250 未知に踏み込む冒険者よ屍の頂をこえてゆけ
〈青いおふね〉でさらに北へ。
上空から魔物の気配を探っていく。
ヤマダにも精霊の加護による感知の力で、エクテタの生存者の気配を探してもらう。
高度を上げると飛行型の魔物が寄って来る。
わざわざ追い立てなくて済むから楽だな。
猛禽類型や翼竜型の魔物はヤマダが魔法矢で即粉砕。素材としては勿体ないけど回収してたらキリがない。地上にいる魔物は俺の〈魔力弾〉で倒す。隠れていても逃がさない。
あちこちにトレントが根を張っているが、切断の〈魔力糸〉で縦割りにして倒す。斧で薪を割るように。
植物型の魔物は魔石も破壊しないと再生することがあるのだ。
人目を気にしなくていいので、自重なしで手当り次第に狩りまくる。
「ヤマダさんが素早すぎて出番がないよ」
文句言わない。高みの見物が一番だろうに。
キリの氷柱槍も射程が伸びているが、弾速ではヤマダの魔法矢に敵わない。
「キリお嬢様のお手を煩わせる訳には参りませんな」
「ごまかさないの」
「先は長いから、ちゃんと出番はあるよ」
「ぶう」
眼下の広大な森は魔力に満ちているが、魔物の棲息密度はそれほどでもない。
雑魚魔物はむしろ少ない。
魔物以外の獣や鳥もいて、森林として異常な様子はない。
「確かに強力な魔物ばかりだけど、数はいませんね」
「淘汰が進んでいるんだろう。互いの魔力を求めて喰らい合っているはずだ」
そして〈継承〉でさらに強化される訳か。
〈冥大陸〉は魔物が際限なく強化される環境になっている。その間引きがアマトゥス神からの依頼だ。
地上の安全を確保しての休憩を挟みつつ、魔物を倒しながらゆっくりと飛行した。
キリとサイトウが一回ずつ〈ナーロの鳴鈴〉を聞いた。
これまで、サイトウも強化の機会は少なかったはずだ。
ヤヌア戦役ではそれなりに魔物を倒していたけど、多数の騎士たちと〈継承〉を分配したから、自覚できるほどの強化はなかったろう。
「アラタ、いるです」
「うん。感じてる」
五キロメートル前方に魔物の大集団がいる。
数千匹の規模だ。
「あれだ! あれが北の〈エクテタ大結界〉だ」
サイトウが指差した小高い丘、そこはまさに魔物の群れのど真ん中だった。
「オークだな」
「オークです」
「オークか」
「オーク?」
「おー」
懐かしやオークの群れだった。
毛むくじゃらで二足歩行の猪頭の魔物。槍や棍棒、弓で武装している。
あまり嬉しくない再会だ。あのときの血塗れの解体は夢に出たよ。
そして、丘に被せた六角形の冠のような施設。
それが〈エクテタ大結界〉だった。
オークの拠点にされていた。
中庭に住居らしい三角のティーピーが林立している。魔物の革や小枝が貼付けてある。
さらに丘の北には石を乱雑に積み上げた防壁らしいものがある。
他の魔物を警戒してオークが築いたようだ。砦にしてるのかも。
丘の上空を〈青いおふね〉で旋回すると、周辺に散っていたオークたちが続々と集まって来る。
――ウグゲゴゴブグルギルギルギルルゥー!――
――ウガアアアウギグルゲグルルプギィイ!――
俺たちに向けて棍棒を振り回し威嚇の咆哮を上げる。
行動が早い。上位種が統率してるのかな。
レリカム大森林のオークたちよりはるかに強そうだ。オーガを超えるレベルかも。
――ブギィグレググエグェギグゥ!――
怒声のような号令。弓手の一団から雨あられと矢が飛んで来る。
オークたちにとっては拠点の防衛戦なんだろうな。
〈聖界〉で防ぐ前に、サイトウが風魔法による障壁を作ってくれたのでここは甘えよう。風の壁に当たった矢は失速してそのまま落下する。
押し合いへし合いの興奮状態のまま、棍棒や石を投げてくる。自分たちの頭に落ちても構わず投げ続ける。こいつらも血の気が多い。
「どうしましょうね、これ」
「数が多過ぎるな」
これだけの数を片っ端から殺すと虐殺感が半端ないだろうな。
でも全てのオークが集まってるからチャンスではある。
「それじゃあ、身も蓋もない攻撃ですけど――」
――ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゴゴゴゴゴゴゴゴ――
俺は〈神力〉で大量の土を作り出す。
〈エクテタ大結界〉の丘が新しい山になるほどの土を。
数千匹のオークの群れを丸ごと生き埋めにする。
凄まじい地響きと共に景色が一変する。
ボタ山みたいな円錐状の山が誕生していた。
もうもうと舞い上がる土煙を避けて〈青いおふね〉を上昇させる。
「なん――だとっ!?」
「え。さすがにちょっと――」
サイトウが驚き、キリも引いている。
まあ自分でやっといてなんだけど、これは酷い。
けれど、直接絶命シーンを見せないメンタルに優しい攻撃だ。詭弁なのは認める。
根性で這い出すオークがいないといいな。
「これほどの土を、いったいどこか――」
サイトウがふらつく。そしてキリとヤマダも。
〈継承〉による力の配分があったようだ。さすがに数千匹分の力は相当なものらしい。俺とレティネは変化なし。
オークたちは全て圧死している。合掌。
「ま――また、きれいな鈴の音が聞こえたよ、シン君」
〈継承〉は敵を倒す度にその強さに応じた力を与える。
大きな力が一度に配分されると、すぐには身体に馴染まず一時的な不調が起きる。〈ナーロの鳴鈴〉は、その警告なのかもしれない。
「――ふう。それで、アラタよ。この土をどうするんだ?」
「こうします」
巨大な謎土の山が一瞬で消える。
そしてあら不思議、あんなにいたはずのオークたちの姿がない。建ち並んでいたティーピーもない。謎土の一部として一緒に消滅したのだ。
このあたりは俺の認識次第らしい。
〈神力〉で出した食器が汚れても、食器を消去すると汚れごと消えてしまうのと同じだ。死骸を汚れ扱いするのは不遜だが、そういうものとして割り切るしかない。
「き、消えた?」
サイトウが目を見張る。
さらに、〈青いおふね〉の高度を下げ、上空から〈エクテタ大結界〉を〈再生〉する。
六角形の構造物は千年前の姿を取り戻す。
同時に結界の効果も復活する。
「なっ? この感じは、結界がよみがえっている――のか?」
「直しました。例の、エルフの秘術で」
「もう、何がなにやら――」
大雑把に建造物を丘ごと復元しただけだ。
中庭に着陸して施設の内部を確認。
オポジト遺跡の結界機能だけをエクテタのエルフたちが再現している。余分な設備がないので素っ気ない。
周囲から集められた魔力が、本体の魔法回路を順調に流れているのが分かる。このまま千年くらい保ってくれればいいけど。
「なんと、完全に動作しているな。――しかしこんなことが出来るのなら、わざわざドーヴンまで出向く必要があったのだろうか」
落ち込んだ様子のサイトウ。
まあ、俺にさっさと直させればいいんだしな。
だけど個人の力に依存してはいけないのだ。
「異世界人に丸投げはダメですよ。結界維持のノウハウも形にしておかないと」
俺がいないと維持管理できないのも困るよ。技術はちゃんと伝承させるべき。
「――ふう」
ぐったりするなや。
「せんせい、元気だしてー」
「レティネや、ありがとう」
日も暮れるので〈青いおふね〉を消去して〈エルフの雫〉に転移した。
ゆっくり風呂に入って疲れを癒してもらおう。
◇◇◇
「サイトウ様、今日は留守番します?」
翌日の朝食後。
すでに〈オポジト大結界〉の保全というサイトウの目的は果たした。
さらに〈エクテタ大結界〉まで復旧した。
望外の成果だ。
この先は俺がアマトゥス神に託された仕事だ。
いよいよ未知の大陸に踏み込むことになる。
「年寄り扱いするな。もちろん行くさ。叶うなら〈冥大陸〉の状況は知っておきたいしな」
「了解です」
〈エクテタ大結界〉に転移。〈青いおふね〉に乗ってさらに北へ。
速度を上げて低空を飛ぶ。
機体の防風効果が俺たちを包んでいる。
魔力をわざと放出して魔物を引き寄せながら進む。
弓の射程内の魔物はヤマダが、矢で倒しにくい魔物は俺が始末していく。
可能な限り魔石も破壊する。素材の回収は原則しない。
「おおー、きれい」
レティネが歓声を上げる。
横合いから現れた蜂魔物の大軍を、火焔雲を作って一気に焼き落とした。
青空に夕焼け雲を貼付けたみたいで目に鮮やかだ。
お馴染みのスイートホーネットより大きな蜂だった。どっかに巣があるのかな。
枯れ草に覆われた丘陵を越えると、再び森林が現れる。
辺りの魔力が濃くなっている。大森林の奥地を思わせる。
「このあたりから〈冥大陸〉ですか?」
「まだ陸橋だが、明らかに大陸の影響が及んでいるな」
岩盤を瓦礫のように積み重ねた、荒っぽく不安定な地形が唐突に現れる。
「さすがにこれは魔物にとっても難所では――おっと」
長大な蛇の魔物が、大口を開けて伸び上がって来る。
俺たちを一呑みにするつもりか。
こんな風に立ち上がる蛇なんて見たことない。魔物ならではだな。
――ズダダーンッ!――
船の縁から身を乗り出したヤマダが蛇の頭を吹き飛ばす。
射線的に厳しそうだから俺が倒そうと思ったのに。
さすが射ちたがりのエルフさんだ。船から落ちないように気を付けてね。
轟音と共に蛇の体が倒れ伏す。
「上手いぞ、ヤマダ」
「はいです!」
褒めて欲しそうに俺を見てるし。
さらに丸一日、飛行を続けた。
何度か〈ナーロの鳴鈴〉を聞いたキリとサイトウ、そしてヤマダ。
確かにここの魔物は強力らしい。〈継承〉的には美味しい獲物だ。
魔物との遭遇も増えている。
船の高度を上げても彼方に水平線が見えなくなった。
ついに陸橋を抜けたようだ。
森林が途切れ、大平原が現れた。
「おいおい、これは――」
「いったい何が、起きて――」
「なに、あれ――」
「すごーい――」
「――」
俺もサイトウも言葉が続かない。
キリとレティネも啞然だ。
ヤマダは変わらず冷静だ。
おびただしい数の異形たちが暴れ回っていた。
それこそ大地を埋め尽くすほどに。
大小さまざまな魔物が。巨体の魔物が。そして強大な魔物が。
三つの大波が喰らい合うように、それぞれの陣営に別れて、
牙を、爪を存分に振るい、
咆哮を轟かせ、
激突していた。
そこはまさに、魔物の大合戦場だった。
 




