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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第9章 薬師がゆく
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085 魔族と魔物と魔石と魔法と魔法使いについて




「サイトウ様。魔物と魔族の違いはなんですか?」

「なぜそんなことを?」

「先日言葉を話す魔物に出くわしまして。魔族も異形の者が多いようなので、はっきり区別する基準があるのかなと」


 カーファ島で会ったアラクネのクロコには知性と感情があって会話もできた。

 クロコは自分を魔物と思っていたけど、魔族と言われても違和感はなかっただろう。


「悪魔の味方をする、穢れた魔法を使う、悪知恵の働く人間の敵。これが一般的な魔族のことだ」


 ずいぶんと嫌われているみたいだけど、えらく漠然とした定義だな。


「魔石をもつ野獣や怪物。これが魔物だね」


 これも大雑把。


「悪魔って本当にいるんですか?」

「さあな。見た者はいないはずだ。物語や伝説には頻繁に登場するが、概念上の存在だと思う。悪意や害意を象徴するための」

「なら、魔法を使って人間と敵対する者が魔族、ですか?」


 人間に都合の悪い連中を魔族に仕立て上げてたら嫌だな。


「いいや。魔族は例外なく体内に魔石を持っている。魔物と同じで、これだけは厳密な区分になるよ」

「魔石の有る無しで何が違うんです」


 魔力の供給源バッテリーになるから魔法の出力が上がるだろうけど。


「体内魔力分布に中心、いわゆる魔力核ができる。これにより魔力の循環が体系化されて出力が増大。身体強化状態が常時発現し、魔法効率が飛躍的に上がることになる」

「生き物としては大きな恩恵ですね」

「問題もあるんだよ」

「欠点とかですか」

「一般的な認識だと、魔石によって意識が悪意や悪感情に支配されてしまう、ということになっている。悪魔に魂を奪われると。――けれど実際は違う。魔石を中心に循環を続ける魔力は、否応なく持ち主の身体を変化させていく。力が強くなりたいという願望があれば、筋力は増大し体も大きくなる。獣のような敏捷さが欲しければ、そのような身体になる」


 多様な魔族の外見にも理由があったのか。


「叶えられた願望はさらに願望を生む。知性があれば尚更だろう。能力の向上、つまり成長は快感だからね。――そして強力だがますます異形の存在となり、困ったことが起きる」

「はい?」

「子孫を残しにくくなる。個体差が大きくなり過ぎるからさ。異形が性差を上回ってしまうんだよ。だから魔族は数が少ない。逆に魔物は生存本能に忠実なせいか繁殖力は強い。知性があるほど愚かしいとは、面白いものだ」


 サイトウが苦笑する。


「魔族は人間の成れの果て、みたいに聞こえますが」

「私はそう思っているよ。魔族もかつては人間だったと。アウディトの神を信奉する者たちは、悪魔が眷属としてこの世界に引き連れてきたと信じているようだが。私のように考えている者も少なくないはずだ」


 魔力を使って意識的に身体に影響を与えられるなら、俺が魔力操作で怪我を治せるのも理不尽じゃない気がしてくる。人間のようになろうとしたクロコがアラクネになり、クロコになろうとした砦の魔物がアラクネもどきになったのも、そうした変化なんだろう。凄いな魔力。この不思議パワーめ。


 ただ、俺ほどの魔力量だと、魔石があるのと同じような影響が身体にあるんじゃないかな。不安だ。

 レティネも魔力が多いけど、たぶん〈ポケット〉の中は別勘定だと思う。異空間みたいだし。


「もし身体に魔石を持っていても、普通の人間でありたいと願えば、人間でいられますか?」

「――ぷふっ」


 なんで笑うし。


「魔石ができるほど大量の魔力を持った人間がいたとする。そしてその者が人間の姿、在りようをずっと保っているなら、私はその者を〈賢者〉と呼ぶだろう。それだけ願望や力を抑制できるということだからね。至難の業だとは思うが。無意識の願望まで抑えきれる者がいるだろうか」


 興味深そうに俺の目を見るサイトウ。


「しかし、すぐにそんな発想になるとは。アラタ、もしかしてなにか心配事があるんじゃないかい?」


 そんな面白がってる顔のヤツに明かすかよー。




「いきなりお邪魔して質問ばかりで申し訳ないのですが」


 退屈して目が閉じかけのレティネ。

 ヤマダは大人しく俺たちの話を聞いている。


「かまわないよ。なにが知りたい?」

「魔法属性についてなんですが。この属性というのは、どうやって決まるんですか。生まれつきのものですか」

「うむ。すべての人はいずれかの神に見守られてこの世に生まれてくる。その際、神が任意に魔法的資質である属性を与えると考えられている。古来よりそうとされてきたし、経験的にもそれが事実と受け入れられているね」


 一応は神授のものと考えるのか。


「すると、後天的に属性が変わったり、新たに属性を得たりすることはないんですね?」

「かなり年齢を重ねてから魔法に目覚める例はあるよ。ただそれは、自分の資質に気付いていなかった、知る機会がなかった、ということで説明できる程度のことだ。属性が増えることもあるが、これも新しく追加されたわけではなく、もともと持っていた、と解釈されている」


 何かのきっかけで魔力が増えて、ある日突然魔法が使えるようになったりするんだろうか。


「これについては私も経験則以上のことは分からない。神がいかなる采配で属性を割り振っているのかは調べようもないからね。――知っているかい? 火属性に優れた親でも、その子は水属性だったりする。顔かたちや性格と違って魔法属性は遺伝されないんだ。だからこそ神が気まぐれで与えていると信じられているんだが」


 ランダムに与えているとは知らなかった。

 それじゃ、代々火魔法の達人、みたいな家系はないのか。属性がバラバラなら強力な魔法使いの血統とか生まれにくいだろうし。

 神々は魔法という便利な能力を与えてはいるけど、それが強化され過ぎないように抑制してたりするのかな。


 あれ?

 生まれるときに魔法属性が決まるなら、この世界で生まれたわけじゃない俺には属性はないってことか。属性がなくてまともな魔法は使えないのに魔力だけはムダに大量とか、ちょっと悲しいな。

 いやいや、〈威圧〉だって〈魔力糸〉だって十分強力じゃないか。凄く魔法っぽいし。魔法気分だし。


「属性というのは、どれくらいの種類があるんですか? 主だったものしか知らないんですが」

「火、水、風、土、光、くうの六つだね。最後の空は時空属性のことだ。四方位を火、水、風、土に当てはめる。そして上方が光、下方が空になる。――水属性の上位に氷属性、土の上位にこう、光の上位に聖、下位に闇、なんて細分化もされているが、基本的に上位も下位も同じものだ。術者の得意魔法によって呼び分けているだけだね」


 現代人的には突っ込みたくなるロマン分類だ。こうあるべき的な。

 もっとも、振動属性や流体属性とかにされても仕方ないけど。


「ふふふ。納得してない顔だね。ずいぶんと表層的な区分だと思うだろう? けれど〈属性鑑定〉をすれば必ずこの六つに収まるんだよ。不思議なことにね」


 それって鑑定が無理矢理六つに振り分けてるだけだったりして。

 もしくは、火や水という名称が属性の一部しか表していないとか。


「鑑定はどのように」

「魔法陣を刻んだ鑑定符を使うか、鑑定魔法を使える者が調べるよ。安上がりだから鑑定符がほとんどだね」

「属性があり魔力もあった場合、魔法の訓練はどうやるんです?」

「師が見つけられれば弟子となって教えてもらう。魔法学校に入ってもいい。この街にもあるよ。大金が必要だがね。平民向けには私塾もいくつかあるよ。優れた者なら奨学制度もあるから本格的に魔法を学べる。魔法使いとしての出世も望めるだろう」


 ここの領主は人材をムダにしないらしいしな。

 大森林に接する領地。魔物対策やら開拓やらで有能な者が常時必要なんだろう。


「サイトウ様は、鑑定の魔法をお使いになるのですか?」


 百十一歳のエルフは、すっと目を細める。


「どう思う?」

「――お使いになれないのでは? できるならもう使っているかと」

「ふむ。〈鑑定〉は鑑定された者にも違和感が伝わるからバレやすいんだ。――ずっとアラタの隙を窺っているんだが、君は魔力が乱れないにも程があるぞ」


 魔力の乱れに乗じて〈鑑定〉を掛けるつもりだったということかな。

 ブラフかもだけど。

 この人が信頼できるか、まだ分からない。伯爵とも親しいようだから表立って敵に回ることはなさそうだけど、俺たちの能力が伯爵に筒抜けになるかもしれない。まあ、後見してもらっているんだから、俺たちもとっくに伯爵サイドなんだけどな。

 それに今は俺も〈魔力糸〉は使っていない。奥の手の一つだから気付かれるかもしれない相手には無闇に使えない。


「警戒は大切だよ。年長の怪しいエルフとただ者じゃない冒険者の出会いだ、お互い慎重にもなるさ」


 目が笑っているサイトウ。


「そうだな。君たちが望まないかぎり、勝手に〈鑑定〉を使わないと約束しよう。どうもアラタたちとは、よい関係でいたほうがいいみたいだ。そのほうが安全のようだし、面白そうだ。――精霊がそう囁いている」


 最後にエルフっぽいこと言ったって騙されないんだからねっ。


 むしろサイトウが信用できるなら、ぜひ鑑定をしてもらいたい。

 以前は教会で鑑定してもらうつもりでいたけど、おかしな結果が出て教会サイドで動かれるのは怖い。異端審問とかあったりして。杞憂かもしれんけど。


 そこまで勿体つけておいて、属性皆無で安全認定されたら泣けるけどな。


「では、これはその約束のお礼ということで――」


 俺は後ろ手に収納の腕輪を複製し、テーブルの上、サイトウの前に置いた。


「うん? これは魔道具かい?」

「はい。収納の腕輪です。最大容量は一辺四メートルの箱くらいですね」

「なっ!? それほどの物なのか!」

「迷宮でいくつか見つけました。俺たちも便利に使っています」


 サイトウは熱心に腕輪の細部を調べている。さすがに食い付きがいい。


「実に精緻な陣が刻まれている。どれだけ多重になっているのやら。この魔石の台座部分が本体だな。ここを外せば腕輪以外の――いや、腕輪から魔力を供給する仕組みか。なるほど――」


 的確に分析していくサイトウ。

 そして躊躇いもなく左腕に嵌めてしまう。思い切りよすぎ。

 さっそく魔力を流している。


「おおっ! こうすれば中を確認できるのか。そして、触れるだけで収納、と。うん、素晴らしいな」


 ソファに載っていたクッションを出し入れしている。

 魔法の鞄より容量は大きいし、腕輪だから洒落てるよね。


「ふふふ。これほどの礼とは。アラタの秘密は思ったより大きいようだな」


 気に入ってくれたようでなによりだ。


 これは、俺たちが使っている腕輪と同じものだが、表面のレリーフ装飾の一部が変えてある。こうすることで他の腕輪と区別して認識できる。つまり視認しなくても離れた場所から消去できるのだ。これはいろいろ実験して分かったことだ。

 収納の腕輪を破壊すると中身がすべて外にこぼれるが、消去すると中身も一緒に消えてしまい永遠に失われる。

 もしサイトウが俺たちの敵になったら腕輪を消去できる。中身によっては悲惨なことになるだろう。これは保険というよりイタズラだ。もちろん実際にやるつもりはないけど。

 便利な魔道具を存分に活用してもらいたい。




「そういえばな、勇者がこの街に来るらしいぞ」

「はい? 勇者、ですか?」


 帰り際にサイトウが漏らす。


「ああ。神聖国選出の勇者がやって来る。調査と視察にな。魔族の襲撃があったからな。わざわざご苦労なことだ」


 もう魔族はいないのに。今更だよな。


「気をつけろよ、我が友アラタ。ふふふ」


 友じゃねーし。意味ありげに笑ってるし。




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