032 道中に癒しを求めるのは間違っているだろうか
馬の首筋を撫でなでしていた。
桶にたっぷりの水を飲ませる。乾いた草束の飼葉をもりもり食べさせ、林檎を好きなだけ齧らせ、手から塩も舐めさせる。仕上げはブラッシングだ。
ブラッシングはむしろ俺のためだ。
俺は動物をモフモフしたいのだ。
ロタム氏の馬車のときは魔力が漏れていたのか、飛竜の匂いが残っていたのか、馬が俺を敬遠して触らせてくれなかった。
今は馬の世話もできる。ふっふっふ。
馬も喜ぶんだよ。生き物はちゃんとリアクションがあるから楽しいよね。お馬さんもかわいいのう。
魔法袋の口よりデカい桶が出たり、なぜか既に水が入っていたり、飼葉や馬ブラシまで出てくるのを見て、ケインが首を傾げているが気にしない。まだ常識の範囲内だ。たぶん。
ちょっとだけ馬臭くなったけど、俺は大満足だった。
本街道に合流する丘の麓で昼食。
「アラタ。ちょっと腹ごなしに手合わせしないか?」
食後のお茶を飲んでいると、ケインが木の棒を差し出してきた。
昨夜の事があるからだろう。
シャドーウルフのときは飛竜がいたし、俺がやったのは薬師の真似事だけだ。小器用な生活魔法を使う薬師見習いの少年、ということで納得してもらっていた。
しかし、荒事のプロ三人をロクに動かない身体で無力化、というのはさすがに尋常じゃないと思ったのだろう。
「俺は剣術の経験、ないんですが――」
「だったらなおさらだ。昨日の技を使ってもいいから。もちろん手加減はしてくれよ」
ゼクリスやアーカムだけでなくレティネまでわくわく顔なので断りにくい。大道芸的なモノを期待されても困るよ。地味過ぎてガッカリするよ。
「じゃあ、これを使いましょう」
俺は魔法袋から出すフリをして、武器屋で見かけた木剣を二本複製した。刀身が八十センチ、幅は十センチ以下の練習用の剣だ。軽いけど重心のバランスは悪くない。
ケインは木剣を受け取ると軽く振ってみて頷く。
俺はケインから五メートル離れて立つと、体育の授業でやった剣道の構えをとった。これしか知らないし。
「おれが受けきるから、アラタは連続で打ち込んでみろ」
短槍使いのケインだが剣の構えも様になっている。ほんとうにベテランぽい。
シャツの上に肩と胴が一体になったいつもの革鎧を着けている。要所のみを保護する軽装鎧の一種だ。そして厚手のズボンと革のブーツ。
俺は制服のズボンとシャツ。ジャケットは着ていない。防具は無し。マジ紙装甲。
「では」
俺は馬鹿正直に真っ正面から急加速し、その速さのまま真上から剣を振り下ろす。
「「うおっ!?」」
ゼクリスとアーカムから声が上がる。予想以上の速さなのだろう。
そのあたりは自分では分かりにくい。あまり人間離れしてたら困るな。
ケインも目を見開くが、とっさに斬り上げて木剣を弾く。
俺は動きを止めることなく、さらに脇腹を狙う。
ケインは飛び退いて間合いを外しつつ、剣を立てて防ぐ。
俺はさらに踏み込み、速度を殺さずに木剣を大きく回して、反対側の胴に打ち込む。
さすがにケインも体勢を崩し、剣を戻すのが精いっぱいだ。
かん、こん、こつーん、と乾いた音が響く。
俺は一旦下がって距離を取り、再び構える。
「おどろいたな。追いつくのがやっとだ」
ケインが、ふうと息を吐く。
「でも、速いだけなんですよ。技とかないですから」
実際剣道の授業の型をなぞっただけだ。速さが全然違うだけで。
筋力もあるから制動もできている。でなければ速度で体が崩れてしまうだろう。
「じゃあ、こんどは受けてくれ」
じゃあ、じゃないよ。受け方くらい教えようよ。
ケインが地を滑るような歩法で斬りかかってくる。
小さな斬撃を木剣をそわせて受け流す。
すぐさま次の打ち込みがくる。小刻みな攻撃のくり返しで受けるのも忙しい。一撃必殺ではなく、相手の余力をどんどん削いでいく戦い方だ。
ヒジ打ちやヒザ蹴りも交えてくるのには参った。そのたびに身体をひねって避ける。受け手ばかりが動かされている感じで、だんだんキツくなるんだろう。本当なら。
今度は木剣を打ち合う音がほとんどしない。
剣を受けるのではなく、いなしているからだ。
「気付いちゃいたが、体力も、相当だな。――息も上がって、ないのか」
言っているケインのほうが息が荒い。
「動きは隙だらけ、だが、対処が早くて、攻めきれん。修行すれば、すさまじく、強くなるんじゃないか」
褒め言葉とは裏腹に、ケインは重心を落とし、低く木剣を構えると不敵に笑う。
「今から全力で、斬りかかるから、おれにケガさせずに受けてみせろ」
むちゃ振りキター!
それもう腹ごなしレベルじゃないし。
「パパしっかりー」「パパしっかりしろよー!」
幼女様のまだ満足してないよエールがくる。
ゼクリスとアーカムは拍手までしてる。
ケインはふらりと加速して、もぐり込むように迫ってくる。
さほど速くないが、受けにくい角度で横下からの斬り上げがくる。
対応に迷う俺の木剣が受けに動いた瞬間、ケインの斬り上げがいきなり突きに変化する。さすが槍使い。鋭さが一段上がっている。
マジすか。俺、素人ですが。
やむを得ず怪我のない方法をとる。
弱い〈魔力弾〉を射出。
弛緩したケインの手から、木剣をかち上げて弾き飛ばす。
勢い余って地面にダイブしそうなケインの後ろを取り、羽交い締めにして止める。
「ケイン、大丈夫ですか?」
「――おう。今のは?」
「魔力を相手にぶつけて動きを止める。昨夜もこれを使いました。――奥の手ですよ」
「一瞬だが、まったく力が入らなくなった。すごいな、土壇場でやられると対処できないぞ」
キメの攻撃に出た瞬間に〈魔力弾〉を喰らったら、下手をすれば自滅するかもしれない。やられる方からしたら、かなり恐ろしいな。
「よーし。次はオレだな」
いや、もう出発しようよ。それに木剣じゃなくて自分の戦斧を構えてるし。
「いや、ゼクリス。出発する。楽しみはあとにしとけ」
「ちっ。おいアラタ、逃げんじゃねえぞ」
えと、意味が分からない。
これってリーダー決定戦とかじゃないよね。
馬車馬の轡を引きながら、舗装された街道を行く。
盗賊三人は客席に転がしたままだ。脱水状態になるかもしれないが自業自得ということで。
日が傾きコリスの町が見えてくる。
追い抜いていく馬車や、俺たちに追い抜かれる荷馬車もある。
混雑時間のようだ。
朝方は町を出発する者が多く、夕方は到着が多い。半端な野宿は危険なのだ。盗賊とか出るしね。マジで。
コリスは平原の町で、いかにも宿場町の風情だ。街道沿いに宿屋が軒を連ねている。防壁はないが、広い馬場と兵舎からなる領軍の駐留地がある。
門前で馬車を止め、盗賊たちを回復させる。
リージャさんと馭者の男はぼーっとしていたが、ホーハはぎゃあぎゃあ騒ぎだした。うるさいので縄で猿ぐつわして馬車を下りた。後は馬車ごと任せてしまおう。
馬を撫でなでして林檎を齧らせる。お前は元気でな。
盗賊の持ち物は退治した者がもらえるらしいが、盗品ばかりだろうからそんな気になれない。リージャさんが干したレメドの実を持っていたが、これも証拠品として差し出すことにした。金銭はいくらも持っていなかった。だいぶ追い詰められていたのか、どこかに隠し場所があるのか。
門兵が十人ほど出てきて馬車を引いていく。
屯所での調書作成に時間を取られたけれど、レティネを除く全員でサインをして完了。証拠品をまるごと提出したので心証がよかったようだ。
リージャさんことシーラクは、やはり懸賞金付きだった。広域の手配書が出ていて金額の算定にかなり日数がかかるそうだ。証書を渡され、後日あらためて受け取りに来ることになった。当座の報奨金は盗賊三人で銀貨九枚。これはどんな大物でも小物でも同じらしい。
懸賞金は公の機関が出すことはほとんどなく、民間の有志が出し合うそうだ。
どうしても犯人を許せない者が、犯人を追い詰めるために支払う。怨みを多く買う犯罪者ほど懸賞金の額が大きくなる。コソ泥なのに高額の懸賞金が付くこともあるらしい。もしかすると賞金稼ぎのような商売もあるのかもしれない。
さまざまな場所で犯罪をくり返すと、それぞれの地域で報奨金がプールされることになる。シーラク一味もそうだった。
今夜の宿は〈たっぷり亭〉。〈赤斧〉もなんどか泊まっているという。
「何が、たっぷり、なんですか?」
「さあなー」
アーカムも知らないのか。
きっとスマイルとか、そんなゼロ円的なものがたっぷりなんだろう。
宿の女将のツヤツヤとした豊満な笑顔を見てそう思った。




