054 大浴場に招待したくなる団体様だなんてとても口にはできない
――ボトボトボトボトボト――
コウモリが降ってくる。たっぷりと。
俺たちは天然の通路というか岩の裂け目を進んでいた。
壁面と天井にコウモリがうじゃうじゃとしがみついている。堆積した糞に苔や茸が生えて虫が集まり、生態系っぽいものができていた。
コウモリは元の世界のものと見た目が変わらず、とくに危険な感じもしないのでスルーしていたが、いきなりレティネに飛びついてきたので殲滅対象になった。目が赤く光っているからこれも魔物なんだろう。吸血コウモリなのかな。
通路は長く湾曲していて、何度も〈威圧〉を放たなくてはならない。魔力が岩を通過しにくくなっている。なんかそういう成分が含まれているのかな。
落ちたコウモリを踏まないように華麗なステップで進んでいく。
でもいい加減面倒になって、つい強めの〈威圧〉を放ってしまう。
――バサリ――
何か落ちた。
見ると巨大なコウモリだった。群れのボスかな。
いや、これは〈ヤラサクス〉という別種の魔物だ。被膜の翼を広げると二メートル近い。爪と眼球、毒針がいい値段で売れるらしい。ゆっくり解体できる場所がないので丸ごと〈ポケット〉にしまう。
「ひかってるよー、パパ」
「壁が、光る? です」
〈光の輪〉を浮かべていたので気付かなかったが、壁面がところどころ白く光っている。光る岩だ。常夜灯より暗いけれど、〈光の輪〉を消しても物の輪郭がハッキリ分かる程度には明るい。
わずかに魔力を含んでいる。有害な放射線とかじゃないよな。
拾って魔力を流してみると緑色に変化して輝いた。かなり明るい。
魔力消費が大きくて照明としては実用的でないけど、ダミーの魔法具の演出に使えるかもしれないので、大きめの塊をいくつか〈ポケット〉にしまってもらう。
◇◇◇
「凄い――」
思わず声が漏れてしまった。
高級魔物が(買取り金額的な意味でだが)群れをなしている。
渦巻くような魔力を感じてそこを目指すと、鍾乳洞のような大きな空洞があり〈コクレア〉の群れに遭遇したのだ。
〈コクレア〉はカタツムリの魔物で、肉は高級食材になるが、なんといっても真珠色に輝く殻が圧巻だ。工芸品装飾品の素材になる。解体の必要がないのがいい。すべてが売れるのだ。まさにセレブ魔物。
淡緑色の身体が真珠色の巻貝を載せてゆっくり動く様子は優美ですらある。雑食で人も食べるらしいが、走って逃げれば追いつかれることはない。殻の大きさは一メートルから二メートル。普通の冒険者なら持ち帰るのも一苦労だろう。
面白いことに〈コクレア〉の殻は外すことができる。
背中に渦巻き状の腕があり殻を固定しているのだが、死ぬとひとりでに外れる。生きていても外れることがあり、再び戻すこともできる。生体の一部を着脱可能なのだ。
「これ全部、獲っていいのかな――」
下らない事をつぶやいてしまう。
岩盤の傾斜を苔を食べながら下りてくる〈コクレア〉は、俺が近付いても気にする様子もない。
レティネが乗りたそうだけど、さすがにそれは危ない。
遊園地の乗り物じゃないんだよ。
俺は十本の〈魔力糸〉を繰り出し、大きい〈コクレア〉から順に一本ずつ貼付けた。
「ゴメンなー」
同時に十発の〈魔力弾〉を〈魔力糸〉に誘導させて発射する。
〈コクレア〉は一斉に停止する。音もなく。
無傷で倒すにはこれ以上の方法はない。
絶滅危惧などという現代人的な縛りがはたらき、小さめの個体は獲らなかった。大量に売っても値崩れするしな。と、誰にともなく言い訳する。
〈コクレア〉の殻はパカパカと面白いように外れた。本体の背中の腕はアホ毛みたいで愛嬌がある。
レティネが殻に潜りたがる。気持ちは分かるけどヤメてー。
「――――」
「これは売りもんだからな、ヤマダ」
ヤマダは〈コクレア〉の肉が美味なことを本能で感じているのか、視線が熱い。
本体と貝殻に分けて〈ポケット〉に入れる。他にも死んだ個体が残した貝殻がある。傷の少ないものを選んで回収する。
さらに奥の空洞にデカい茸が群生していた。
レティネが腰掛けられる大きさだ。潰れるから本当に座ったらダメだが。
これは〈ヒビスカス〉という白い茸で人気の食材だ。魔物ではない。崩れやすいので持ち帰るのは至難とされている。俺たちも食べてみたい。
〈矢筒剣〉で根元をすぱすぱ切ってしまおうかと思ったが、考え直して石突きごと持ち上げるようにして採取。〈ポケット〉にどんどん収納した。
◇◇◇
立坑に縄梯子を架けて降りる。設置されたものが劣化していて危険だったので、浅い層で使われていたのを複製した。
この辺りまで来ると坑道としての構造はほとんど残っていない。天然の空洞と魔物が掘り進んだ通路が入り交じっている。以前入った〈モールサーペント〉の巣穴に似ている。
それでもここまで来る冒険者もいるようだ。壁面にはいくつか謎記号が書かれている。俺もマイ記号を書き込む。
「ヤマダ。フードをかぶれ」
〈光の輪〉を消し、ダミーの魔石ランプをつかむ。
前方から集団がやってくる。脇道がないのでやり過ごせない。
冒険者のパーティーだ。十四人いる。
なんか大所帯だな。ここまで来れるのだからそれなりに実力のある冒険者なんだろう。
「こんにちはー」
俺が手を挙げて挨拶したときには、三つの大盾を並べたバリケードができていた。
「誰だっ!?」
大盾の陰から誰何される。
オレだよ、おれ、俺、と言いたくなるが、やめておこう。話がこじれる。
「魔物じゃないですよ。俺たち――」
「ほかの奴はどこに隠れてる! 待ち伏せかっ!」
「俺たちだけですけど」
「嘘をつくなっ!」
すでに話がこじれてる? どうしようか。
(あ?)
今冒険者パーティーの中から魔力が放出された。ソナーみたいだから探知の魔法だろう。全方位に広がっていく。威圧と誤解されそうな出力だ。
「待て。盾を下げろ」
眼光鋭い壮年の男が進み出た。革鎧を着ていて隙のない動きだ。
後ろには灰色のローブ姿の女が続く。やや短めの魔法杖を持っている。今の探知はこの女の魔法だろう。
「うちの者がすまなかった。容赦してくれるとありがたい」
「かまいませんよ。こんな場所ですから」
男が表情をやわらげる。でも警戒は解いていない。
今の魔法は伏兵の有無を調べたのか。
ローブの女は俺とレティネには目もくれずヤマダをじっと観察している。おそらくヤマダの魔力量を推し量っているんだろう。エルフのヤマダはこの女よりはるかに魔力が多い。魔力の総量は魔法使いには気になるポイントだしな。
俺とレティネは平凡レベルだ。見かけ上は。
「では、仲間とはぐれたのではなく、本当に二人で来たわけか」
三人なんだけど。おんぶされてる幼女はマスコットじゃないんだけど。
「すまない。無傷でここまで来れるのだから余計なお世話だな」
言いながらヤマダに顔を向ける。凄腕と一目置いているようだ。
ヤマダ評価高いな。ちょっと口惜しい。俺だってそろそろ強者の風格とか、少しくらい出てないのかな。意味ありげに顔とか隠したほうがいいんだろうか。
やっぱり〈矢筒剣〉がナメられるのか。大剣でも背負うか。いや、そうするとレティネをおんぶできないしな。幼女を肩車したりおんぶしたり手をつないでも邪魔にならず、強そうに見える武器は――
――あるわけないぜ。
「おれはこのパーティー〈ヴォルク〉のリーダー、エグノスだ」
「俺はアラタ。この三人の代表です」
それからエグノスと挨拶代わりの情報交換をした。
エグノスからはこの先に何がいるか、俺からはここまでに何がいたかを教え合った。手に負えない魔物に出くわせば回避しなければならないので、冒険者にとって最新情報は重要だ。
その中でお目当ての情報が得られた俺は、思わずガッツポーズをするところだった。
彼ら〈ヴォルク〉の構成は男六人女二人で、女は二人とも魔法使い。〈探知〉を放った女が魔法戦力の主軸でもう一人は少し劣る。男は三人が盾持ち。残り三人がなんらかの魔法が使えそうだ。そして男たちは全員がメイスやハンマーなどの打撃系の武器だ。エグノスと最初に俺を誰何した男が剣も持っているがメインではないみたいだ。そして二人がケガをしている。
こうしたことは全員に貼付けた〈魔力糸〉でも確認した。
ローブの女は俺の〈魔力糸〉にはまったく気付いていないようだ。
残りの六人は全員獣人の男で、〈ヴォルク〉に雇われた運搬人だろう。解体用の鉈のみが武装だ。
運搬人たちはそれぞれが組み立て式の手押し車に採集した素材を載せて運んでいる。布袋に入っていてどんな魔物かは分からないが、成果は十分だったようだ。
「まだ先に進むのか?」
エグノスが俺の背中に隠れているレティネを見る。子供連れなのはさすがに納得しにくいんだろうな。
「ええ。俺たちにも事情がありますので」
「そうか。――そうだな。――では、気を付けてな」
「はい。みなさんも」
獣人の男が、すれ違いざまにすんすんと鼻を動かし怪訝な顔をする。
ああ、分かるよ。ヘンだよな俺たち。
〈ヴォルク〉の連中は全員が汗臭いのに、俺たちは石鹸の香りだもんな。服も汚れてないし。臭くないのが不思議だよな。
レティネが俺の背中に隠れてるのは、あんたたちが臭いから、なんて言えないし。
お風呂って凄いなー。
待望の〈ギガラネア〉の群れがいるそうだ。
エグノスの話では、傷を負わせた〈アラネア〉を追っていると真っ白な大空洞に出た。そこが〈ギガラネア〉の営巣地だったらしい。
蜘蛛って群れとか作らないと思ったけど魔物の習性はまた違うのかな。
追っていた〈アラネア〉はあっさりと〈ギガラネア〉に串刺しにされてしまい、〈ヴォルク〉は慌てて撤退したそうだ。
また、十人ほどの騎士の一団がこの二番坑道に入っているから気を付けるように言われた。騎士が迷宮に潜るのは、まれに行われる訓練か、要人が行方不明になったときくらいだそうだ。妙にピリピリしていたそうで、面倒がイヤなら出くわさないようにしろと注意された。
もちろん厄介事は避けて進みたい。




