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異世界転移すればそこは玉座への階段だったりするし  作者: 魚座スプーン
第5章 出会いの季節
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049 行き倒れ以上に困っている人もいないと思うよ




 夕食の時間、またお祭りに行って遊ぶ約束や、迷宮でギガラネアを獲ってマヤさんに綺麗な服を作ってもらう話などをして、レティネのご機嫌を取った。

 新しく仕入れてあった絵本を読み聞かせると、レティネもすっかり安心して眠りについた。


 かつて、飛竜ワイバーンでさえ動けなくなる俺の〈威圧〉を受けてもレティネが平気だったのは、〈ポケット〉に魔力を流してしまえるからだろう。たぶん無意識に。

 不毛地帯を抜けた後の大森林でシャドーウルフの群れに全方位で〈威圧〉を放ったが、あのときもレティネは普通に眠っていた。そうした攻撃も〈深淵ペラクオル〉が自動的に呑み込んでいるのだろう。魔力だけでなく魔法も呑み込めるとしたら、レティネの素の防御力はかなり高いことになる。


 嵐は夜半まで続いた。



 ◇◇◇



 翌朝。景色は一変していた。

 そこらじゅうが泥濘ぬかるみで、水溜まりが点々と池になっている。低地ほど酷い。少しでも水が引くのを待ち、日が高くなってから出発した。

 ここでも〈跳靴〉が活躍した。ふやけた地面でも足が沈むことなく歩ける。意外に使えるなこれ。速く走ると泥がヘンな跳ねかたをするので徐行しないといけないけど。

 レティネを背負い、しっかりした道を選んで歩く。

 丘から丘へと飛び移り距離を稼ぐ。


「ん?」


 背負われ疲れたレティネを肩車して歩いていると探知用の〈魔力糸〉に違和感があった。二百メートルほど先だ。

 レティネを下ろして手をつなぐ。


「なんか、いるみたいだよ」


 人間か魔物か分からない。人間にしては魔力が大きいが魔物のように漏れ出てはいない。待ち伏せなのか、まったく動かないし姿も見えない。気配を殺しているのかな。

 とにかく怪しい。〈魔力糸〉を貼り付けて慎重に近付く。


 もう目の前のはずなのに何もない?


「――あっ!」


 人が倒れていた。


 濁った水溜まりに浸かっている。泥水に流され這い上がろうとして力尽きたのかな。人相も身形も泥だらけで判別できない。魔力探知を展開していなければ気付かずに通り過ぎてしまっただろう。

 魔力を探ると虫の息だ。左腕が折れ、左足首にヒビが入っている。呼吸は弱く、炎症を起こしたのか発熱している。ほっそりしてるから女の人? 溺れたわけじゃないのか泥水は飲んでいないようだ。

 迂闊に引き上げると身体に負担がかかって死んでしまうかも。


 このままで治療をしてみる。

 俺の魔力を流し込み体内を循環させる。なんかマヤさん並みに魔力の通りがいい。

 折れてねじれた腕を、痛み止め効果のある波紋を流しながら手で強引に戻す。腫れが酷い。折れた箇所を入念に魔力循環させる。

 やがて発熱も治まってくる。呼吸も安定する。

 だいぶ衰弱しているせいか意識は戻らない。


 俺は全裸、ではなくパンイチになった。

 そしてほっそりした身体を泥沼から引き上げた。

 めちゃくちゃ泥臭い。俺も泥だらけになる。


「レティネは離れててね。ばっちいよー」

「――はーい」


 あれ? 何だか残念そうだな。泥遊びしたいのかな。


 ジャブジャブとぬるま湯をかけて泥を落とし服を脱がせる。

 泥の染みた服は凄く剥がしにくい。パーカーに似たフード付きの上着を取ると、大雑把に編んで流した、褐色の長い髪が現れた。

 ずいぶん若いみたいだ。少女だった。

 短剣の鞘だけ残ったベルトとブーツ、革のズボン、シャツと下着もすべて脱がす。

 シャツを脱がすとき、あれ? 少年なの? と思ったが、とても残念な胸なだけだった。

 身体じゅうにアザや擦り傷がある。華奢で色白なだけに痛々しい。

 苦労して髪を解き、バスタブを出して少女を寝かせ、浅いぬるま湯に浸ける。石鹸で少女の身体を洗う。髪も洗うと褐色が落ちて輝く銀色が現れる。手に色が付いたからヘンだと思ったけど、髪の色を変えていたんだな。

 何度もお湯を替え、身体を拭いてから髪を念入りに乾かす。温風で。

 泥ってマジ面倒くさい。


 ここまでやってから、〈神力〉で再生すれば怪我も汚れも一発で済んだことに気付いたが後の祭りである。

 あれは緊急時限定だし。けっして女の子を裸にしたかったからじゃない。

 ないったらない。


 少女をシーツでくるむ。


「パパ。あれー」


 レティネが泥沼の縁に浮いているバッグを見つける。この少女の持ち物だろう。

 泥だらけなので、拾い上げてから中身も見ずに丸ごと再生する。見事にキレイにってこともなく、元々くたびれていたのか泥汚れが落ちただけだった。

 脱がした服もすべて再生して汚れを落とし、レティネにしまってもらった。

 そして俺も服を着る。


 しかし、――エルフって本当にいたんだな。


 特徴的な耳を見るまで気付かなかったよ。

 泥の中で拾うなんて思わなかったし。




 なるべく泥から離れたくて、岩場のある高台に家を出した。


 二階の一室を泥エルフの部屋にして、寝間着を着せて寝かせた。ベッドはバシスの宿〈ドルミー〉のものを複製した。便座と衝立てでトイレコーナーも作る。サイドテーブルには水差しとコップ。長椅子とテーブルも出して彼女の衣類とバッグを置く。レティネがきちんと畳んでくれたのだ。えらい。

 せっかくだから花いっぱいの花瓶も置いた。

 おぉ、なんか病室っぽい。


 ずっと魔力調整を続けているので傷はほとんど治り、擦り傷やアザも目立たなくなっている。目を覚ますのにそれほど時間は掛からないだろう。

 レティネが泥エルフの長い銀髪に櫛を通している。

 なんか微笑ましい。絵になる。




 一階でお茶しながら、街で買った双六すごろくでレティネと遊び、お風呂から上がって夕食を準備していると、泥エルフが目覚めたのを感知した。


 部屋に入ると、上体を起こした泥エルフは怯えた表情になる。とっさに耳を隠す仕草をする。

 警戒される筋合いはないが、警戒する気持ちは分かる。

 けれどエルフとバレると不都合なことがあるんだろうか。いじめられるとか? 捕まって売り飛ばされるとか?


「とりあえず水でも飲んでよ。レティネ、頼めるかい」

「はーい」


 レティネがコップに水を注ぎ差し出す。

 さすがにウチの幼女様の笑顔に逆らえる者はいまい。

 泥エルフがこくこくと水を飲み、ホッと息をつく。


「言葉分かる?」


 泥エルフが頷く。

 状況が呑み込めるようになるべくゆっくりと話す。


「君が倒れているのを、俺とこの子が見つけて手当をした。俺は薬師の真似事ができるから君のケガはもう直っているはずだ」


 あらためて自分の左腕を見ている。怪我をしたことは覚えているようだ。


「この家には俺とこの子しかいない。――下で食事をしているから、落ち着いたら下りて来て」


 長椅子とテーブルの上にある衣服とバッグを手振りで示す。


「回収できた君の持ち物はこれで全部だ。確かめてね」




 雨後のせいか羽虫が飛び回っているので、窓を閉め切り天井に〈光の輪〉を出す。

 面白いことに微弱な魔力で〈威圧〉を使うと虫が寄ってこない。自分が虫除けになった気分だが便利だ。異世界の蚊とかコワいし。


 エルフって何食べるんだろう。

 菜食主義だったりするのかな。フルーツ三昧とか。


 俺たちは泥エルフを待たずに夕食を食べていた。

 鍋ごと作ってもらった〈ドルミー〉の肉と野菜のスープ、茹でたてのパスタを香油と塩で合えたもの、いろいろな果実の果肉にクリームを絡めたもの、辛子の利いたソースをかけた温野菜。食べて美味しかった店の料理をまとめ買いしたものだ。

 暇さえあれば俺とレティネは食べ歩いていたのだ。


 ようやく泥エルフが下りて来た。

 寝間着姿なのに俺は目が離せない。

 手足は細く長く、白い肌に血色の戻った小さく整った顔。特徴的な少しだけ尖った耳。翡翠色の大きな瞳にシルクのような長い銀髪。そしてそよ風をまとったかのような優雅な歩み。泥人形だったときの面影はまるでない。

 十三か十四歳くらいに見えるが、エルフの歳なんて見た目どおりじゃないのがお約束だ。百歳越えとかも覚悟しておこう。エルフは亜人の一種と聞いていたが、実際に見ると超然とした美しさがあり、妖精族と呼びたくなる。

 場を支配しそうな美貌だ。

 ちょっとヤバい。


「君はそこに座って。えーと、挨拶とかは後でいいから。でも、名前だけ先に教えてもらえると助かる。――名乗っても大丈夫ならだけど」


 我らエルフの名は真名、見ず知らずの下郎に名乗るほど安くはないわ、愚か者め! とかいう厨二設定だったら面倒くさいので保険をかけた。


 凛として立つ泥エルフは、涼やかな目で俺を見つめた。


「ヤマダ。――おら、ヤマダ――だ、です」


 ――全俺がコケた。


 おい。〈言語理解〉よ。女神様がくれた加護よ。

 普通に翻訳しようよ。ムリに近似値取らなくていいから。いらないから。

 もしかすると俺が脳内で泥エルフとか呼んでたのが悪いのかな。だとしたら謝るから、俺が悪かったから。全国の山田さんに失礼だから。

 正確には『ィヤムドァ』に近い発音みたいだけど、もう俺の脳内空耳は『山田』にしか聞こえない。


「えと、俺の名前はアラタ。そしてこの子がレティネ。――と、とにかく食事にしよう。ヤマダ――さん」


 ――担任の山田先生、元気かな。




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