身体強化〉をしている。

 それなりの鍛錬は積んだようだ。

 迷いのない斬撃が襲いかかる。


 ――ジャキーン!――


 俺はわずかに身体をずらし、シルテアの両手剣バスタードソードを鉄剣の腹で受け流す。

 そして重心の移動先を身体で塞ぎ、次の動きへの流れを断つ。


 ちなみにどちらも真剣だ。訓練用の木剣とかではない。

 使い慣れた剣での剣筋をぜひ見て欲しいそうだ。

 そんなもの全然見たくないけど。

 コスプレ女子が納得してくれないのだ。

 でも当たったら大怪我するし。痛いし。コワいし。いいのかよ。

 俺は複製した適当な長さの鉄剣を使っている。矢筒剣だと打ち合ったら折れちゃうしな。


 シルテアは小さく引いて体勢を戻し、一転して素早い斬り上げを浴びせてくる。

 顎狙いかよ。

 俺は牽制に剣先を残し、スウェーして避ける。


「お見事です。アラタ様っ」

「いえいえ。お手柔らかにお願いします」


 マジでお手柔らかに。

 こっちは動きが速いだけの素人だし。剣筋もめちゃくちゃだし。

 無駄だらけのカッコ悪い動きだろうけど、避けてさばく以外に手がない。


 城の庭での試合みたいに、〈魔力弾〉で簡単に倒したんじゃ納得してくれないだろうな。あれは自称騎士がイメージする戦いじゃないはず。魔物相手のやり方だと手合わせとは認めてはもらえないだろう。


「ていっ!」


 シルテアが摺り足の歩法で斜めに接近。俺の脇腹を狙って斬り払う。

 しかも途中でぐいっと加速してタイミングを外してくる。

 地味ながら、ぎょっとする斬り込みだ。

 俺はとっさに半回転しながら、鉄剣で勢いを殺し、柔らかく受け止める。

 そのまま反転してぐいと押し返す。

 普通の剣術ではこんな動きはしないだろう。反射神経、速度、筋力がすべて向上しているからこそできる。

 いなしきれずにシルテアは大きく跳びすさる。


「はっ。は、これも、防がれますか?」


 いやいや、防がないと斬られちゃうし。

 痛いのヤだし。避けるしかないし。

 なんで当てる気満々なんだよ。本当は嫌われてるのかな。


 出し惜しみはナシ、とばかりにシルテアが攻勢に出る。

 斜め上からの斬撃。

 それをコンパクトに返して、顎へ斬り上げ。

 脚を狙った斬り払い。

 素早く剣を引き絞り、喉への猛然とした突き。

 流れをまったく止めない。

 陽光に白刃がきらめく。


 ていうか、どれも牽制じゃなく致死の攻撃だろ。怖いよ。マジ怖い。

 はっ、はっ、はっ、とシルテアの細い喉から漏れる息遣い。

 戦闘用の短い呼吸というやつかな。


 ――おおおおおぉ――


 ギャラリーの騎士たちも感嘆している。

 シルテアの技量を認めているのだろう。

 本当に剣を扱い慣れている。騎士レベルの腕はじゅうぶんありそうだ。それを裏打ちするだけの体力もある。なりきり騎士は伊達じゃなかったようだ。


 かわしたり受け流したりと、俺は防戦一方だ。

 それなのにシルテアはどんどん苦しくなってくる。

 攻撃は見切られ、すべていなされている。自分の動きが悪くなったことに気付いているかどうか。


 俺はシルテアの身体に〈魔力糸〉を貼り付けている。

 全身の要所に合計十六本。

 これがもし触手だったら、俺は変態確定である。

 糸でもアウトか。

 いや、だいじょうぶ。見えないから無罪。


 ギャラリーに気付かれないように動きを鈍らせるつもりだった。

 けれど、体内魔力の流れを読めばシルテアの動きを予測できることが分かり、防御が楽になっていった。

 読み取り精度もみるみる上がる。

 さらに、部分的に魔力操作すれば動きに干渉できることも分かった。

 さすがに自在に動かすことはできないけれど。

 シルテアは少しずつ、俺の操り人形になっていく。


 予測して避ける。

 避けにくい斬撃は剣筋をずらさせる。

 速度を鈍らせる。

 俺には余裕が生まれ、シルテアは疲労困憊だ。

 剣がまったく届かない。


 脚の動きが止まった一瞬、俺はシルテアを蹴り倒す。

 剣を踏みつける。

 そして喉元に鉄剣の切先を突き付けた。


 拍手と控え目な歓声。

 ほとんどはシルテアへのものだ。さすが美少女騎士(仮)である。

 俺はどうせ悪役だしな。


「参り、ましたっ。あっ、ありがとうございま、したっ」


 俺はシルテアの手を取り、引き起こす。


「シルテア様。俺が魔法使いなのをお忘れなく」

「は――はひっ」


 魔法使い。

 つまり、剣術の素人に剣で負けたと駄目押ししたのだ。

 実際はズルしまくりだけど。


 真剣での対戦でシルテアに怪我をさせずに満足させる。

 これを無事にやり切るのは、さすがに魔力操作抜きでは無理だった。

 シルテアの体内魔力の動きに詳しくなったので、次回対戦すれば俺はもっと楽にやれるだろう。シルテアが魔力を読まれてることに気付かなければだけど。


 しかし、死んだ魔物を復元して使役したり、魔力で相手を操るとか。

 なんか人聞きの悪い技が増えてしまった。

 見習い薬師はどこ行っちゃったんだろう。


 全然俺のせいじゃないし。

 無茶振りされるから、流れでこうなっちゃっただけだし。




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