094 美少女に追いかけられるのは嬉しいはずなんだけど鎧着てるし
バシスの南門への道には人々が詰めかけている。
勇者出陣を一目見ようと。
勇者騎士団の三十騎を先頭に、馬上の勇者イグナヴ、巫女ユニオレたち従者の乗る馬車、俺たちの乗る馬車、続いて百二十騎のリューパス騎士隊と魔法士隊が続く。
ユニオレと魔法使いのフェロズは、広い馭者台の両脇に座り沿道の声援を受けている。俺たちの馬車の馭者台には、フードを下ろしたヤマダが座っている。弓を背負ったフル装備冒険者バージョンだ。
まさに美しき戦乙女だ。
「勇者様ー!」「ゆうしゃー!」「勇者さまー!」「ヤマダー!」「ディボーさまー!」
ヤマダの名を呼ぶ声もある。いつのまにか名前が売れていたようだ。
遠征から戻ったら街の名士になってるかも。
騎士ディボーの名前も聞こえる。けっこう人気者だったのかな。人望がありそうだし。今回のリューパス遠征隊の隊長でもある。
垂れ幕で飾られた南門を抜けても、沿道の声はしばらく続く。
とりあえずこれで、勇者と共に戦いに赴くヤマダの姿が人々の印象に残ったはずだ。
表向きは。
「バカバカしいと思うかもしれないが、これも勇者の役目と理解してやってくれ」
沿道に人がいなくなった途端に従者たちの馬車に乗り込んでしまった勇者。その様子を見ていた俺にサイトウが話しかける。
ヤマダは見晴らしがよくて気持ちいいのか馭者台に座ったままだ。とても絵になる。
「魔王のような存在が現れると、言い様のない恐怖が人々に伝染していく。不安に押し潰されそうになる。通常の騎士たちとは格の違う圧倒的な強者、という旗印が必要なんだよ」
魔王を相手に本気で勝利を託せるのは勇者くらいだろうけどさ。
「だけど、デヴヌス神聖国って、わざわざ勇者を他国に派遣して各国の軍をまとめ上げるとか。随分と積極的ですね。損な役回りでは?」
「そのぶん、自国の軍は出さないんだがな」
「はい?」
「神聖国が対魔王戦役で動かす戦力は、勇者とその従者たちの騎士団だけなんだよ」
「それだけで魔王討伐の栄誉は持っていくんですか」
「そうさ。栄誉なんかで喜ぶのは神聖国くらいだからね。きっと後の国史は素晴らしい名文で飾られることだろう」
「お飾りということですか。ちょっと勇者に同情しますね」
「それでも勇者は伊達ではなく強いぞ。アラタも感じるだろう、あの贅沢な数の魔道具を」
それは感じている。
勇者とその従者たちが身につけている魔道具から漂う魔力は相当なものだ。魔力を増幅するらしいものもあれば、増えた魔力を隠蔽するものもあるようだ。魔力が飽和干渉して実体が見えにくい。
通常の探知の〈魔力糸〉だと弾かれてしまう。
選りすぐりの強者を、さらに魔道具で贅沢に強化する。
計り知れない力を秘めているのかもしれない。
「従者でさえ城が買えるほどの秘宝が与えられているはずだ。威力と見栄えでは一級品だ」
「どこまでも見栄えだけは追求するんですね?」
「それが神聖国だからね」
「そしてこのアルブス王国とデヴヌス神聖国は二大国としてこの大陸の覇を競っている。形だけにしろヤマダを従者扱いにしたことは、彼らにとって意義のあることなんだよ」
「あの、ヤマダはリメス王国の出身ですが」
「ちょうどよかったんじゃないかな、アルブス王国としても。冒険者というのも幸いだったし」
なんかそのへんはどうでもいいや。
偉い人が好きなように納得すればいい。
たんに面倒な話だし、こっちからどうこうすることもできない。
俺たちの乗る馬車はかなりの優れものだ。
整備された道のおかげもあるけど、高速で走っても振動が少ない。荷馬車とは段違いだ。魔物の素材で作ったサスペンションが使われているらしい。車体も頑丈だ。要人向けの客車ほどではないが軍用にしては座席も快適。伯爵が奮発してくれたのかな。
馬車での強行軍はレティネの体力が心配だけど、なるべく俺の膝に乗せてやろう。いつもより気を遣わないと。
騎馬の一団は速いペースで整備された街道を南に進む。
百五十騎ともなると、ずっと聞こえっぱなしの蹄の音がうるさい。
もっと頻繁に休憩を取るかと思っていたが、そのまま昼食時間まで駆け続け、小さな宿場でようやく馬を休ませる。人馬共によく鍛錬されているみたいだ。
トイレ休憩もないので、レティネにこっそり便座を出したりもする。
サイトウは俺が収納の腕輪から出したと思っているようだ。馭者をしている二人の騎士は気付いていない。
俺たちの馬車を引いている馬の様子を見る。四頭ともまだまだ余力がありそうだ。やっぱり軍馬だけあって普通の馬とは違うみたいだ。
お礼代わりに魔力で体調を整えておく。
「しばらくすると東に道が別れる。その先にある町で一泊だな」
サイトウの言葉どおり、東に曲がると夕暮れ前に大きな宿場町に着いた。
常設の兵員用宿舎がある。
〈パパ〉とサイトウで士官用の二人部屋を二つ割り当てられた。なにやら客人待遇みたいだ。伯爵の指示があったらしい。
お前らのような冒険者を泊める部屋はない。そのへんで野宿でもするがいい。という扱いのほうが正直楽だったんだけど。それなら、さっさと家まで転移できるし。
「どうかな、アラタ殿。レティネ殿はお疲れかな?」
食堂での夕食。隊長のディボーがレティネを気遣う。
レティネは俺の隣に座って食べている。
「パパといっしょだからだいじょぶー」
「ありがとうございます。大丈夫です。小さくても冒険者ですから」
レティネは騎士たちと同じ料理でも平気なようだ。
知らない人に囲まれても気後れしない。冒険者たちとも旅したしな。
遠征騎士団に子供が混じるとか。本来ならありえないだろう。
けれど俺たちもお荷物になるつもりはない。
教官だったディボーは、第二騎士中隊と第二魔法士中隊を束ねる遠征隊長になっている。もともと隊長経験はあるそうだが、これが名誉なことなのか、厄介な役回りなのかは、俺には分からない。
騎士の食事は私語厳禁ということもなく、意外に賑やかな食事風景だった。
騎士の三分の一は外での見張りや連絡確認作業をしている。
一応遠征行動中だしね。
ヤマダは勇者の近くの席で魔法使いのフェロズと話しながら食べている。
とはいえ、フェロズの質問に二言三言で答えているだけだ。とくに困ってもいないようなので放っておく。サイトウも一緒にいるし。
フェロズは食事中もフードを被ったままだ。食べにくくないのかな。
宿舎のシャワー設備は混雑するので、部屋にダミーの荷物を置いて〈ユリ・クロ〉に転移した。
新居でもよかったんだけど、マヤさんにも顔を見せないと。
「ただいまマヤさん」「ただいま、です」「おねーちゃんただいまー」
「おかえりなさい。夕食はどうします?」
「済ませたから大丈夫ですよ。お風呂借りたいんですが」
幼女とエルフにお湯を掛けていると、マヤさんまで仲間入りしてきた。
「ほら、えーと。アラタさんがいないと、こんなにお湯が出せませんから」
理由になってるけど、理由になってないよ。
全員を洗ってから温風で乾かす。
「ホントに気持ちいいです。ヤマダさんがアラタさんに洗ってもらう気持ちが分かります。手つきが、なんていうか、――ふふ。すごく優しいです」
上気してウットリ顔のマヤさん。
俺はもういっぱいいっぱいだ。
俺はそんなテクニシャンじゃないし。
エロ魔人違うし。
ちょっとだけだし。
〈エルフの雫〉の在庫を補完しておく。
マヤさんに今日のことを話しながら、レティネを寝かしつける。
「お目付役がいるので今夜は戻りますね。お店のほうまでお願いしてしまってすみません」
「おやすみなさいアラタさん、ヤマダさん。――レティネちゃんもね」
覗き穴のような転移門を開いて、宿舎の部屋の様子を確かめる。
誰かいるとマズいから確認は必須。
そのまま転移門を広げ、眠っているレティネを抱き上げて宿舎に戻った。
◇◇◇
ハイペースの行軍で二日。リューパス領最後の町に到着。
補給を済ませ、さらに一日かけてバスキニ湖南岸の町メルディナに入った。
メルディナとその周辺は王家の直轄領になっている。この町から先行部隊は船に乗り込み水路を進む。後続はこのまま陸路を東に向かうことになる。
「レティネ。ここからお船に乗るんだって。乗ったことある?」
「おふねー? のったことない」
「ヤマダは?」
「ふね、です?」
レティネもヤマダも船は初めてみたいだ。俺も学校の見学行事で乗ったくらいだな。
メルディナは前回の依頼で訪れたリグラよりもずっと大きな町だ。交易と漁業と観光で栄え、町の中心部には立派な商館や教会がある。ちょっとまとまりのない雰囲気だけど、湖の景色は穏やかで綺麗だ。
勇者と騎士隊長が町の代官と会っている間に乗船の準備が進む。
船は平べったい屋形船に二本の帆柱を立てたような形をしている。甲板が二層になっていてかなり大きい。人馬を運べる造りになっている。たぶんこの世界のフェリーみたいなものだろう。大型の馬車も載せられる。
速度の出るものは三隻だけらしく、勇者と勇者騎士団、リューパス遠征隊の一部と俺たちが分乗することになっている。残り半数は陸路組だ。
船の速度は馬の早足には及ばないものの、夜間も航行することで距離は稼げる。
そのぶん船員たちは大変だが、こちらは人馬ともに休養が取れるわけだ。
明かりもロクにない世界での夜間航行は危険なはずだけど、このバスキニ湖南岸に限っては心配ないそうだ。理由は見れば分かると、サイトウは教えてくれない。
「まっ、間に合いましたっ!」
船着き場に騎馬が駆け込んでくる。二騎だ。
仰天した人夫たちが慌てて道を空ける。町中ではちょっと非常識なスピードだ。
人馬ともに息が荒い。
輝く鎧に辺境伯家の印のついたサーコート。輝くふわふわの金髪。生き生きとした濃いブルーの瞳。可憐な女騎士姿。
リューパス辺境伯の三女。鎧女子のシルテアだった。
「ようやく追いつきましたわ。アラタ様。ヤマダ様。レティネ様」
颯爽と馬を下りたシルテアが微笑む。
もう一人も女騎士のようだ。
疲れているのかシルテアとは対照的に表情は冴えない。
「お久しぶりです。シルテア様」
「サイトウ様も、お久しゅうございます」
「あんた、シルテアか? しばらく見ないうちに、ずいぶんと綺麗になったじゃないか。お転婆でいつもアザだらけだったのに」
「そっ――それは昔のことですので。今は騎士として、領のために力を尽くす所存でございます」
えーと。シルテアって騎士だったっけ。違うよな。
それに謹慎はどうなった。なぜここに?
「遠征隊の一員に遅ればせながらお加えいただくことになりました。謹慎を解いていただいたのが皆様が出発なさった翌日でしたの。お父様を説得するのに、さらに半日。急ぎ出立し、なんとか間に合いました。嬉しいですわ」
シルテアは懐から封筒を取り出す。
「こちらを、アラタ様にお渡しするようにと」
封蝋のある手紙を渡される。
さっそく封を壊して読んでみる。サイトウが覗き込む。
「セーサルは――アホかっ」
サイトウが呆れている。
――この通知の到着をもって、
――余の三女シルテアと護衛騎士プリスラの両名を、
――冒険者パーティー〈パパ〉の目付けとして遠征隊に加えるものとする。
――貴殿の節度ある対応を期待する。
――くれぐれもよろしく頼む。
――済まぬ。
おい。
どんだけお目付け役が必要なんだよ、俺たち。
信用なさ過ぎだろ。
というか娘のワガママに押し切られてるし。親父伯爵。
「まあ、セーサルの分かりやすい欠点だからな、シルテアがらみのことは。仕方ないさ。ふふふ。しっかり守っておくれよ、パパ殿」
もう、不安しかないけどな。
ヤマダをサポートするだけの簡単なお仕事じゃないのかよ。




