039 考えないようにしてたけど確かめるべきことがあったはず
魔族の女は辛そうにもがく。
巨木の幹に槍で縫い止められてるから、動けば余計に苦しいはず。
あまり長くは保たないだろう。
「話しづらいから名前を教えてくれ」
「――うるせっ、――教えるかっ、くそ、が、くっ――」
「じゃあ俺が付けてやる。ウルセ、な」
「――うっ、く――そっ」
身を捩るとかなり苦しいようだ。
「おい、ウルセ。〈深淵〉ってのがこんな所にいたら、マズいんだろ?」
「――んあ? っ――ざけんな、――テメエが、連れ回して――んだろ」
やっぱりレティネが〈深淵〉ということらしい。別名なのかな。
「てことは、逃げられて人間に奪われたのか。ウルセがヘマやらかしたってことか? お前って間抜けなんだな」
「ち、――ちげぇ、オレはちゃんと、閣下に届けた。――お、オレは仕事は、果たした。テ、メエ死ね、しねっ――く。ここに、いるはずねぇ――」
こいつに命じた奴がいるのか。
「じゃあ、その閣下サマが逃がしたわけか。とんだアホだな。それとも裏切って人間に渡したとか?」
「――殺す、テメエ殺す! ――こ、コルヴス、閣下は、――裏切らねえっ、バカにすんなっ、くそっ。――くそが。くそが、クソがっ!」
コルヴスってあの真魔将のことだろうか。
確かレティネを魔王城まで連れて行ったのがコルヴスだったはず。
こいつはコルヴスの配下なのかな。
「脳筋のコルヴスなら死んだぞ。乗ってた飛竜ごとな。あっさり人間に負けて。手も足も出なかったよ。デカい口叩いてたわりに、真魔将第四席サマも名前負けでガッカリだ」
「うがぁ――デタラメ、言ってんじゃ――ねえぞ! 真魔将の、方々が――人間に負けるわけ、ねぇ――」
「なら、ウルセの腹から突き出ているのはなんだ? これはコルヴス自慢の槍だぞ。今は俺のオモチャだけどな」
「――なっ?――くっ、竜上槍? ありえねぇ――閣下が、ウソだっ――違う、コレじゃねえ、はず、――そんなわきゃねぇ」
痛みに耐えて必死に首を振る。
「お前が下っ端だから知らないだけだろ、こんな上等の槍は。で、お前らのバカ魔王サマは〈深淵〉に何をさせるつもりだったんだ?」
「――くっ! ――へ、陛下にまで、無礼! ――ゆる、さねえ! ってめえ。――陛下は、最強の王だ! ニンゲンなんぞ、皆殺しだっ――テメエもどうせ死ぬっ!――ははっ」
こいつは魔王クランカルヴが死んだことは知らないのか。まだ半月前のことだしな。末端の者までは報せが届いていない、というか伝達系が機能していないのかも。
「そのアホ魔王ならもう倒されてるぞ。人間の勇者だかにあっさり負けてな。けっきょくただのガイコツ野郎だったよ」
「ほざけっ!――あり、えねぇ!――神話、級の〈玉座〉、と――ペラ、クオルが、そろっ、たんだ――負けは、ねぇ――くっ」
「あんな悪趣味な棺桶に座って喜んでる低能だ。負けて当然じゃないか?」
「――許せ、ねえ!――ルクリ、ナシタルを、棺桶だと! あ、悪趣味、だと!――あれに、どれだけ、どれだ、けの、仲間が――いけに、――えが! くそっ、く、そっ!――っく」
激昂して身を捩るから激痛に襲われているはずだ。
しかし煽り耐性ないなコイツ。これでよく人間に紛れていられたもんだ。
あの触手ベンチ兼快眠グッズが、その〈玉座〉なのか。
玉座型の魔道具ということだろうか。
あれとレティネを組み合わせるとどうなるんだろう。玉座で寝てたときには何も起きなかったけどな。分からない。
「で、〈深淵〉はなんで必要なんだ? どっちにしても、ちっちゃな子供だのみの魔王サマとか、情けないけどな」
「――にっ――ニンゲンの、くそガキ、なんぞに――宿ったのが、まちがい――だってんだよ! なんで、魔にえらばれ、た――オレたち、じゃ、ねえ――」
レティネの〈ポケット〉が〈深淵〉ってことかな。
人に宿るタイプの異能だったのか。
「人間に宿ったのなら、そのままにしとけよ。お前らが盗んでいいもんじゃない。魔族ってのはコソ泥か? お前も人間に化けてる卑怯者だしな」
「――がっ、魔法は――オレたちの、ものだ!――ニンゲ、ンのくせに、真似すんな!――盗んでる――のは、ニンゲンの――ほうだ!」
声を出すのも辛そうだ。そろそろ限界か。
「――くくっ、――ペラク、オルを、隠し、やがる――から、ニンゲン、ども、ぜんぶ、燃やして――やった、ぜ。ぎゃはっ――殺し尽くし――て」
「黙れ!」
慌ててレティネを窺う。大人しくじっとしている。
女の声は聞こえていないようだ。
まさかこいつが実行犯なのか。レティネの様子だと気付いていないみたいだけど。
レティネに知られたくないな。潮時かな。
「なんでお前がまた〈深淵〉を追ってきたんだ? お前の仕事は終わったんじゃないのか?」
「――くっ――」
「なんだ、偶然見つけただけか。お前に人捜しなんて無理か」
「――ふんっ、――バシスに、〈方鈴〉が、反応、した。――仕込んだ、ままだった――」
「それにしちゃあ来るのが遅過ぎだろ。子供にも追いつけないのか」
「ぐっ、――なんども――とぎれた――うっ」
魔王城にいるはずの〈深淵〉の反応がバシスの街にあったから、おかしいと思って追いかけたのか。〈跳靴〉で移動すると振り切られてしまうみたいだ。
「もっと腕の立つヤツはいないのかよ?」
「――うぅ、なめんなっ! オレの、オレじゃな、きゃ――追えや、しねぇ――」
次々に追っ手が現れることはないのかな。そこが一番気になるし。
「――て、テメエら、は、どうせ死ぬ。――この、ニンゲンの、国が、最初に――潰される。魔物が、埋めつくす。ザマあみ――ろ!――」
目の光が弱まっている。最後の捨て台詞か。
「好きなだけ夢を見ればいい。さて、殺しづらいから、名前を教えてくれ。それともウルセのまま、ここでゴブリンにでも食われるか?」
「――くっ――――オドラン」
コルヴスの槍を消去する。
支えを失ったオドランが崩れ落ちる前に、矢筒剣で首をはねた。
ふう。
オドランの魔力を乱して不安定な精神状態にしていたが、そんな必要もないほどよく喋ってくれた。オドランにしてみれば魔王の勝利は確定なんだから、知られたところで構わなかったのかもしれない。
オドランの持ち物を調べる。
魔族と分かるようなものはなかった。冒険者証は持っていない。レティネを追うために冒険者の格好をしただけのようだ。
小さな釣鐘型の魔道具があった。これが〈方鈴〉だろう。中に小指半分ほどの木の人形がぶら下がっていて、レティネのものらしい髪の毛が巻いてある。魔力を込めるとレティネのいる方向に人形がぶつかり鐘が鳴る。風鈴みたいだな。
レティネとはぐれたときに便利かとも思うが、探知系の魔道具は逆探知されそうなので処分しよう。
遺体と持ち物をすべて集め、深い穴を作って落とす。高温の〈火球〉を連続して放り込み焼き尽くす。
証拠隠滅にはレティネの〈ポケット〉が一番だが、さすがにこの女を収納させるのは酷過ぎる。
土を戻し、念入りに痕跡を消す。
「おわったよー」
風車小屋に入るとレティネが飛びついてきた。
「パパー、パパー、パパー」
「いい子で待っててくれて、ありがとう」
「パパは、――パパは、どっかいっちゃう? ――いなくなる?」
やはり不安だったのか、ちょっと涙目だ。
こんなふうに直接的に訴えてくるのはめずらしい。
小さな身体をぎゅうぎゅうと抱きしめて背中を撫でる。
「いや、レティネと一緒にいるよ。どこも行かないよ、約束する」
行く所もないしな。家も故郷もないのだ。なぜか仮住まいには困らないが。帰りたい家も、帰らなければならない家も、もうない。
風車小屋を消して拠点に向かう。
さらに念入りに周囲の警戒をする。
魔族の女オドランも人間並みに魔力を抑えていた。〈魔力糸〉の探知性能を上げるしか今は手がない。
森の中を手をつないで歩いたり、肩車したり、ゴブリンを仕留めたり、小鳥を見つけたり、ゴブリンを仕留めたり、花を摘んだり、ゴブリンを仕留めたり、木の実を採ったりするうちに、レティネもすっかり元気になった。
つーか空気読めよ。ゴブリン多いよ!
「レティネに聞きたいんだけどさ」
拠点の一階で昼食後のお茶を飲みながら切り出す。
「なーに?」
「俺とレティネが初めて会ったところに、おっきな椅子があったよね」
「うん、パパのいすー」
いや、俺のじゃないし。
「だすのー?」
「出すって、――持ってきたの?」
「だってパパのだもん」
うーん。まあ予想はしてたんだよ。魔王城から逃げるときに、持って行きたいものを〈ポケット〉に入れるように言いつけたし。〈ポケット〉の容量が無尽蔵だなんて知らなかったから、持ちきれないなら要らないものは捨てるように、という意味だったんだけど。
「出さなくていいよ。俺がお願いするまでぜったい出さないでね」
「わかったー」
ヘンな魔力でも放出されたら察知されるかもしれないしな。魔族の能力がよく分からない以上危険は冒せない。あの座り心地はちょっと魅力だが。
しかし、神器扱いの〈玉座〉と〈深淵〉がここにあるってことか。
――魔族終わったな。
持ってるのがバレたら狙われるだろうから嬉しくないけれど。
捨てるに捨てられないし。
家の正面の土壁を消し、一帯を整地する。
広場になった空き地をあらためて土壁で囲う。
「いいかいレティネ。あのお城から持ってきたものを、ここにぜんぶ出してくれるかな。おっきな椅子と、鳥さんに乗って追っかけてきたコワい人は出さなくていいから」
飛竜将コルヴスも無闇に出したり埋めたりしないほうがいいだろう。確実に足がつかないところで処分しないと。持たされているレティネには悪いが。
「ん、――わかったー」
――ごうっ!
一瞬で広場が埋めつくされた。
凄い。魔王城で調べた部屋で見たものはほとんどある。小山のように積み上がった状態で現れるかと思っていたが、整然と種類ごとに分けて並んでいる。『十四以上が数えられない疑惑』のある幼女様とも思えない。本人の意識が反映されているのか、〈深淵〉の機能なのか分からないが。
金貨や宝石類。装飾品に魔道具、魔導書の数々。鉱石類、武具防具の類。用途不明の道具やオブジェ。――圧巻だ。
レティネにとってはままごと用具に過ぎないのかもね。
どれも複製できるので、どうしても持っていたいものはない。よく見ると金貨は数種類ある。通貨として使えるものがないか後でロタム氏に見てもらおうかな。
換金すればひと財産になるものから、世間に出せないものまで様々だ。ほとんど後者なんだけどな。
魔道具類がヤバそうな魔力を漂わせはじめたので全部しまってもらう。
それからの時間は、食料や日用品の確認と整理に費やした。




