003 動けないのをいいことにタコ殴りにするなんてヒドいよね
魔王の遺骸が燃え尽きると、俺を包む白い光も消えていった。
――俺は死ななかった。
おそらくこの光が〈女神マールヴェルデ〉の加護〈完全耐性〉だ。
攻撃されると物理、魔法ともに無効にする。というか、なかったことにする。
魔王の攻撃もしのぐほどの〈神力〉。
ただ、痛みが。――キツい。
死ぬほど痛い。苦しい。死なないけど。
メンタルもガリガリ削られた。
しかしこの加護に攻撃力はないはずだ。なぜ魔王はあんなことに。
それに副作用なのか、耳鳴りのようなジジジジジというノイズが頭の中に響いてわずらわしい。なんかヘンだ。不具合なのか。
それとも加護には回数制限とかあるのかな。だとするとマズい。
いきなり加護のお世話になるのなら、女神様にもっと詳しく聞いとくんだった。
たいした危険はないと勝手に楽観していた。
こんな酷い世界だとは思いもしなかった。
魔王の鈎爪で顔面スラッシュされたダメージは消えたが、全身の震えが止まらない。悪寒や痙攣とは違う、貧乏揺すりを強制されているようなヘンな震えだ。まるで自分の手足じゃないみたいで、なぜかじっとしていられない。
うずくまったり、四つん這いになったり、まともに立ち上がれない。
なんか生まれたての子鹿みたいだ。
「mオsマm!!」
「イttkrワh! dイウkトtダd!」
「nゼzhトtzクkガg、kkニn?」
「マmオsmガg! ヤyrレrタtトtノnカk!?」
「ユyウshカk!! ユyシャshナnnカk?!」
階段の下が騒がしい。
耳障りな声で口々に喚き立てている。
少しでも魔物から離れようと、這いつくばって最上段に登った。
そして転がるように主のいない〈玉座〉のほうへ向かう。
――ぐっ?
背後でふたたび圧力が高まる。
ザワッと音がするほど、肌が粟立つ。
「mマtテ! t止メmロr!」
「ギgョyクk座zニn、フhレrサsセルナ!」
「殺シテシsまエ!!」
――ゴドドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――
魔物たちが殺到する。階段を踏み砕く勢いだ。
うぅ、魔物の言葉がなんか分かるぞ。
おかげで漠然とした恐怖が、ハッキリと命の危機になった。
――ズドン!――
「ぐほっ!」
いきなり背中から押し潰された。
また意識が飛ぶ。
肋骨が砕ける。
肺が破裂。内臓もめちゃくちゃ。苦しい。心臓止まってる。
深紅の影が、すぐ後ろに迫っていた魔物たちを跳び越えて、俺の上に着地を決めていた。
くそうっ、ふざけんな! 踏み台じゃねえ!
――加護の光が輝く。
「グgルrウォオオオオオオオオオオ!!!?」
俺を押さえつけていた人狼が、光に呑まれてあっさりと上半身を失う。
残った身体も鮮やかな色が抜け、煤を固めたような欠片になって転がる。転がりながらさらに崩れていく。
巻き込まれた獣型の魔物が、手足を無くしてもがいていたが、あえなくボロボロの骸になった。
潰れていたはずの俺は元に戻っている。傷ひとつなく痛みも消えた。
「ヴァwルヴvスどdのnがg、ヤらrレタtだと?!」
「ユyウ者ノ――ちカkラナのか?!」
「あのヒhカリr魔ホウはキケンでアる!」
魔物たちもさすがにひるんだようだ。
睨んだまま距離は詰めてこない。
混乱のせいか威圧感が薄れている。
これって、本当に〈完全耐性〉なのか?
呆気にとられるほどの回復に少し冷静さが戻り疑問が浮かぶ。
女神様の加護は、強力な盾か不可侵の結界みたいなものだと思っていた。
どんな攻撃もはね返して守ってくれると。
でも実際は一度ダメージを受けないと発動しないみたいだ。そして光と共に、どんな致命傷も瞬時に治る。
でもこれだと〈完全再生〉じゃないのかな。
治癒魔法とかの凄い版、みたいな。
できれば痛くなる前に何とかなるやつがよかったよ。
というか俺、もう三回は死んでね?
心にダメージ溜まりまくり。身体の震えも全然止まらない。深刻な後遺症とか残ったらイヤだな。
とにかく加護の効果が切れる前に逃げ切らないと。魔物の数を考えると絶望的だが、加護以外に頼れるものなんてない。
四つん這いのまま〈玉座〉のほうへ走りだす。
魔物がいないのはそっちだけだ。全速にはほど遠いが、全力だった。
〈玉座〉の奥には装飾された巨大な鉄の扉がある。抜けられるか分からないが、こんな場所にはいたくない。ここにうずくまって嬲られるのはゴメンだ。
「イカン! 玉gy座をm守レ!!」
「奪ワれrルナ!!」
「y勇者wをt止めろォ!!」
いや、〈玉座〉とか狙ってないし。
勇者ちがうし。
濡れ衣のうえに人違いとか。泣きたい。
魔物たちにも知恵はある。何度も加護が発動すればカラクリに気付くかもしれない。俺に攻撃力が皆無で、あるのは傷を負ったとき限定の必殺カウンターだけ。こんなの対処法はいくらでもある。
――ギルギルギルッ――
〈玉座〉の脇を走り抜けるとき、金属を擦り合わせるような音が響いた。
俺はガクンと突っ伏した。
何か右脚に絡みついている。
音は繰り返される。
右腕。左脚。そして腹にも、熱く硬いものが巻きついた。
――鎖?
いや、それは太さが俺の腕くらいある針金だった。
もはや金棒としか思えない針金が〈玉座〉からいくつも生えていた。
こんな太いのに、なんで自在に曲がるんだよ。
まさかの触手攻撃!
もう動けなかった。
これは詰んだ。
この拘束は解けない。身体をよじってもびくともしない。
「オオ、捕mまえtたゾ!!」
「マtテ、近dヅくな! 距離ヲトれ! ワレニ合わセろ、イッキにk片ヅケる!」
「ルkクリnナシタrルに、当tテるなヨ!」
「ウム」
「ワカッtタ!」
鉄の触手にからめとられた俺の背後で、強烈な魔力が無数に湧きあがる。
深紅や紫色の魔法の光が膨張し、
極彩色にゆらめく俺の影絵が床にのびる。
――――死ねっ!!!――――
間違えようのない最後通告と共に、攻撃が殺到した。
全身が焼かれ、
四肢が切り裂かれ、
背中から貫かれ、
頭が砕け散る。
一瞬のうちにそれだけのことが起きた。
それを何度も繰り返せるだけの力が叩き付けられた。
よかった。――痛みをまったく感じない。
――絶望しか感じない。
ああ、最悪じゃないか。
俺が最後に見たのは、千切れ飛んで燃えながら転がっていく左腕と、胸から突き出した凶悪な形の槍の穂先、――そして、
世界のすべてを包み込むような、真っ白な光だった。