030 必死に知恵をしぼってるんだからヒャッハーな連中ばかりじゃないよ
バシスへの道は軍用道路でもあるため、しっかりと舗装され大型の荷馬車がすれ違える道幅が維持されていた。
今度は徒歩の旅だ。
慣れた道のようで〈赤斧〉の三人はリラックスしている。
レティネにはややキツいペースだが、疲れたら俺が肩車したり、おんぶしたりで乗り切る。
ケインもこまめに小休止をとってくれる。レティネに配慮してくれているのかと思ったけれど、仕事でない場合はムダに身体を疲れさせないような配分にするそうだ。腰を下ろせる岩場や切り株のあるところまで熟知していて指示にも迷いがない。
開墾地が広がるのどかな丘陵地帯を半日歩いて、最初の野営地に着いた。
整地された広場になっていて井戸もあった。
まずは全員で薪集め。野営地周辺の林に入って枯れ枝を拾い集める。乾燥していないとダメらしい。
俺は土で竃を作る。調理の材料はレティネの〈ポケット〉からこっそり出してもらい、革袋から出したように装う。竃も俺製オーブンを隠すための覆いに過ぎない。
「アラタの土魔法はやっぱり便利だな」
新しい肉と野菜がたっぷり入ったスープ。塩とスパイスを効かせてあるので、塩ハムだけだったものより豪華だ。他にハーブ油と酢をかけた温野菜、柔らかい豆とソーセージをローストしたものをご馳走した。
オーブンが一つなので量は作れない。複製のお替わりは無しにしておこう。
そして新鮮な苺とお茶。
苺はレティネが全員分を小さな木の器に取り分けて配る。お茶も朝市で買ったもので高級品じゃないけど美味かった。
「おいこりゃ、宿の飯よりうめーぜ」
「まったくっす」
ゼクリスとアーカムが持ち上げるが、そんなことはない。材料一切を鍋にぶっこんで加熱してるだけだし、味付けも大雑把。手抜きキャンプ料理なのは間違いない。ソルデス商会のトーラの料理のほうがずっと美味かったし。
俺たちのは、あくまでままごとなのだ。
片付けも簡単。食材以外は、オーブンから包丁、食器、スプーンまで、すべて複製なので、消すだけだ。洗う必要もない。むしろ片付けているフリのほうが面倒だ。
ただちょっと腑に落ちないのが、汚れた皿を消すと汚れも消えることだ。
つまり、複製したものを消去すると、それに付着している複製物でないものまで消えてしまうのだ。これはなんか釈然としない。どういう法則なんだろう。
レティネに歯を磨かせ、トイレの始末、寝間着を着せ、風避けの土壁と土の寝台を作り、クッションとシーツと毛布を魔法袋からポンポン出して寝かしつける俺を、三人の男たちは始終生暖かい目で見守っていた。
「――パパだな」
「「ああ」」
夜番を経験したかったのだが、三人でのローテーションに慣れてるからと断られた。その理屈も分かるが冒険者らしいことも覚えたいのに。
今夜はアーカムが一番手らしいので、それに付き合うことにした。
「当たり前だが、寝ないことだなー」
夜の見張りでは、寝ないこと、火を絶やさないこと、仲間を安眠させること、の三つが重要だとアーカムは言う。
寝ないのは当然だが、火を絶やさないのは、物の焼けるにおいを獣が嫌がるからだそうだ。獣の多い場所だと毛皮を焼くこともあるらしい。獣は火も恐れるが小さな焚き火程度では効果はないという。
魔物はそうはいかないので、現れたら仲間を全員起こすようにとのことだ。魔物は気配を消して忍び寄るようなことをしないので気付きやすいという。その代わり、ためらいもなく襲ってくるから判断が遅れると命取りになる。
「耳も澄ませてねーと気配に気付けないぜー。音を聞こうとするんじゃなくて、聞こえてくる音に気を付けろよー。なにかある時ってのは必ず、音のほうから聞こえてくんだからな」
暗闇では視覚より聴覚に意識をおくこと。場の音を覚え込むこと。
早く気付いても判断に迷うくらいなら、ぎりぎりのタイミングでも行動が早いほうがマシだそうだ。
試しに耳を澄ませてみると、ゼクリスのイビキしか聞こえなかった。
昨夜は〈赤斧〉の三人は宿の酒場で祝杯をあげていたという。今回はシャドーウルフのこともあり危険手当の上乗せがあったようだ。ロタム氏大丈夫かな。大赤字だよ。まあ別の方面で儲けるんだろうけど。
そして他の客も巻き込んで、武勇伝で盛り上がり過ぎて酔い潰れ、キレイなお姉さんのいる店に行きそびれたので、かえって散財せずにすんだそうだ。
実にどうでもいい話だった。
翌朝。暗いうちに目覚めるとケインが夜番をしていた。
さっさと竃を作ってお茶をいれ、焚き火を突ついているケインに手渡す。そして葉野菜中心のスープを仕込み、パンとハム、チーズをスライスしてサンドイッチを作る。俺もだいぶ手馴れてきたな。
土の調理台の上をオイルランプで照らしながら作業する。このランプはプラシドの商館にあったものを複製した。〈天使モード〉になるわけにもいかないしね。
「パパおはよー」
「おはようレティネ。暗いから気を付けて」
「んー」
スープの匂いが漂いだすと、ゼクリスとアーカムも目を覚ます。
そして空が明るくなるころに朝食。朝日が完全に昇ると出発である。
なんだろう。早起き過ぎて不健全な気がする。
夜の明かりがないのだから仕方ないが、現代人としての何かを失ってるよ。
魔法より電気が恋しい。マジで。
二百人ほどの領軍の一団とすれ違った。
プラシド砦への補充か交代かな。騎馬兵十数騎が率いて、四頭立ての軍用馬車が六両続いていた。歩兵は槍を担ぎ小剣を下げている。
肩車のレティネが手を振ると、振り返してくれる気のいい兵士もいた。
兵士たちに続いて商人の荷馬車が通り過ぎる。領軍のそばなら護衛いらずだよね。
小さな宿場で昼食をとって街道に戻ると、一台の馬車が追い越していった。
ずいぶん急いでいる。一頭立ての軽量タイプの客用馬車だ。
「おー」
休憩のときアーカムがレティネに大道芸を披露していた。
おやつの林檎を使ったジャグリングだが。四つの林檎を回している。結構器用だ。
俺はこっそりピンポン玉大の鉄球を出してジャグリングを試す。
別に対抗心というわけではない。筋力や持久力だけでなく、反射神経も以前と違うように感じていたので、自分にもできそうな気がしたのだ。
二つから始めて、三つ。動きが滑らかになったところで四つにする。リズム感と柔らかい動きが大切なんだろうけれど、俺の場合は動体視力と反射神経でゴリ押ししている。この感じだと五つでも大丈夫そうだ。
以前なら三つがやっとだった。やっぱり運動能力全般が底上げされている。
「パパも、おー」
「レティネは取らねーから心配すんなよパパ」
ち、違うんだからねっ!
「あれ? 寄り道ですか?」
三人がずんずん脇道に入っていく。
「いや、近道だ。昔はこっちが本道だったらしい。大型の軍用馬車が通れるようにルートが変わったんだ。向こうは大回りになるからな」
ケインの言うとおり、荒れた道ではないが頻繁な勾配がある。重量のある荷馬車だと意外に難所かもしれない。
レティネはすっかり肩車がお気に入りで脇道に入ってからは降りようとしない。俺もとくに疲れないので好きにさせている。視点が高いと楽しいよな。
俺は魔力で作った糸、〈魔力糸〉を吹き流しのように繰り出しながら歩いている。不可視の糸を前後に一本ずつ、それぞれがふわふわと三百メートルも漂っている。これで索敵ができないか試しているのだ。
魔物はその強い魔力のせいで離れていても察知できる。しかし人間や動物は魔力が弱く、集中していないと気付けない。〈魔力糸〉を先行させて探知センサーにする練習だ。
なだらかな丘にさしかかると〈魔力糸〉に感触があった。
丘を覆う森を抜けたところに馬車が止まっている。
「用心しろよ」
ケインも気付いたようだ。
午過ぎに追い越していった客用馬車だった。車輪が溝にはまり込んでいる。傾いだ車体の傍に誰か座り込んでいるようだ。俺たちに気付くと立ちあがって手を振る。女の人だ。
「た、助けてください。お力をお貸しください」
フードを下ろすと品のある顔立ちが現れる。二十代後半かな。ブルネットの髪が艶やかな美人だけどかなり憔悴している。喪服のような黒一色の服装も、旅のせいか幾分くたびれている。
「馬車が壊れましたか?」
「いいえ、車輪が窪みにはまってしまいましたの。馭者が落ちて肩を痛めてしまいまして」
女の人がケインにいきさつを話す。
馭者の男は大柄だが、吊った右腕を押さえて申し訳なさそうに小さくなっている。簡単な手当てはしているようだ。さすがに女性と怪我人では馬車を戻すのは厳しい。
「よーし。ちゃっちゃとやるぜー」
「そうだな、――ゼクリスとアラタは馬車を押し上げろ。アーカムとレティネは下がってろ」
レティネを下ろし、アーカムから離れないように言いつけた。
アーカムは手早く弓に弦を張り、矢筒から二本の矢を抜き取ると、いつでも番えられるようにする。警戒のためだ。
ケインは馭者台に上って手綱を手繰る。周囲に注意しつつ俺とゼクリスが車体を押すのを待っている。
「アラタ。轢かれんなよ」
「ゼクリスこそ」
ゼクリスの力み声に合わせて俺も力を込める。
一気に車体の傾きがなくなり、ゼクリスが戸惑い顔になったので、自重して少し元に戻す。本気出してどうする。
ケインが馬車を小さく前進させると、車輪はあっさりと窪みを抜け出した。
「まあ、ありがとうございます。どうお礼させていただけばよいか。――わたくしはリージャと申します、トリフルムのハトエ男爵家でご息女の教師をしております」
「おれたちはバシスの冒険者の〈赤斧〉だ。これくらいのことで礼はいらない。よくあることでお互い様だしな」
リージャさんの感謝をケインが軽く流す。
罠や待ち伏せではないようだ。まあ、冒険者を狙う盗賊というのも考えにくいけれど。馭者の男も痛めたのは片腕だけらしいから、なんとか馬車を動かすことはできるようだ。
野営地に着く。井戸はなかったが小川が流れていた。
夕食の準備をしていると、馬車の点検を終えたリージャさんたちが追いついてきた。うって変わって安全運転だ。今から急いでも日没前に次の町に着くのは無理だ。野宿の予定がなかったのか飼葉がないらしく、馬に小川で水を飲ませてから森際の草地に馬を繋いでいる。
「よかったらリージャさんたちも、こっちで夕食にしないか? 用意がないんだろう?」
拾い集めた薪を抱えて所在なげなリージャさん。見兼ねたケインが声を掛ける。
「あ、ありがとうございます。でもそこまで甘えるわけには参りません。お気持ちだけでじゅうぶんですわ」
「遠慮はいらない。おれたちは気楽な道中だし。ちゃんと食って休まないと明日に障る。ケガ人にひもじい思いは気の毒じゃないか?」
ケガ人を引き合いに出されるとリージャさんも遠慮し切れない。
馭者の男を連れて申し訳なさそうに俺たちに交じった。
――そして全員、倒れて動けなくなった。




