004 玉座で寝てたら魔王の娘っぽいのに釣られたもよう
――あれ、どうなった?
なんか寝過ごした感たっぷりの気分で目覚めた。
病み上がりっぽいというか、微妙にダルくて、あんま人と喋りたくない、みたいな感じ。話す相手もいないけど。
「よっ、こらしょ」
ふう。起き上がれた。
おっさんくさい声が出たが仕方ない。
むしろ今使わずにどうする、という定番のスペルである。
自分だけでなく周囲にもデバフ効果があるという。
だがまあ、うん。しばらくは封印しよう。
身体に異常はないみたいだ。
強制貧乏揺すりもおさまった。
最後の光景を思うとメンタルは瀕死だが、ちゃんと手足も動くし服装も乱れていない。着ているものまで直っちゃうのはありがたい。
でなきゃ今ごろ〈裸神マールヴェルデとその眷属〉になってる。
〈うーみーだーヌーディストビーチ〉とか、ないわ。
もう会うことはないけど。
煩わしかったジジジジジという脳内ノイズも消えた。
あれは何気にしつこかったので解放されてホッとしている。
また女神様の加護〈完全耐性〉に救われたんだろう。
床石が一面ボロボロになっている。
爆心地は俺だ。
魔物ども容赦ないな。
まあ、女神様のほうが容赦ないけど。
例の砂鉄のような黒粉が大量に吹き散らされて、壁際のほうまで積もっている。
武具だった残骸も無数に散乱している。
それにしても玉座の間はデカい。県内屈指の大きさだったウチの高校の体育館よりデカいだろう。
両側の壁に並んだスリットみたいな光窓が明るい。今は昼間なのかな。
俺は内ポケットからスマホを出した。よかった壊れてない。
時刻を見ると夜の九時半。日本時間だ。通話はやっぱり圏外だし、WiFiも無し。当たり前か。
通信機能はすべてオフ設定にしてバッテリーは節約しよう。残量半分切ってるし。機種のせいか、ここからの減りが速いんだよな。
こんなことしても意味ないだろうけど。
馴染みのモノをいじったおかげで少し気分が落ち着いた。
あれだけの魔物がぜんぶ黒い塵になったのかどうか。
この惨状からすると凄い衝撃だっただろう。驚いて逃げたヤツもいるんじゃないかな。危険がないと分かればまた戻ってきそうだ。
どれだけ気を失っていたか分からないけど、〈完全耐性〉の効果時間はとっくに過ぎたろう。つまり、もう次はないということだ。
武器も防具もない。あったとしてもあんな怪物どもに勝てるわけない。
危機を脱してなんかいない。静かになっただけだ。
――ひどく心細い。
俺をつかまえた〈玉座〉も、針金触手は消えて元に戻っている。
なんかちょっと艶がなくなってるような。
加護の光を目いっぱい浴びて死んだのかな。というか生き物なのかこれ。
――ごす――
いけね、思わず蹴っちゃった。
腹いせに蹴ってしまったが反応なし。間抜けな音がしただけだ。
ただの椅子のようだ。
蹴っといてドキッとしたよ。あぶないよ。
この〈玉座〉もかなりデカい。幅が二メートル以上ある。
もう、ベンチである。詰めて座れば四人くらい王様ができるな。
しかも箱形なので棺っぽい。昔のヨーロッパ貴族の墓所に置いてあるみたいなやつ。それに肘掛けと壮麗な背もたれを付ければこんな感じに。本体は石板を組み合わせた造りだ。表面に幾何学形と謎文字が彫り込んであるけど、ただの装飾みたいで、魔法陣やら呪術やらって感じは不思議としない。
よくは知らないけど。
――座ってみた。
うおう!
途端に憎悪と嫉妬と怨念が膨れあがり、闇の迷宮に囚われて厨二化! なんてことにもならず、実に座り心地のいい椅子だった。
何このクッション気持ちよ過ぎ。まさかの無反発系?
横になって身体をのばす。
やっぱり気持ちいい。
さっきまで転がってたガリガリの石の床とは比べようもない。なんか力が抜けるというかコリがほぐれるというか、リラックス効果がありそうだ。骸骨魔王のくせに家具選びにはこだわりがあったのかな。
じつは精気を吸われてました、というオチじゃないことを祈ろう。
さて。いつまでもここにいるわけにはいかない。
寝転んだまま、考えを整理する。
ここは魔王の城。
そして、玉座の間だ。
不用意に出ていっても、人間に出会える可能性は低いだろう。
魔王城の近所に人間が平穏に暮らす町があるとはとても思えない。
魔物の支配する領域が広がっていると考えるのが自然だ。あれほどの数の怪物がたむろしていたんだから。
そして、ここは今、ぽっかりと魔物のいない空白地帯になっているんじゃないかな。
水と食料。
これをどこかで手に入れられないだろうか。加護のおかげか、あれほどの目に遭ったのに喉は乾いていない。腹具合も大丈夫だ。
けれど時間の問題だ。
それと気休めでもいいから武器になるものが欲しい。
ここに人間に使えるものがあるか分からないが。
食料もなし、武器もなしでは、城から出られても野たれ死ぬ未来しか見えない。
戦って道を切り開くようなことが俺にできるだろうか。
とても無理だ。
状況はよくない。いや、とても悪い。
目を閉じて、ふうとため息をついた。
◇◇◇
――重い。太腿の上になんかある?
しっとりと温かいものが。というか熱いくらいだ。
なっ、ウソだろ?!
寝てしまった?
魔物に食われてるのか?!
俺はアホか!
この状況で二度寝とかありえない!
がばっと身を起こす。
上半身がL字に跳ね起きる。腹筋スゲー。
これはあれだ、ほら、この忌まわしい〈玉座〉の呪いに違いない。
油断すべきではなかった。
おのれ魔王め!
心地よい睡眠をもたらす呪い――って、快眠グッズかよ。
現実から目をそらすのはよそう。
快眠ベンチのことは別にいいのだ。もはやただの家具だし。
結論を言うと、
小さな女の子が俺の太腿にしがみついて眠っていた。
デリケートなあたりに頭を載せて。
安心しきった寝顔ですやすや、というよりグウグウと熟睡中だ。
とりあえず、まずは寝よだれを確認させてもらう。
良かった、セーフだった。ポジション的に気になるよね。
ショートボブの髪はプラチナ色で、なんかゴージャスだ。五歳か六歳くらいに見えるけど寝ているとよく分からない。寝間着なのか、ゆったりした青いワンピースを着ている。
肌は白くなめらかで、あんまり魔物っぽくないな。
――って、そうだよ! 魔物かもしれないじゃないか!
どうしようかな。
「おーい、起きてくださーい」
怖々呼びかける。
相手の正体が知れないせいで無駄に低姿勢だ。
「――うぐう」
女の子はきゅっと顔をしかめる。しがみついた腕に力が入る。
「おーい」
細い肩のあたりに手を当てて揺すってみる。
「おーきーろー、ちーびっこー」
二の腕を強めにペチペチしてみる。
「――むう」
女の子の腕が緩んだ。
今だ!
俺は膝を曲げて腕をほどこうとした。
そのとき、
――ぼふっ――
可愛い掌底が無拍子で俺のデリケートテリトリーに炸裂した。
「うくくうぅ〜」
脂汗をかきながら、女神様の加護〈完全耐性〉がなくなっていることを、俺は身をもって確認した。
「パパ――?」
女の子はまだ寝ぼけているようだ。
いやパパ違うし。ルックスも共通点ゼロだし。親戚にもキミみたいな子はいなかったし。
そう、女の子の虹彩は金色だった。
だがそれだけで、牙が生えてたり角があったりはしない。
人間にしか見えない。
とても可愛らしい女の子にしか。
「ちがうよ」
「――あたらしいパパ?」
「いや、古くも新しくもないよ。パパでもない」
あまり人間関係を複雑にしないでね。
リアルにも脳内にも俺に娘はいない。
あの世界にも、この世界にも、うーみーだー世界にも。
しかし言葉が通じるのはありがたい。
〈女神マールヴェルデ〉によれば、話していればすぐに会話ができるようになる、とのことだった。〈言語理解〉という加護だ。
自分の口が日本語として動いているのか、この世界の言葉として動いているのか分からない。そこを意識し過ぎると舌を噛みそうな気がするので、突き詰めて考えないようにしよう。
「ここでねてた――から、パパ」
いや、パパ認定のハードルが低過ぎる。
最後に見た人をパパと思い込むレベルとか?
生まれたての雛鳥もびっくりだ。
この子はちょっとパパから離れそうにないので、流すことにしよう。
「えと、君はだれなの?」
「パパの――むすめ?」
はいはい。なんで疑問形?
「どこから来たの?」
すると女の子は〈玉座〉の奥にある鉄の扉を指差した。
あの扉開くの?
めちゃめちゃ重そうだよ。開くとこ想像できないレベルで。
魔物に追われたときは、あれを開ければって思ったけれど、冷静に考えると無理だろう。
「こっちだよー」
女の子は、〈玉座〉のそばにきちんと揃えられた小さなスリッパを履くと、俺の手を引いて扉に向かった。眠気も取れたのか足取りもしっかりしている。
――ぱこっ!
おい。
女の子が細い両腕を突き出すと、巨大な鉄扉の円形の模様が凹んで開いた。直径六十センチの穴が開いている。
この子意外に力持ち?
そして四つん這いになってスイスイ穴を潜っていく。
俺は呆気にとられながらも、この世界にもパンツはあるんだな、とホッとしていた。