077 マイペースからまたはじまる異世界冒険者生活
夜道を馬車で送ってもらい〈ユリ・クロ〉に帰ると、またまたマヤさんの熱烈ボディチェックを受けた。ちゃんと生きて戻りましたよ。心配かけてすみません。
さっさと風呂を済ませてベッドに倒れ込む。
さすがにクタクタだ。気分的に。
なぜか全員がレティネのベッドに入っていたが、それをどうこう言う間もなく意識を手放した。
◇◇◇
「おはようございます、オーナー。首はついてますね」
「ご無事でなによりです。オーナー」
「なんとかねー」
店員のポーラとシースが来て開店時間になる。
午前中は下請けのお針子さんから戻された荷の搬入や、革工房から委託される商品の入れ換えなどを手伝う。午後は食材の買い出しと、レティネに手を引かれての露店チェック。ヤマダもすっかり街に慣れたようで買い物もスムースだ。
冒険者ギルドに顔を出す。
オーク調査の査定が済んでいたので報酬を受け取る。数が多かったうえに調査から討伐までを完了させたので、かなりの金額になった。三人で等分に分ける。うん、これは冒険者パーティーっぽい。
「アラタさん」
剣術の講習でも受けてみようかと掲示板を見ていると、猫耳さんがわざわざカウンターから出てくる。
「支部長がお呼びです。こちらへ」
「じゃ、ヤマダとレティネは待っててね。遠くへ行くなよー」
「はいです」「はーい」
「おう。入れ」
バシス支部長のセッラが書類から顔を上げた。
開封した手紙と地図らしきものが机に置かれている。
「オークの件はご苦労だった。〈根の森〉については別に調査料が出せると思うが、時間がかかるのは覚悟してくれ」
「分かりました」
「早速だが、冒険者ギルドバシス支部は、Eランクパーティー〈パパ〉に指名依頼する。リグラの町へ向かう調査隊に同行しこれを護衛すること。ぜひ受けてもらいたい」
「指名依頼って、断れるんですか?」
「ああ。嫌々仕事されても仕方ないしな」
よかった。堅苦しい仕事なら断ろう。
「では、詳しく」
「ここから四日の距離、バスキニ湖畔にリグラの町がある。その周辺に見なれない魔物が出没している。弱い魔物ばかりだから、すでに現地に入っている冒険者と領軍の守備兵で対処しているが、数が減る様子がない。――それと、魔物が現れるようになってから湖水温が下がって魚の不漁になっている。関連があるか分からんが、この時期に水温が下がるのは初めてだそうだ」
支部長は広げた地図の該当部分を指で叩く。
「魔物の増加ということで領軍省もすでに対応している。先日の魔族襲撃のこともあるから軍も動きが速い。できれば任せてしまいたいんだが、周辺の村からの討伐依頼が集中している。冒険者ギルドとして何もしない訳にはいかん」
「こういう大量発生はよくあるんですか?」
「もともと魔物の集まるような場所じゃないはずだ。おかしなことが起きてるのは間違いない。狩っても狩っても減らないなんてのは普通じゃないな。――実は調査隊と護衛の冒険者パーティーはすでに手配済みだ。お前たちは、保険代わりの追加依頼だな」
「俺たちで保険になりますか?」
「お前たちには普通のパーティー以上の殲滅力があるだろ。そして子連れだけあって、稼ぎに目がくらんで無茶をするようなこともない。とにかく、ヤバそうなら見て帰って報告するだけで構わん。可能なら調査隊に協力しろ。ただし無理をする必要はない」
よく見てるな支部長。うちのパーティーはレティネが基準だ。レティネが危険なら即撤退する。
「どんな所なんです、リグラの町って」
「町の外れに砦があって領軍が二百ほど常駐している。冒険者ギルドは町の規模からするとちっぽけだ。魔物関係の依頼もほとんどないような所だからな。これまでは」
「そうじゃなくて。魚が美味しいとか」
「食い物の話かっ!」
いや、重要なことだろ。
「そうだな、ヤマメや蟹。果樹では梨、葡萄だな」
「出発は?」
「明後日。早朝。東門外に集合だ」
「分かりました。依頼をお受けします。ヤマダとレティネの考えも確認しますけど」
「助かる」
〈ユリ・クロ〉に戻ると、待っていたかのようにパストルが現れ、大金貨の詰まった袋を置いていった。主よりの感謝の気持ち、とのことだ。
シルテアのことは俺たちを後見してもらうことで相殺したはずだけど。これは家宝のミスリル剣の分なのかな。
貸し借り無しにしないといけないのは大変だな。俺たちだって後見してもらってるんだから、伯爵に何か頼まれたら断れない。後ろ盾が大きいってことは怖いことでもある。
今回の依頼で楽しみなのは、リグラの町が保養地なことだ。
夏は湖で泳いで遊べるそうだ。風光明媚。富裕層の別邸とかもあるらしい。
これは猫耳さんに聞いた。支部長め。カタい話ばかりしやがって。ここ大事だろ。
「マヤさん。水着ってありますか?」
「――!!!」
途端に、マヤさんが両頬に手を当て口をパクパクさせる。某北欧画家の有名作品を彷彿させる。
「そんなものありません! この世界にはありません!」
目の光まで消えている。
「どうしたんですか、マヤさん」
「あれは、あれは水着じゃありませんよ。――アラタさん、ドロワーズはご存知ですよね? いわゆる、かぼちゃパンツですが」
「あ、はい」
レティネも使ってるし。
「あれを上へ上へと延長して、首のまわりで縛ります。それがこの世界の水着です。しかも男女共用です。あんなのは水着じゃないです。あれは、落花生の着ぐるみです」
「そ、そんな――」
そんな罰ゲームのような水着しかないのか。
「もし元の世界のような水着を着ていたらすぐに捕縛されます。風紀擾乱罪が適用されます。こちらでは扇情的な下着扱いなんです。男性用もですよ。――そして、なぜかこんなときだけは、警ら隊や巡回兵も熱心に働きます」
まあ、面白がってるんだと思う。
「そのくせ全裸だと、湯浴みしていた、身体を洗っていた、という言い訳が成り立つんですよ。これ、おかしいですよね」
プールで水着はよくても下着はダメ、みたいな感じなのかな。元の世界でも、下着っぽい水着や、水着っぽい下着の区別は難しいよね。TPOって考え過ぎるとかえって分からなくなるし。
「この世界では、全裸か落花生かの二択です」
なんと。ヌーディストビーチか着ぐるみビーチしか選べないのか。
ずいぶんマニアックな世界だったんだな、ここ。
ふと、全裸女神マールヴェルデを思い出す。もはや懐かしい。
とくに水着に拘りはないけど、うっかりわいせつ行為で捕縛、領主メダル強権発動で釈放、とかだと恥ずかし過ぎる。
でも、俺たちのパーティーは全裸もアリなので、意外に大丈夫かも。
◇◇◇
翌日は、以前約束していたカタツムリの魔物〈コクレア〉の殻を職工ギルドに納入した。虹色に輝く真珠のように美しい殻だ。
今回はマヤさんと俺だけで、レティネは留守番。収納の腕輪を使って運んだ。五個の殻はすべてこちらの言い値で売れていた。希望者をギルド側で絞り込んでくれていたようだ。代金はマヤさんのギルド口座へ。取引は無事に完了した。
「隣を買い取る話も、もう値段の交渉に入っているそうですよ、アラタさん」
〈ユリ・クロ〉の右隣には家具店の倉庫兼事務所がある。以前は店舗だったらしく〈ユリ・クロ〉より間口が広い。
今は南東街区の環状路に大きな店を構えているため、こちらは事務所としても倉庫としても機能していないそうだ。俺も誰かが出入りしているのを見たことがない。
これを俺たちの拠点にできないかと、マヤさんを通して代行業者に購入を打診してもらったのだ。もし手に入ったら、表向きは何かの商売をしても面白そうだ。〈ユリ・クロ〉としても隣で閑古鳥が鳴いてたらイメージがよくないし。
領主の後ろ盾をもらえたので、それほどコソコソしなくていいのかもしれないけど、やっぱり秘密基地はロマンなのだ。
「今度の仕事は十日以上掛かると思いますけど、機会があれば転移の魔道具でこっそり戻ってきますから驚かないでくださいね」
「毎晩戻っていただいてもいいんですよ」
「他の冒険者の目もありますから、それはさすがに――」
レティネとヤマダは、もうひとつのベッドで寄り添って眠っている。
仲のよい姉妹のようだ。
「でも、くれぐれも気をつけて――ください――ね」
「――はい、――もち、ろん――です」
◇◇◇
翌朝。明るくなる前に〈ユリ・クロ〉を出て東門に向かう。
街の東側なのでかなり距離があるのだ。
北東街区を横切るうちに朝日が街並を照らしだす。
「おはようございます。オルテリさん。みなさん」
先に東門外に来ていた冒険者パーティーに挨拶する。
十日ほど前に俺と試合をしたCランクパーティー〈黎明〉の四人だ。
「やあ、おはようアラタくん。こんなに早く一緒に仕事ができるとは思ってもいなかったよ。あれから大活躍みたいじゃないか」
大剣を背負ったオルテリが笑顔を向ける。盾役の大男ユアマルと犬耳の槍使いペラス、魔法使いのカーリも頷いている。
「いえ、そんなことはないですよ。俺たち護衛の仕事は初めてなのでよろしくお願いします」
「お前らが〈パパ〉か? 本当に子連れとはな」
停めてある二台の馬車の陰からガタイのいい男が出てくる。右耳が半分欠けている。かなりのベテランのようだ。
「オレはBランクパーティー〈モスム〉のリーダー、モスムだ。支部長から聞いてる。子連れだからって舐めるなとな。ハハハ。期待してるぞ」
頬に入れ墨のあるスキンヘッドの男と、弓使いがいる。三人のパーティーらしい。
「Eランクパーティー〈パパ〉のリーダー、アラタです。そして、レティネとヤマダです。よろしくお願いします」
ダメだな支部長。根回ししちゃうなんて。分かってないよ。
ここは『子連れにできる仕事じゃねえぞ。はあ? Eランク? ふざけるなっ! 聞いてねえぞ!』とかいう展開がお約束なのに。
「あとは、来てねえのは〈巨塔〉のアホ共か? まあいい、あいつらは置いて行くか」
「待てよジジイ。今アタシのほう見たじゃねーか。無視すんなよ」
東門から三人の男女を従えて、のしのしと歩いてくる巨体。女の人だ。いろいろデカい。胸とか、尻とか。担いだ棍棒に鉄球がぶら下がっている。フレイルという武器だろう。迫力満点だ。
「いや。遅いから怖じ気づいたかと」
「はっ? なわけないだろ。女の支度は時間がかかるんだよ。それよりアンタが調査隊長ってのが不安しかないね。アンタ、字が書けたっけか?」
「おい、リドリン。オメエが鼻っ垂れのころに、釣り銭の数え方まで教えてやったモスム様に、よくそんな口が利けるな。図体ばかり――」
「はいはい、もういいでしょう。挨拶はそのへんで」
今まで空気だった中年のギルド職員が手を打ち合わせる。
「お伝えしてある以上の追加情報はありません。領軍も動いていますので、もしカチ合うようなことがあれば領軍を優先してください。有意な調査結果を期待しますが、手に負えない場合は無理せず引き返してください。――では、お気を付けて」
モスムの采配で冒険者たちは二台の馬車に分乗した。俺とレティネとヤマダは、オルテリたち〈黎明〉と同じ馬車に乗り込む。
「あの、オルテリさん――」
「ああ。分かるよアラタ君。おかしいよねこれ。調査隊の護衛ということだったのに、これじゃ全員が護衛だよね。支部長がどんなつもりか分からないけど、お互いを守り合うことになるのかもしれないね」
俺たち総勢十四人の冒険者は、一路リグラに向けて出発した。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ストック分が尽きましたので一日一話ペースの更新はここまでになります。
投稿間隔が空いてしまうこともあると思いますが、これからもよろしくお願いします。
レティネ「ま、まだつづくんだよー」




