071 ゴーレムが仲間になりたそうにこっちを見ている
まだ心配そうなレティネをなだめながら朝食をとる。
土の精霊ロアムは寝ているので静かだ。とくに魔力を吸われてる感じもない。
〈神力〉については俺自身も認識できないので、どれだけ食われてるかは分からない。
精霊の生態については木の精霊ドライアドしか知らないけれど、急激に魔力を消費するような存在ではないはず。ゆっくりと効率的に環境に作用するような力を使うはずだ。急に体調が悪くなることはない、といいな。
「ヤマダ。今日は休みにしたいんだけど、いいかな?」
一応今回はヤマダのお仕事ということで、お伺いを立てる。
「わかりました、です」
オーク調査はもう済ませてるしね。
◇◇◇
「うーん、――さっぱりだ」
家の外で、先日バシスの街を急襲した魔将スタルトの装備を〈ポケット〉から出してもらった。脱ぎたて感の残る、丈の短い袴に似たズボンと、肩当て胸当て付きの革ベストはどうでもいいとして、明らかに魔道具らしきものは六つ。
スタルトが首から下げていた、小さな浅いバケツみたいな形のゴロンとした物。四本の腕に嵌めていた四つの腕輪。穂先が三叉に分かれた銛。これらがはっきりと魔力を含む、あるいは放出している道具だ。他にも魔石の嵌った指輪がいくつかある。
どんな用途の魔道具なのか見当も付かない。
「ヤマダ、どれがどういうものか、分かる?」
「――だめです。おら、わからない、です」
無茶振りにもかかわらず、ヤマダはひとつずつ手に取って考えている。やはり見たことのない物ばかりのようだ。
魔力を込めて使ってみればいいのだが、さすがに危険だろう。
『おーい。ロアム、起きろー』
『――――』
〈威圧〉する。
『――キャッ!?』
『ちょっと見てもらいたいんだけど』
『アラタヒドイ。オドスヒドイ』
勝手に人の中に居着いてる方が酷いよ。しかも寝まくりとか。
『コレハ、カギ。デグチミエル、ミエル。トオクガミエル』
ロアムは、名称までは分からないものの、どういう魔道具かは判別できるみたいだ。魔法特性をかなり詳細に感知できるらしい。そのあたりはさすが精霊だ。
取っ手のある浅いバケツ型の魔道具は、何かを覗き見る、鍵、なのかな。望遠鏡だったりして。直径は二十センチくらいだけど、底一面に精緻な魔法陣が刻んである。
『コレハ、ヒヲホノオニ。モエサカル』
火を炎に。腕輪のひとつは火魔法の威力を増幅するものだ。
『イレル、ダス。タメル、タマル。ハコブ』
おっと。こっちは収納の魔道具かな。だとすればぜひ使いたい。なんちゃって収納ブレスレットをお役御免にできる。この腕輪には魔石がひとつ嵌め込まれている。
残りの腕輪は、風魔法強化と魔力貯蔵の魔道具らしい。
風魔法の腕輪はヤマダに使わせたい。貯蔵の腕輪は大魔法用の魔力バッテリーだろうか。魔石がぐるりと並んでいて悪趣味なくらい派手な意匠だ。
ただ、どれもサイズが大きい。魔将スタルトの二の腕は俺の太腿より太かったようで、そのままでは装着できない。腕輪の内側から持ち主の魔力を吸い上げる仕組みらしく、ピッタリ嵌らないと使えない。装着者に合わせてサイズが変化するファンタジー仕様じゃないようだ。
ならばと、収納の腕輪と風魔法強化の腕輪を、俺とヤマダの腕に合わせて縮小複製した。ヤマダに合わせて縮小した〈跳靴〉もちゃんと機能してるから、たぶん大丈夫だと思う。性能が多少劣化するかもだけど。
「先にこっちを試してみるから、ヤマダはちょっと待ってて」
俺は袖をまくり、複製した収納の腕輪を左腕に着け、魔力を少しだけ流してみる。
『こんな感じでいいのかな?』
『ソンナ、カンジ』
左手の先に円形の揺らぎが現れた。その内側が収納空間みたいだ。中は空っぽだ。中身までは複製できなかったようだ。
拾った石を右手で円形の空間に入れようとすると突き抜けてしまう。
左手で石に触ると、フッと消えて、収納空間に入ったのが見えた。次々に大小の石を収納してみる。腕輪自体の重さは変わらない。
左手を振ったり捻ったりすると、ルーレットみたいに中の映像が切り替わって収納物を選択できる。ちょっと拍子抜けの俗っぽいインターフェースだ。収納数が増えると面倒かも。そんなに容量はないのかもしれないが。
そのまま触れるような仕草をすると取り出すことができた。
「そこそこ使えそうかな」
容量の上限や収納時の状態がどれくらい維持されるかは、使ってみないと分からない。レティネの〈ポケット〉並ということはありえないだろうし。
収納の腕輪を外し、放り上げる。
地面に落ちる前に〈矢筒剣〉で両断した。
空間が揺らいで収納した石がすべて散らばる。魔道具が壊れると中身がぶちまけられるようだ。異空間に消えてしまうことはないらしい。
「速いな」「おー」
ヤマダの放った矢が、風魔法で急加速、大森林のはるか彼方へと消える。
速度も射程も段違いだ。
風魔法の腕輪もヤマダなら使いこなせそうだ。
「どんな感じだった? 魔力は大丈夫?」
「凄いです。かなり、威力あがる、です。魔力も足りる、です」
収納の腕輪もヤマダサイズで複製して渡す。
「こっちの腕輪もあげるから使ってね。でも魔力切れには気を付けるんだよ。ヤバい感じがしたら外すように」
これは冒険者にはありがたい装備だ。射手は矢が消耗品だから、これを使えば大量のストックを持ち運べる。
三叉の銛は、魔力を流すと刃先が一メートル以上伸びる仕掛けになっていた。
ただそれだけなので死蔵することに。使い道が思いつかないしな。
いよいよバケツ型の魔道具だ。
たぶんこれが本命のはず。
俺は魔道具の取っ手を右手で握り、前へ突き出す。魔力を注いでいく。
『モット、アラタ、モット、モット』
底面に刻まれた魔法陣が青く輝き出す。
その光に照らされるように景色が浮かび上がる。ちょうど映像のフォーカスが合っていくみたいな感じだ。すでにかなりの魔力を注いでいる。腕輪の魔道具とは桁違いの量だ。
「あれ? 〈ユリ・クロ〉かよ!」
よく知っている店内が見えた。これって現在の〈ユリ・クロ〉なんだろうか。俺の脳内イメージとかじゃなくて。人影が見えるけれど、なんだかブレブレで誰なのか判別できない。動いてるものは見えにくいのかな。
これは、覗き見の魔道具?
そんなわけない。俺の予想どおりなら、これこそが転移の魔道具のはずだ。
しかし〈ユリ・クロ〉で実験するのは危険だ。どこかもっと近くの手ごろな場所はないかな。上手くいかなくてもすぐに戻って来れるような場所は。
根の魔物を退治した空き地にしよう。あまり行きたい場所じゃないけど、誰にも迷惑がかからないし。
景色を強く思い浮かべると、荒涼とした森の一画が浮かび上がる。
距離が近いせいか像がハッキリしている。
窓が広がるように森の景色が拡張していく。映像の周囲は光が屈折して暗くなっている。
そよ風が吹き付ける。
情景が実体を持ったようだ。こうなると魔道具を動かしても景色は揺らがない。
これが転移門ということだろう。このまま飛び込めば転移できそうだ。
踏ん切りが付かないでいるうちに、景色はふたたび揺らぎ、掻き消えた。
さすがにいきなりはちょっと怖いよな。いしのなかにいる、だと笑えない。
『ロアム。あれでよかったのか?』
『カギ、アイテタ。チャント、ヒライタ』
じゃあ、もう一度だ。
大量の魔力を一気に注いで森の空き地を映し出す。
景色が安定するのを待って、思いきって飛び込んだ。
「――!」
一瞬、軽い抵抗を感じる。
景色は一変し、荒れた森になっていた。
転移は成功みたいだ。とくに気分が悪いようなこともない。
――ふう。
緊張が解ける。
振り返ると転移門が消えていく。
これが自在に使えるようになれば移動が飛躍的に速くなるな。
たぶん一度行ったことのある場所か目視できる位置に限られそうだけど。
半端ない量の魔力が必要なので、おそらく俺かレティネでないと扱えない魔道具だ。並の魔法使いだと映像を浮かべることもできないだろう。
ふたたび魔道具を構え、岩山の上、露天風呂を思い浮かべて像を作る。
すかさず門に飛び込む。
「おぉ!」
ちゃんと戻ってこれた。空風呂の真ん中に。
「パパー!」
レティネが駆け寄ってくる。
「ただいまー」
「いなくなっちゃだめー! やだー、レティネもいっしょー」
「そうだったね。ゴメンねー」
ぎゅっと抱き止める。レティネが怒ってる。
でも、いきなりレティネを巻き込んで実験できないよ。許してくれ。
魔将スタルトの収納の腕輪の中身を調べれば、バシス急襲の狙いが分かるかもしれない。あれが単発の作戦だったのか、他と連動した陽動だったのか。作戦書とかあるか分からないけど、何か手掛かりが見つかるかも。
腕輪を破壊すればいいだけなのだが躊躇してしまう。予想外の物が出てきたらイヤだし。人間の首級とかが大量にぶちまけられたら悪夢だ。魔族が何をしまい込んでるかなんて分からないしな。今はやめとこう。
『おーい、ロアム。起きろー』
『――キャッ!?』
『力試しの時間だよ。ダメ精霊じゃないとこ見せてくれー(棒)』
『アラタヒドイ、アラタコワイ』
被害者ヅラしないで欲しい。居着かれてるのはこっちだ。
魔道具の鑑定では役立ってくれたけど、それはソレ、これはコレ。
「パパすごーい!」「す、すごい。です」
俺が凄いのではない。土の精霊ロアムの仕業なのだ。
もう一人の俺が歩きまわっていた。原寸大の複製が。土人形だけど。
土が欲しいと言われ、木の精霊ドライアドのお気に入りだった謎土を出してやった。ロアムも興奮してノリノリで土ゴーレムもどきを成形した。不思議と精霊受けのいい土だ。
蔓や細枝でできたドライアドの人型と違って、ロアムの土人形は細部の再現度が半端ない。ちゃんと服も着ているし、発色は悪いものの色まで付いている。顔料なんて使ってないのにどうやってるんだろう。距離を置けば人間にしか、というか俺にしか見えない。
そして精霊ロアムは、俺の中から抜け出て、今はこの土人形の中にいる。
「――ア、――ヤア、コンニチワ、ミナサン」
俺のドッペルゲンガーが、微妙に似てない声でたどたどしく挨拶する。
イラッとして思わず叩き壊したくなるが我慢だ。レティネは喜んでるし。
「パパ、みてー、みてー」
レティネをおんぶした俺(土)が軽い足どりで岩山の上を歩きまわる。人を運ぶくらいの力はあるようだけど、ハラハラするからもうやめてー。
「ロアム。馬になれないか?」
「ウマ。ウマ? ツチ、タリナイ」
かなり多めに土を出すと、その上で俺(土)は崩れて混じり合い、三頭の立派な馬になって立ちあがった。
「おお。いいじゃないか」
明るい灰色の優しげな馬だ。動きも馬そのものだ。
鞍も手綱もないけど、背に跳び乗ってみる。
「へえー」
さすがに体温までは感じないが、馬の背中は適度な弾力があって、とても土で出来ているとは思えない。ぼろぼろ崩れるようなこともない。埴輪の馬みたいなのを想像していたのに。
視点が高いな。乗馬初体験だ。木馬ならぬ土馬だけど。
「ロアムも三つに分かれてるのか?」
「アラタノ、ウマニ、イル」
他の二頭は余力で動かしてるらしい。器用なことだ。
俺は〈神力〉で複製を作れても、それを動かすことはできないから羨ましい。
でも、やらせておいてなんだけど、普通に土壌を豊かにしたり、生命を育んだりするほうが精霊らしいよね。何かに擬態するのは面白そうだけど、あくまでお遊びの域だ。芸術的なレベルだけど。
とにかく、ゴーレムもどきの操作は俺の中にいるとできないのは分かった。
ロアムを外に出せることは検証できた。




