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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第1章 脱出だよ
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009 子供連れでも安心の文化的でエレガントなサバイバルキャンプ




 泣き疲れたレティネは俺にもたれて眠っている。

 あれからずっと飛び続けているので飛竜のジョーロも限界のはずだ。速度も高度もだいぶ下がっている。それでも休ませないのは少しでも遠くへ行きたいのと、たんに着陸の方法が分からないからだ。


 相変わらず一面の曇り空だが少し日が陰ったようだ。

 皆疲れ切っている。暗くなる前に休む場所を確保したい。

 しかしこれだけ飛んでも景色が変わらないのはガッカリだ。

 僻地へきちにもほどがあるよ魔王城。


 飛竜将コルヴスは俺たちを槍で捉えることなく消えた。

 音もなく。

 こつ然と。

 後方で見ていた飛竜兵たちには何が起きたか分からなかったと思う。もちろんジョーロにも。


 コルヴスは騎竜ごとレティネの〈ポケット〉の中に消えたのだ。


 コルヴス消失を見て、配下の二頭はUターンして戻っていった。

 俺たちも体勢を戻して元のコースを進んだ。

 安心させようと頭を撫でると、黙り込んでいたレティネがぽろぽろと涙をこぼし、やがてわんわん泣き出した。


「ごめん、なさい、パパ――ごめんなさい」

「どうして泣いてるの、レティネ?」

「いいつけ――まもらな、くて、ごめんなさい。――わるいこで、――ごめん、なさい」


 レティネは約束させられていた。

 それは、〈ポケット〉に生き物を入れてはいけない、ということだ。

 両親との約束だったのかどうか、レティネの話からはハッキリしない。


 レティネが庭で遊んでいたとき、じゃれついてきた飼い犬が怖くてとっさに〈ポケット〉に入れてしまったことがあった。すぐに出したが犬は死んでいたそうだ。なんでも入る便利な〈ポケット〉に生き物を入れると死ぬなんて、レティネ自身も知らないことだったが、かなり折檻されたらしい。

 おそらく、命に関わることなので間違いが起きないように、厳しく躾けたのだろう。気の毒だけどさすがに事が重大過ぎる。


 俺も驚いた。

 収納魔法というのは生き物を収納できないんじゃなかったっけ。しかしレティネの〈ポケット〉には入れられる。最悪の状態で。生き物が入らないのではなく、生き物を入れてはならない魔法、ということなんだろうか。

 あの骸骨魔王がレティネをどう利用するつもりだったにしろ、この魔法がらみなのは間違いないだろう。


「レティネは、俺やジョーロを助けてくれたんだよ。ありがとう」


 さっきの場合は仕方がない。一方的に殺されるというのは理不尽に過ぎる。

 むしろ正しいはずだ。

 けれど、これからもレティネが自分で使いどころを判断できればいいが、生き物を出し入れするのに抵抗がなくなるようだと恐ろしい。やはり禁忌としておくほうがいいのかな。


 眠るレティネが冷えないようにシーツを巻いてやる。

 俺自身はあまり寒さを感じない。空気の冷たさは感じるけれど、風にさらされていても身体は冷えてこない。魔力の影響なのかな。なんか違和感がある。魔力の放出も不思議だが、俺の身体もヘンだ。




 俺たちはとうとう地上に降りていた。


 いきなりジョーロが脱力したかと思うと高度ががくんと下がった。墜落かと慌てたけれど、着地間際になんとかホバリングしたので衝撃はなかった。

 へばったジョーロは地面に這いつくばっている。

 よく這いつくばる飛竜である。


「レティネ、お水出せる?」

「――だ、だせるよー、――はい」


 何度見ても凄い。いきなりでかい水桶が現れた。


「お水はあとどれくらいあるの?」

「んーと、――、――、――、――じゅうと、よんこ」


 よかった。水が一番大事だし。川でもあれば補給できるかもしれないが、まだ見つけられない。

 それにしても魔王城の連中、どれだけ幼女に詰め込んだんだよ。面白がって入れたんじゃないか。倉庫扱いが酷い。おかげで大助かりだが。


 ジョーロの近くであらためて水を出してもらう。ジョーロは水のにおいに鼻をひくつかせると、桶ごと呑みそうな勢いで飲み始めた。ごぼんごぼんと音を立てている。水桶二つ分飲んでもまだ物欲しげだったので林檎を二籠食べさせた。


 ジョーロは今日いろいろ水分を失ったからな。

 肉食かとも思ったが平気な顔で食べていたから問題ないんだろう。

 もっと食べさせたほうがいいのかなとジョーロを見ると、目を閉じていびきをかいている。寝落ちしたらしい。

 ジョーロにしてみれば、失禁するほど脅されてぶっ倒れるまで働かされた上に戦闘まであったんだからヘトヘトだよな。繋いでおく鎖がここにはないから目が覚めたら飛び去ってしまうかもしれない。俺たちに懐いてるわけでもないし、そこは諦めるしかない。


 拾い集めた石を並べて砂礫の地面に大きな矢印を書いた。進行方向をメモしたのだ。方角が分からなくなって来た道を戻ってしまうのが怖い。

 ジョーロを風除けにしようかとも思ったが、巨体が寝返りを打つところを想像してやめた。飛竜の寝相とか知らないし。

 砂礫に埋もれた裂け目があるので、その中で野営しよう。


「パパ、ここがおうちなのー?」

「そだよ」

「わかったー」


 うん、分かってたよ。

 なんとなく予想はしてた。

 いきなり地面に豪華な敷物が現れたと思ったら、その真ん中に天蓋付き寝台がずでんと置かれた。そして、衣装箱、飾り戸棚、丸テーブル、椅子、鏡台、腰掛け、トイレが次々に現れた。

 まるで魔法だ。いや魔法だけどさ。どちらかというと、○様は魔女的な。


「――えと、とりあえず――ご飯にしようか」


 あまりに活き活きとマイルームを展開するレティネに、止める言葉を掛けられなかった。完全にレティネのターン。元気になってくれたのならそれでいいけど。


「そうだ、お皿がないんだっけ?」

「ん。あるよー」


 丸テーブルの上に黄金の大皿が出現した。宝石こそはめ込まれていないが、精緻な装飾がふんだんに施された、要するに皿洗いをする人のことなど全然考えていないような華美な皿だ。即博物館行きだろこれ。レティネの部屋にはなかったものだけど見覚えがある。確かに食器としても使えるよ。皿には違いないもんね。

 少し遅れて一組のゴブレットが皿の上に現れる。これは銀色なので銀製なんだろね。これも豪華。


 それから水桶、フィンガーボウル、パン、ハム、チーズ、葡萄、林檎、ミルク、例のナイフ、を出してもらう。タオル代わりの手拭き布は戸棚にあった。


 レティネの〈ポケット〉は物体を、入れたときの状態で任意の座標に取り出せる魔法らしい。つまり〈ポケット〉の中の水桶から水だけを出して、外に置かれたゴブレットに注ぐことはできない。ただ、籠ごと入れた林檎は一個ずつでも取り出せる。

 このあたりは使い手のイメージの問題なのか、魔法側の制約なのか分からない。


 レティネが熱い瞳で俺を見ている。

 食器類を軽く水拭きし、フィンガーボウルで手洗い。

 丸いパンを薄くスライス。骨付きハムの味見をしたら塩気が強かったので薄く、チーズも薄くスライス。思い付いて林檎も薄くスライス。具材をパンで挟んで、なんちゃってサンドにして切り揃える。

 さらに林檎をウサギさんカットにして目も入れる。葡萄は水洗い。これらを大皿にぽつぽつと並べる。銅製の蓋つき容器に入っていたミルクを、ゴブレットで直接すくってパンの隣に置く。

 豪華皿の自己主張が激しくて料理が負けている。

 これで出来上がり。これ以上はムリ。至高の料理人とかじゃないし。


 口いっぱいに頬張って食べるレティネが幸せそうだ。定番のウサギさんカットの林檎は、たんなる謎キャラ扱いだったが、じっくりと眺めてから食べていた。

 ミルクは山羊乳っぽい味でクセがあるけれど、なんちゃってサンドとはよく合っていた。固いパンも薄くすればレティネにも食べやすい。

 簡単なスープでもあればいいけど、温かいものは調理道具も火もないので作れない。


 誰かと一緒の食事は久しぶりなのか、レティネは始終上機嫌だった。




 砂漠じみた場所なのにそよ風しか吹かない静けさだ。

 もっと荒れるのかと思っていた。異世界の天候なんてまったくの初体験だし。

 天蓋付き寝台のカーテンを閉め、ぐるりと紐で縛って風ではためかないように固定する。ここでレティネと一緒に寝るのは決定事項みたいだし。

 こんな豪華な野宿をするつもりはなかったんだけどな。


「パパ、は、みがく?」


 お、歯ブラシだ。歯ブラシあるんだ。

 束ねた動物の毛を二本の棒で挟み込んである。艶のあるニスが塗られていて高級感がある。小さな陶器に入った磨き粉をつけて使うようだ。見た目はきな粉みたいだがミントっぽい香りがする。柄のやたら短い柄杓ひしゃくや洗面器もある。

 レティネの真似をして歯を磨く。ブラシは柔らか過ぎたけど口の中がスースーと爽やかになる。

 うがいの水をぺっと外に飛ばしたらレティネに叱られた。それ用の水鉢があるようだ。レティネはその鉢を持って外に捨てにいく。だったら同じじゃね、と言ってはいけないんだろうな。




 夜がやって来た。というかみるみる暗くなってきた。

 幼女用トイレを遠慮し、外でスタンディングオベーションを済ませて戻るとき、その唸り声が聞こえてきた。


 ――グルルリグ、グッグリグル――ググ――


 ジョーロだった。いびきというより寝言だ。おどかすなよ。


 寝台の下にきちんと並んだレティネのスリッパ。その隣に脱いだ靴を置く。

 カーテンをめくると、青い寝間着に着替えたレティネはちょこんとベッドに座り、一緒に読んで欲しかったのか絵本を抱えている。けれどもう暗過ぎてそれはムリ。

 危なかった。あと少し遅くなってたら食事もできないところだった。今になって明かりがない大変さを実感した。

 制服のジャケットを脱ぎ、ズボンは、まあいいか。ブランケットを被りながら横になると、レティネが待ってたとばかりに腕に抱き付いてきた。はいはい、パパまくら、パパまくら。


「おー――きれー、パパまほう?」

「これはスマホ」

「すまほう?」


 スマホにレティネが驚いている。時刻の確認をしたかっただけなのだが、ついでに懐中電灯アプリで遊んでみたのだ。虹色に変化させたら大喜びだ。このままいろいろ動画とか写真とか見せてあげたいけど、俺の株が上がるかわりにバッテリー残量がヤバくなるのでやめておく。

 日本時間で午前六時。今を日没としておおよその時間を計るしかないかな。一日が何時間かも知らないんだし。

 

「寒くないか、レティネ?」

「だいじょぶ」

「じゃ、おやすみ」

「パパおやすみなさい」


 液晶の光が消えると本当に真っ暗になった。

 ここは俺が寝ずの番をすべきだろう。しかし、気力が尽きてしまって、どうでもよくなっていた。


 ――明日からがんばる。




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