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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第8章 領主
73/256

073 見ている者と見られている者がいるらしい




 冒険者ギルドの買取りカウンターで、フクロウの魔物〈ゲイゾール〉四羽を換金する。銀貨四枚になった。安いな。

 オークの群れの調査討伐報酬は詳細を算定してからになる。

 ヤマダとレティネはギルドの土産売り場で新商品チェック。俺は伝言板と依頼票を軽く確認する。そして、遅いランチを食べにレストラン〈酒迷宮〉へ。


「初仕事の成功おめでとう、ヤマダ」「おめでとー」

「ありがとう、です。お二人のおかげ、です」


 冷えた白ワインで乾杯する。レティネは果実水だ。

 安酒だけど凄く美味く感じる。今はたっぷり冒険者気分に浸ろう。

 フードを取ったヤマダも満面の笑みだ。美形オーラが放出されると店内が一瞬静まるが、すぐに熱気のある喧噪が戻ってくる。


 季節限定のマス料理を食べてみる。近くの湖で獲れるそうだ。シンプルな塩焼き風の上にナッツやベリーを合わせたソースが掛かっている。食べたことのない味だ。焦げ具合もいい風味になっている。ヤマダとレティネも気に入ったみたいだ。

 品書きに〈エルフケーキ〉というのがあったのでデザートに頼んでみると、前回ヤマダとレティネが食べたカスタード味の焼き菓子だった。


 まさか、ヤマダが来るたびにエルフの名を付けたメニューが増えるのかな。



 ◇◇◇



「あ、アラダざぁ〜ん!」


〈ユリ・クロ〉に入るとマヤさんに抱きつかれた。

 めちゃくちゃ激しいハグだ。泣いてるし。

 なんでも一昨日、俺たちの幻を見たという。俺たちの身に何か起きたのかと凄く不安だったらしい。あのときの人影はマヤさんだったのか。でもマヤさんの側からもぼやけて見えたはずなのに、よく俺たちだと分かったな。


「とうとう店長が幻覚を見るようになったかと。お店もオシマイかと思いましたよ」


 店員のポーラが酷いことを言う。

 思わぬ心配をかけたみたいだ。転移の魔道具のこともちゃんと説明しないと。

 三人とも無事に過ごしていたことを話してマヤさんをなだめる。


「そう言うポーラちゃんもヘンなんですよ」


 居住階に上がり、コーヒーをいれてくれたマヤさんがぼやく。


「うちの店を毎日見張ってる人がいるって言うんです」

「見張る?」

「気のせいだと思うんですけどね。ポーラちゃんはあれで案外細やかなところがあるんですよ」


 ポーラによると、通りの斜向いの建物の陰にいつも立っているそうだ。毎回違う人物で店には近寄らない、顔もこちらには向けないそうだ。ポーラが見ていると、しばらく間を置いてからいなくなるという。きっと何か調べているに違いないと。


 それは――気になるな。

 ありそうなのは、ヤマダの美貌に目を付けた誰かが見張らせているのかもだけど、レティネや俺の可能性もある。レティネの事情がらみだと厄介だ。

 俺の場合だと恨みとかかな。覚えがないような、あるような。もしそうなら俺以外の誰かが危害を加えられるかもしれない。あまり暢気に構えないほうがいいかも。

 次に見かけたらすぐに教えてくれるようポーラに伝えておいてもらおう。


 俺も店のまわりに〈魔力糸〉を展開しておく。



 ◇◇◇



「オーナー。来てますよ、来てます」

「えーと、向かいの金物屋の右側、裏路地から半身だけ見えてる若い男?」

「そうです。よく分かりますね?」

「え。そりゃ、ほら、冒険者だし」


 翌朝の開店まぎわ、ポーラが知らせてくれた。

 ポーラも俺も男の方を見ていない。ポーラは姿見に映して、俺は〈魔力糸〉を男に貼り付けている。男も顔は大通りの方に向けていて〈ユリ・クロ〉に注目している様子はない。男の魔力は普通の範囲内。魔法使いではなさそうだ。身体能力に優れているわけでもない。若いだけだ。

 人待ちしているように見える。演技かもしれないが。

 怪しくないのがかえってアヤしい。なんかこれじゃあ、ただの言い掛かりみたいだ。だが、ここはポーラを信じよう。


「ちょっと行ってくるよ。皆は普通にしててね」

「気をつけて、くださいね」


 マヤさんが心配顔だ。


「深追いはしないですよ。無理はしません」


 話を聞くのが前提だし。拷問とかしないし。

 しないし。


〈ユリ・クロ〉を出て、あえて男の反対側、大通りの方に歩きだす。男が俺の背中を追って身体の向きを変えるのが分かる。やっぱり見てはいるようだ。

 俺は小走りで通りを横切り、いきなり反転して男に近付いていく。

 男は何気ない様子で裏路地に隠れる。これはクロだな。


「なあ、ちょっと待ってくれないか」


 後ろから呼びかけると、男は路地の奥へと一目散に走りだした。

 いや、ここは逃げちゃダメだろ。いったい何の用だ、ってトボケるところだろ。これじゃ怪しいヤツだって白状しちゃってるし。

 魔力を操作して動けなくすることもできたが、俺はそうしなかった。


 もうひとりの男が近付いていたからだ。

 俺が若い男を追い始めたとき、〈ユリ・クロ〉の隣の宿屋から出てきたのだ。〈魔力糸〉を貼り付けると、かなりの魔力を持っているのが分かった。身のこなしも玄人っぽい。


 今度は俺が後ろに回られていた。

 どうしよう。路地の奥で無力化しようか。でも誰かに見られると不味いな。

 しかし、逡巡したのがよかったのかもしれない。けっきょく俺の力を見せずに済んだのだから。


「おはようございます。アラタ殿ですね?」


 振り向くと、厳しい顔に穏やかな笑みという、なんとも対応に困る表情の壮年の男がいた。


「お初にお目にかかります。私はパストル。領主セーサル・リューパスの配下ヴァレットでございます」


 これは面倒だな。

 思ったより大物だった。領主絡みとは。


「はじめまして。Eランク冒険者のアラタです」


 なぜ俺のことを知ってるんだろう。


「領主様の配下の方が、何か御用でしょうか?」

「まことに失礼ながら、アラタ殿を調べさせておりました。主もたいへん関心を寄せておりますゆえ」


 身に覚えがないんだけど。表向きは。

 流れ者の新人冒険者で、子連れでエルフ連れで、ちょっとヘン、なくらいだろ。悪目立ちはしてるかもだけど。領主自らが、おい若僧、チョーシこいてんじゃネーぞと絡んでくるほどじゃないはずだ。


「いつから、その、見張っていたんですか。店だけですか?」

「私がこちらに出向きましたのは、今日が初めてでございます。昨日アラタ殿が戻られたということでしたので。――おたなのほうは街で手配した者共に様子を見させておりました。――主がアラタ殿に興味を持ちましたのは、七月の旬祭の頃ですね。それまでは要観察者のお一人に過ぎませんでしたが」

「要観察者、というのは?」

「入領や入市の際に、身元や目的が不明の者の総称でございます。かなりの該当者がおりますので、それぞれを詳細に調べることはありませんし、犯罪や利敵行為がないかぎり、とくに咎められたりするものでもありません」


 やはり、魔族領との境界域からぶらりと現れたうえに出自不明じゃ、要注意人物になるのは仕方ないか。


「アラタ殿には不審、いえ、不明な点が多々ございますね。今回のお仕事でも、私共の手の者を振り切られたようで。――かなりの手練てだれを向かわせたのですが」


 て、つけられてたのかよ。

 しかしこの人も悪びれないな。支配階級側の人は皆こんな感じなんだろうな。


「それで、これからどうするんです? 俺を捕まえますか?」

「これは申し訳ございません。少々不躾なもの言いになっておりました。アラタ殿に咎めのあることではありません。――主とお会いいただく場を設けますので、是非おいでいただければと。本日はそのことをお伝えに伺ったのでございます」

「領主様が一介の新人冒険者に直接会うなんて。失礼ですが、おかしくないですか?」

「おっしゃる通りでございます。ただ、主にはそれだけ思うところがある、としか」


 俺の力が知られているなら関心を持たれても仕方ないが、そうでないなら、さっぱり理由が分からない。


「後日お知らせいたしますので、勝手ながら数日の間は街からお出になりませんように。また、ヤマダ様とレティネ様も同伴でお願いいたします」


 はい?

 どうして?


「冒険者パーティー〈パパ〉としても覚えがよろしいようでございます。お一人ずつお招きするのも、かえってお手間を取らせることになりましょう」


 領主が新人冒険者パーティに注目するなんて、それこそありえないだろ。

〈威圧〉の魔力が漏れ出すのを、なんとか抑える。俺は思ったより動揺しているようだ。おかげでパストルに上手く返事をすることができなかった。

 黙り込んだ俺をパストルは青灰色の瞳で興味深そうに見ている。


「それでは、これにて失礼いたします」


 綺麗な礼をしてパストルは去った。大通りに待機させていた馬車に乗り込んだようだ。


 俺だけならともかく、レティネとヤマダまで招く真意はなんだろう。


 ヤマダについての対処は割と簡単だ。面倒になりそうなら故郷に逃がしてやればいい。一番トラブルの種になりそうだが解決も単純だ。搦め手を使われる前に速攻で逃げる。今のヤマダの実力なら逃避行も可能だろう。迷子にならなければだけど。


 レティネの場合は難しい。

 人間側だとレティネはどんな立場なのか。レティネの正体を知っている者がいた場合、魔族に奪われないように監禁するのか、安全のため殺してしまうのか。積極的に利用しようとするのか。権力者がどう考えるかが分からない。レティネが笑って過ごせるイメージがまるで浮かばない。


 仲よさそうな三人だから是非ご一緒にどうぞ、みたいな気のきいた話ならいいんだけど。そんなわけないよな。

 逃げたいところだけど、マヤさんたちを置いて行けないしな。パストルがここまでやって来たのも、〈ユリ・クロ〉の皆を仲間とみなしているからだろうし。




「なんともないですか、アラタさん?」


 マヤさんが駆け寄る。

 いや、目の前の通りを渡っただけでダメージ負わないよ。表情は冴えないだろうけど。


「領主のリューパス伯に招かれた。後で日時を知らせてくるそうだよ」

「「「ええー!!!」」」

「ちょっと、オーナー、なにやらかしたんです?!」

「――俺が訊きたいんだけど」


 ポーラの疑問はもっともだ。俺は何をやったんだろう。

 職員室に呼ばれたものの心当たりがあり過ぎて対策が立てられない、かといってこちらから切り出すわけにもいかない、って感じだ。


「いえ、さすがに領主様も首を刎ねるために、わざわざ呼びつけるなんてしないですよ。むしろご褒美をいただけるのでは?」


 シースは冷静だ。言葉はブラッディだが。確かにその線もあるかもなのだ。素直に頷けないが。


「では、いろいろ用意しませんと。レティネちゃんとヤマダさんもですか? これは腕の見せ所ですね。ドレスメーカーとして妥協はできませんよ!」


 一番心配するかと思ったマヤさんが、自分の世界に入り込んでいた。

 冒険者として呼ばれてるんだから、いつもの格好でいいんじゃないかな。正式な謁見とかじゃないと思うよ。堅苦しいのは遠慮したい。


 こっちの世界のTPOとか礼儀作法とか、――あれ、何にも知らないし。




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